231-240

231


すごく暑い日だったからコンビニでアイスを買って食べようと思って、ビニールをむいてアイスの棒を持ったところでアイスがてろてろ溶けてきて、それはレモン味のアイスだったんだけど、あわてて舐めようとしたら私の手まで溶けてきて、出てきた棒と指の骨にどっちも「当たり!」って書いてあった。


もう一本もらった。


232


鬼は私たちに使い潰されて砂になってしまった、と私たちは思っていた、もちろんそれは思い違いだった。鬼は、本当の鬼は、とてつもなく巨きなもので、ある朝浜辺に巨像が立つだろう、そして鉄塊を手に黙って私たちを見下ろすだろう、私たちはかれの影に覆われて、浜辺はそれで翳るだろう。



233


向こうが"まち"でこちらが"うみ"、私のうみ、彼らのまち、ここはむかし船乗りたちの休憩所で、愛したひとが呼ぶのに、楡のささめく庭にあこがれるのに、船乗りたちに定住はできない、それでも、私のうみにも彼らのまちにも、岸辺に波、岸辺に波が……。



234


サルハの魔術師たちはみな渚に架空の足場を組んで暮している。自ら生成した架空の足場の実在を、魔術師たちは確信している。彼らにとって、王国の石造りの橋の実在と、宙に架けられた(こととなっている)不可視の足場の実在とには何ら区別がなく、この前提、これこそが魔術師の魔術師たる所以である。



235


いつぶらいのおとむらいでかきふらいを食らい、花暗い舞を歌い酒を振る舞い、そんならばそんな会はとむらいじゃあるまい、かきくらい生ぐさい皿は食わない、じゃああれはなんなんだい何の寄りあい、焼いたあとの骨を掃いて灰も落ちない。



236


奇術師は生まれた時から奇術師で、七羽の鳩を友として、サーカスの皆を母とした。胎母は箱から消失したぎり、母たちもまたよく消失した。あるいは墜落し、あるいは獣の餌、あるいは憂鬱に追いつかれ。汽車を降りた今も元奇術師に甦る最初の日、真綿と輝く白い羽、声、それは鳩というの、鳩というのよ。



237


助けてくれ、という声に、助からないよ、と答える仕事をしている。助けてくれ、助からないよ。どうせ助からないのだから、答えてやらなくたっていいだろうとも思うのだが、あわれだし、これも仕事だから、助からないよと教えてやる。助からないよ、のひと声につき銅貨が一枚、私は果てしなく私を養う。



238


台所の鯵はこんなに恨めしげな目をするからふさわしい復讐を考えてやりたい。海が迎えに来るのはどうだろう。海が君を迎えに来て、ここは明日には海になるだろう。ここはコンクリートのマンションで、四角い窓が並んでいるから立派な船に見えるだろう。明日の破船、台所の鯵、海の小さな切れっぱし。



239


靴を脱ぎ、そこに一杯の砂金を掬って、裸足で川を渡る。そよぐ水草の間に砂金は白々光っている。いくらでも光っている。陽に当てると透けてしまうから、そしてあまり良くないものだから、あちらで使う分だけ拾ってゆく。あちらでは砂金街の幽霊達がまだ暮らしていて、眼を眇めて今も砂金を検めるのだ。



240


身の内の渚に腰掛けるから、それを癖にしてしまったから、身から錆が出る。錆を落として磨きながら、渚に腰掛け陽を浴びる。渚と空との境は白い。生きものの抱く渚はみなあたたかく塩からく、どこか遠くで繋がっているという。私たちは渚で錆を磨く。渚のほうが強いから、それでも穏やかに錆びてゆく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る