41-50


41


奇病が流行している。体から植物が生えるのだ。カイワレダイコンに覆われた母が実家で私を出迎える。私のために台所に立つ。腕や頬に茂るカイワレを無造作に毟って鍋に入れ、もっと使い勝手のいい野菜ならねえとぼやくカイワレ人間。食卓で、私は奇病が伝染性であることを思い出す。



42


奇病が流行している。体から植物が生えるのだ。「彼、私の体目当てで付き合ってるんです」人型の緑の中からくぐもった声が聞こえる。「許せなくて」甘い香りに耐えられず、私は患者の体の蔓の先の苺を一粒つまんで食べる。患者はワッと泣き出すが、「涙は養分ですよ」と言うと止む。



43


奇病が流行している。体から植物が生えるのだ。月に一度、妻の芝生を私が刈る。ビル風の舞う早朝のベランダ、妻の稜線をバリカンでなぞれば、裸の妻が身を震わせる、刈り取った芝が風に散る。鎖骨の谷、緑の双丘、むかし臍だった小さな窪地。ふたり無言で確かめあううち空が白む。



44


くたびれちゃったの、と言う。くたびれちゃったの、もうあたしくたびれちゃった、あたしたち進化しすぎたんだと思う、指を動かすのもくたびれた、まつげを動かすのもくたびれた、だからこんなことは止めにして、これからあたしは肉として生きていくの。肉だんごはぶよぶよしている。



45


地面に落ちてた巨大な肉塊を使ってなんかの角煮を作った。大きいお鍋を用意して、しょうがとねぎとしょうゆとお酒で肉をことこと煮ていると、みんながぞろぞろやってきて、「やあおいしそうおいしそう」「なんのお肉か分からないんですよ」「でも角煮でしょ」なんかの角煮は大好評。



46


クラセリの砂糖菓子工場は現在違法な児童強制労働が疑われ、クラセクルタルの子どもたちをさらう砂糖おにとの関連が噂されたが、クラセリの砂糖菓子工場に入っていった子どもたちが二度と出てこないのは、そこが天国だからなのだと、クラセクルタル中の歯医者が工場に呼ばれていったことからも分かる。



47


舞踏家シュノ・バウラが死んだのは、二月、凍った湖の上でのこと。シュノはその朝山荘の、ベッドの中で目を覚まし、今なら全てを、全てを踊れるとの予感に打たれ、外套を着てスケートを履き、朝の湖、自分のために踊ったのを、氷がシュノを呑み込むのを、短い最後の舞台を、私達はただ想像するだけ。



48


カップラーメンの麺が伸びている。時間が、私を置いてきぼりにして流れていくのが分かる。私は箸を手に取ろうとして、取れず、手に取っては、落とし、隣で黙って見ていた妻が、電話口で明日の病院の予約を入れるのを見ながら、震え、それでもどうしても箸が取れず、カップラーメンの麺が伸びていく。



49


おしの女が流行っている。御貴族様方の間で。それを飼うのが。噂を聞いた妹がその日から口をきかなくなる。裏通りを出て街道に立ち、馬車を見送る、小さな体で。待っているのだ、さらわれるのを。滑稽だと皆が笑う。でも、妹を本当に笑うことは、この裏通りに住む誰にもできない。



50


多分もうすぐ沈む船に乗って航海をしている。私には予感があるのだ。いまにこの船の炉は故障するし、想定外の嵐は起こるし、それからもちろん氷山にぶつかる。あの客船の事故の後、誰もが抱く、ばかばかしくて薄っぺらな予感。多分この船は沈まない。でも、そんなこと問題ではない。


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