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31


あなたは目を覚ます。枕元には無数の箱と、バースデーカードが置いてある。手当たり次第に箱を開けると機械の部品が入っている。あなたの指は完璧に手順を覚えている。来年もこれを繰り返すのか、博士はなぜ顔を見せないのか、などと考える手の中で、あなたの顔が組みあがっていく。



32


身長170㎝体重40㎏。皆が陰で私を骸骨だと言う。薄い肉を骨に張りつけ歯を剥きだして喋るのでそう言う。私は笑う。そうだ、私は骸骨だ、喋っているのは私ではない、私に張りついた肉が歪んで人と喋っている、肥ったお前たちには分からないのか、肉の内の骸骨こそが、私たちだ。



33


父は墜落した旅客機に乗るはずだった。渋滞で遅刻した父を置いて飛行機は発ったのだという。乗っていれば私は生まれなかった。が。「俺のキャンセル席に乗ったのは子供だった」一度だけ、酔った父が呟くのを聞いた。「これでよかったのかと思うことがある」私は何も言えなかった。



34


銭湯の洗い場。老人が隣に座ってこう言う。「俺はおまえだ」無視をする。「よく見ろ」鏡に映る皺の寄った顔。「俺は今から死ぬが、それはおまえに会ったからだ」老人は立ち上がり、数歩歩くと倒れて死ぬ。鏡越しにそれを見て、俺は自分の顔の上に指で老人の皺をなぞった。似ていた。



35


牢獄に食事を運ぶ。囚人はかつての扇動者。おれが否定しおまえたちが信じる神が実在するのなら、おまえたちに処刑されるまでもなく、おれには神罰が下るはずだ。僧たちは神を待つことにした。処刑前夜から二百年。囚人は時折聞く。これが神罰かと。私は前任者に倣う。沈黙で答える。



36


詐欺師の家業を継ぐ。祖父の代からの仕事だと父は言う。嘘である。おまえは詐欺師に向いていないと言う。嘘である。父を信じろという。嘘である。父の幾多の嘘の中、「人は自分の信じていたい嘘を信じる」という教えはおそらく真実で、その証拠に、私はこの男をまだ父と呼んでいる。



37


コーヒーを飲んだらこの町を出ていこう。ここは十キロ四方で唯一の喫茶店だった。瓦礫の合間に豆粒を拾い、まだ動くミルでそれを挽き、携帯コンロで湯を沸かし、崩れた塀に腰かける。日向で小鳥が歌っている。薫りにつられて誰か来ないかな。コーヒーを飲んだらこの町を出ていこう。



38


髭女に生まれついた。出勤前の夫と並んで、毎朝欠かさず髭を剃る。私の母も髭女だった。祖母も曾祖母も髭女だった。こんなものは剃れば済むのだ、私は今が幸せで、ただ、眠る娘の頬を撫で「気にするなよ髭なんて」と呟く夫に「気にしてないよ」と繰り返す、その瞬間はとても悲しい。



39


真名を口にする不吉を避けて男らはそれを海百合と呼ぶ。物凄いような曇の日など、沖合の波間、白い手の群が、うようようようよ舟を呼ぶのだという。沈んだ男らの色のない腕の、ひらひら手招くその様子が、崖の山百合の潮風に揺れるのに似ているので、それで海百合なのだそうである。



40


あなたの守護霊は魚です。前世が人魚だったので。あなたは平凡な人魚に生まれ、平凡な人魚として死にました。占師の言葉を聞くうちに、脚から魚群が湧きあがる。眼泡が素足を縁取り、占師は銀鱗の向こうに消え、一足ごとに閃く魚群、平凡な人間に生まれた私はこの幻と生きて死ぬ。


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