第28話 其は飴の生る木なり
「んああああああっ! オレの娘! すっごい可愛い!」
「はいはい、五月蝿いよぉ」
「店長酷くない? 冷たくない? オレに対する扱いめっちゃ悪くない?」
「悪くない悪くなーいぃ。っていうか、チビさんからの視線が素晴らしいんだけどぉ。いい加減に黙ったらぁ?」
「ひっどい! ヒルデの視線はいつもあんなもんだよ!」
「パパ、うざい」
「っぐう……」
「わぁおぉ」
今日のルメイ堂は久しぶりに賑やかな客が来ていた。
ベイリーウス共和国出身の売れない小説家、ヒースコートとその娘、ヒルデブルクの二人である。
ヒースコートは学生時代から小説の資料集めのためにルメイ堂に通う常連客の一人で、店長が変態さんと呼ぶ者たちの一角でもあった。そんなヒースコートの娘、ヒルデブルクは父親のテンションについていけなかった母親に置いていかれた、なかなか可哀想な子だ。実際のところヒルデブルクの母親がいなくなったのはヒルデブルクが二歳にもならないころだったため、母親の記憶がないヒルデブルク本人はあまり気にしていなかったりする。
「んでぇ? 久しぶりにやってきたと思えば、チビさんの自慢がしたかったのかいぃ? 聞き飽きてるから、それだけならさっさと家に帰りなよぉ」
「はっ? 聞き飽きてるって言った? 言ったよね。昨日のヒルデと今日のヒルデは違うんだよ? 一秒前のヒルデと今現在のヒルデと一秒後のヒルデも全部違うんだよ? もっと自慢したい!」
「パパ、うるさい」
「うぐぅ……」
「君、いつも同じことしてチビさんに怒られてダメージくらうぐらいなら、自重してくれないぃ?」
「ぐっ、オレの辞書に自重という言葉はありません!」
「今すぐ書きなぁ!」
「ゲフッ」
「おおー」
ヒースコートの言葉に苛立ちを覚えた店長は、近くにあったヒースコートの小説で彼の頭をはたいた。勢いよくはたかれたヒースコートはカウンター席から大人二人分ほどの距離を飛び、床に落ちた。その様子を見ていたヒルデブルクは、小さな手をパチパチと叩いて目を輝かせながら店長を見上げる。
今年七歳になったばかりのヒルデブルクにとって、店長は母のような兄のような姉のようなヒトだ。
父親であるヒースコートが子育てに関してあまりにもポンコツであったため、ヒルデブルクは母親のいなくなった二歳ごろから五歳ごろまでヒースコートと共にルメイ堂に住んでいた時期がある。ルメイ堂の奥には表には姿を見せないだけで多くの人や妖精、魔物が住んでいるが、彼らに育てられながらも主に世話をしてくれた店長にヒルデブルクはよくなついていた。
ちなみにポンコツヒースコートは店長を含めたルメイ堂の住人や常連客によくいじめられていたという。
「君のパパは相変わらず面倒な男だねぇ」
「ママが言っても頭に入らないみたいだから、おうちにいる時はすっごく大変だよー」
「そりゃまあ、こんな様子だったら大変だろうさぁ」
ママというのは店長の数ある呼び名の一つだ。ルメイ堂で生活を始めたころ、母親という存在をよく分かっていなかったヒルデブルクが呼び始めたことがきっかけではあるが、店長は特に修正することもなくママと呼ばれつづけていた。だからと言ってヒースコートと婚姻を結んだわけではないので、ヒルデブルクも店長が自分の母親でないということはちゃんと理解している。
「ねえ、ママ」
「なんだい、チビさんやぁ」
「パパね、お金がないのに旅行に行こうって言ったの」
「ああ、それで結局途中でお金が尽きたからここに来たってわけだねぇ」
「うん、そうなの」
「バレた!」
「バレたじゃないだろ、このポンコツがぁ」
「しょっぼーん」
「口で言わずに態度で表しなぁ」
「パパ、ステイ」
「……わん」
ヒースコートは相変わらず五月蝿い。無駄にテンションが高いというべきか、元気がありあまっているというべきか。いや、どちらにしても同じことだ。言葉を換えようとヒースコートがヒースコートである限りその意味が分からない。黙っていれば実年齢よりも若く見えるため顔立ちの良い青年と言ったところだが――いや、口を開けば初等学校か中等学校に通う男子生徒のような男である。青年というのもおこがましい。
今年三十四歳になったはずなのだが、娘のヒルデブルクの方がしっかり者に見えるとはどういうことなのか。店長は出会ったころから変わらなすぎるヒースコートを見ては頭を抱えていた。
「君ね、旅行するならもっと計画的にしろって言ったよねぇ?」
「はい」
「また途中で古本屋に寄って絶版の本とかあさってきたんだろぉ」
「はい。とても状態の良いものがありまして」
「チビさんと一緒の旅行で自分の好きな場所に長時間居座って高価なものを買ってきたわけだねぇ。はいはい、いつもと同じだぁ」
「その本を買わなかったら、宿泊費も食費もお土産代も全部まかなえたって言ってたよ」
「ヒッ、ヒルデブルクちゃんっ!」
ヒルデブルクの言葉に顔色を変えたヒースコートは、いつの間にか目の前に立っていた笑顔の店長によって更に強く頭をはたかれることとなった。
自業自得である。
「宿泊も食事も好きなだけしなぁ。ただし、その分の金は働いて手に入れなよぉ」
「あいっ、すみませんでした」
ボロボロと涙をこぼしながらヒースコートは店長に土下座をしていた。ヒルデブルクはそんな父親にちらりと視線を向けたあと、すぐさま視線をそらして見なかったことにしたとかなんとか。
それに気づいたヒースコートは泣きながら立ち上がり、奥のダンジョンへと姿を消していった。今日の宿泊費と食費を稼ぐためであろう。
「パパ、魔物と戦ってる時はかっこいいのに、なんで普段はあんなに残念なんだろう?」
「本当、不思議だよねぇ」
「うん」
「でもまあ、彼が自宅でできる仕事を選んだのはチビさんのためだからねぇ。チビさんが生まれるまでは魔物の討伐によくかり出されてたんだよぉ?」
「そうなの?」
「そうだよぉ。元々は騎士として働いていたからねぇ」
「へえ、そうなんだ……」
かつてヒースコートはベイリーウス共和国で騎士として働いていた過去がある。しかし妻が娘を置いていなくなってしまったことから、ヒルデブルクを育てるために自宅でもできる小説家の道を選んだのだ。五年経った今も作品はなかなか売れないが、ヒルデブルクを育てるためルメイ堂に滞在していた期間の魔物討伐で得た報奨金があったため生活はそれほど苦しいものではなかったという。
「ねえ、ママ」
「んー?」
「あのね、飴の生る木ってある?」
「あるよぉ」
「あるんだ」
「昔、飴が大好きなお嬢さんがいてねぇ。その子のために作ったことがあるんだよぉ」
「へぇ。それって、私でも育てられる?」
ヒルデブルクは目を輝かせながら、店長の答えを待っている。その姿を見て笑みをこぼした店長は、ヒルデブルクを奥のダンジョンの一つに連れて行くことにした。
そのダンジョンは様々な植物が生えており、そのいくつかは植物型の魔物だったりする。奥から迫ってきた赤黒い触手のようなモノは近くにあった茨型の魔物に縛りつけられ、店長とヒルデブルクのもとへ届く前に地面に倒れた。そんな謎の植物が生えた場所から少し奥へ進むと、少しばかり開けた場所に大量の飴が生った大きな木が生えている。
「わあ!」
「これがその時作った子の兄弟だねぇ」
飴の生る木はサワサワと枝を動かし、店長とヒルデブルクに向かって数個の飴を落としてきた。それを店長が上手くつかみ取り、半分をヒルデブルクの手にのせる。
「凄い凄い! ママ、私この木を育ててみたい!」
「別にいいけどぉ。毎日の水やりだけで育つしねぇ……。でも、どこで育てるんだい?」
「あっ」
店長の言葉にヒルデブルクが固まると、飴の生る木が一本の枝を店長の上に落としてきた。「おや」と呟きながら枝をつかみ取った店長は、それをヒルデブルクに見せて「植木鉢で育てるならば、家の中でも育てることができるよぉ」と言った。
その言葉を聞いて笑顔を見せたヒルデブルクは、大きな飴の生る木にお礼を言ったあと、店長の手を引いてダンジョンの入り口の方へと歩きだす。店長はヒルデブルクのそんな姿を見て笑みをこぼしたあと、大きな飴の生る木に向かって手を振った。
店長とヒルデブルクの背後で大きな飴の生る木はポポポッと新たな飴を数個落としながら、枝葉を振っていたそうだ。
今日もルメイ堂に客ありて 功刀攸 @trumeibe_yuu
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