第13話 芹澤教授、最後のことば。後編

諸君


今や世界中がソーシャル・ネットワーキング・サービス、いわゆるSNSの普及により端末と回線さえ持っていれば、


いつでも

何処でも

誰とでも


繋がってそれまで名前すら知られていなかった何者でも無かった人間たちが、


ネットを介して表現の場を設け、心を開いて語り合い、声なき声を拾い上げ、あるいは自ら声を上げて自由に語り合える世の中になった…


だが、そう信じて疑わないでいるのは実は「ことば」に対する冒涜なんだよ。


言葉は神なりき。


と言われるように太古の昔の人々は言葉を神聖化し、文字に記する事すら戒めていた。


なんでだか分かるかな?


己が欲や邪心を以て、言葉で他者を操る事こそが、この世で一番危険な行いだ。と、昔の人々は本能的に解っていたからなのさ。


言葉を記し成文化した者だけが政治を司り、大勢の他者を支配してきたこの世界の歴史がそれを証明している。


今や悪意ある呟きを集めて特定の人間の人生さえ容易に破壊できる危険な社会になってしまったからこそ私は今伝えたい。


すでに言葉は神聖さと価値を失い、むき出しのエゴに満ちた罵詈雑言が跋扈して世界を動かすようになった。


だが、所詮、真心の無いことばなんて全て虚であり、虚の数にいちいち踊らされる私達人間は、


偽りの黒子に操作されるだけの操り人形に成り下がってしまったんだ。


そう、私に代わって声を伝えてくれるこのひとまろのようにね…


人と人が繋がれて世の中良くなってきた。と勘違いしている皆に敢えて言おう。


衆愚は必ず、理想を数で駆逐する。


人間には大脳新皮質というものがあり、大脳辺縁系から発せられる本能と欲を制御するものだが…


自身が危機を感じてしまったら、理性はたやすく本能に負けてしまう。人間は所詮、言葉を操る動物でしかないという実証が今ディストピアと化してしまった現代さ。


私が君たちに言えるのは、


ことばを発する前に、少しは立ち止まって考えて欲しい。


相手にも心があり、君らと等しく尊重されるべき、「人間」なんだよ。


最後に小巻くん、津背くん、ヘンリック。病身である私のたわけた研究に最期まで付き合ってくれてありがとう。


環、あまり父親らしい事をしてやれなくて済まなかった。

どうか幸せになってくれ。


このままでは人類は、共感という名の砂糖水に溺れて心中する蟻の群れに成り果ててしまうだろう。

だから私は、微力ながら崩壊への歯止めを掛ける。


なあに、少し騒ぎになるが長くは続かないさ。

私は私の最後の力でやるべき事をするだけ…


ああ、潮が満ちてくる…律子行こうか。


と教授は言の葉で満ちた海を見渡すと、

妻の律子と手に手を取り合って海の中に入って行った。


未来成仏うたがひなき恋の手本となりにけり…



それきり芹澤教授の呼吸は止まり、担当医師である長澤准教授が呼ばれて教授の胸に聴診器を当てペンライトで瞳孔を照らし、腕時計で時刻を確認すると、


「10月5日、午後4時58分。御臨終です…」


と研修医の頃から自分を育ててくれた師に黙礼をした。


小巻、このみ、ヘンリックのチームひとまろメンバーも、涙ぐみながらそれに倣う。


教授の娘の環さんは抑えていた感情の蓋を外し「お父ちゃん…」としゃくり上げながらまだ温かみの残る教授の両手を組ませてあげる。


「幸せになってくれ。って…お父ちゃんは勘づいてたんやね、うちと長澤さんの仲を」


何ですと?と、小巻たちの視線が注がれる中で長澤准教授は環さんの手を取って、


「実は私達、結婚を前提にお付き合いしてたんです。45と27で年も離れているし、病身の教授にショックを与えるんじゃないかと思うと『お嬢さんを下さい』となかなか言えなくて…」


と照れ臭そうに七三分けの頭を掻く長澤准教授に小巻は、

「自称天才プロファイラーの僕が気付かなかったなんて…」と己がキャリア初の敗北を認めた。


さて、

教授お疲れ様でした…


と愁嘆にくれるべきか、環さん長澤さんおめでとうと祝うべきか。チームひとまろの三人が心のやり場に困っていた時、


「た、大変です先生!」

と慌てた様子の病棟ナースがテレビリモコンを付けると、画面には緊急ニュースが流れており、顔を強張らせた女性キャスターが、


「大変な事が起こりました…午後4時58分、世界中のSNS企業のメインコンピューターが悪質なウイルスに感染し、顧客情報が全て消失したとのことです、追って情報をお知らせします」

画面は代わり、世界を代表するソーシャルネットワーク関連企業の若きCEOたちがマスコミのインタビューに追われて「今はまだ何も状況は分からない…」と愕然とする表情がテレビに大写しにされている。


もう彼らは、贅をこらしたセキュリティに守られ、豪邸から呟きを発信する事は出来ない。

自分がやって来たことの結果につけを払う時が来たのだ。


あ…とこのみは自分の趣味で作った単純なプログラム。

「自分の心電図と連動して停止したと同時に私の恥ずかしい個人情報が一斉消去されるシステムなんですよ、まあ私お遊びであって公表するつもりはありませんが」


と教授にプログラムの説明をした事を思い出した。

まさか教授、ご自分の死亡時刻にウイルス感染するようにアプリケーションソフトに仕掛けていた…!?


そして自らのスマートフォンの画面を確かめると、アプリ「ひとまろ」は消滅し、ロボットひとまろの機能も全停止していた…


「大変です。全てのSNSツールが使用出来なくなっております、皆さんは出来る限り、落ち着いて行動するようにして下さい」


ニュースキャスターは理性的になるように視聴者に訴えかけている。




あれから半年後、


小巻英夫と津背このみは引き出物の袋をぶら下げ、桜の花が咲き誇る歩道を並んで歩いていた。


「いい結婚式でしたねえー、環さんの白無垢姿綺麗だったなあ~」


「長澤さんのあの七三分けが妙に紋付袴に似合ってたのには笑えた」


世界中のSNSツールの情報が消滅した。という事件は過去のつぶやきや写真投稿全ての削除で投稿を後悔していた者の胸を撫で下ろさせた。

そして人様の個人情報で荒稼ぎしていたSNS関連企業の株は暴落していくつかの企業が倒産して一時的にパニックになったが、


恐慌までには至らなかった。


だって、SNSが無かった時代を人類は生きていけたんだもの。


人類は以前より少し慎重になった。


教授が見事証拠隠滅してくれたお陰でAIひとまろチームには追跡の手が及ばず、教授の死をもってAIひとまろチームは解散した。


今後ロボット開発はヘンリック君に引き継がれ、高次脳機能障害を抱える患者さんたちの意思を伝えるツールとしてのコミュニケーションロボット完成を目指している。


この開発が進んだら、ノーベル賞も夢では無いかもしれない。


「ぬるい共感を捨てよ、己の実体で全てを体感し、判断するアナログに戻れ。が教授の出した答えだったかあ、教授らしく派手に騒ぎを起こした幕引きだったな…で、このみ君はこの後どうする?」


と小巻に改まって聞かれてこのみは戸惑った。


「何も予定ありませんけど…え、これってデートのお誘いですか?」


小巻は年甲斐もなく顔を赤らめてこくこく可愛くうなずいている。


ずっと仕事と研究一筋だったこのみは初めて男性に誘われて緊張し、


どうしようか?と、頭が真っ白になったが、


お初徳兵衛みたく来世での幸せを願うよりも…

大事なのは現世で、いまだよ。


という教授のことばを思いだし、


「行きましょうか?」とはにかんで小巻の手を取って二人は歩き出した。


まず、手を繋ぐことから始めよう。


「お節介なAI」終。




























































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お節介なAI 白浜 台与 @iyo-sirahama

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