第27話 其は過去を変える蝶なり
本日はハルステア王国と梅廉国の二国合同で定期的に開催される魔物討伐の日である。
魔物とは世界中に生息している魔素をその身に宿した獣である。魔素を宿さぬただの獣とは違い、数年に一度、下級から特級まで全ての魔物が大量発生するという特性を持っているのも特徴だ。
それらは自然にとけ込む妖精とは違い、人間と共生しているモノもいるが、どちらかと言えば人間を糧とするモノの方が多い。下級から特級まで、それぞれのランク分けがされているが、どのランクであろうとも人間を糧に襲う魔物はいるのだ。そんな魔物たちが数年に一度、ランクを問わずに大量発生するとなれば、各国が定期的に魔物の討伐を行わないわけがなかった。
本日、魔物討伐が行われる地はハルステア王国と梅廉国内。そして両国間の境界に広がる大きな森であった。森の中は特に危険で、いくつものダンジョンと繋がっているため魔物討伐の際は特に気をつけなければならないものである。ダンジョンの入り口近くで魔物を討伐していたところ、突如ダンジョンから新たな魔物が飛び出してきた結果、討伐隊が全滅しかけたこともあるほどだ。魔物討伐の日は死傷者が出るのはあたり前のため、それに参加する二国の騎士たちは精神を研ぎ澄まし、標的を探していた。
「はあ……。しかし、討伐の日というものは憂鬱でならんな」
「無駄口は控えろ」
「葉純ちゃんは相変わらず真面目だなあ」
「ちゃん付けで呼ぶな」
森の一角、とあるダンジョンの入り口付近で二人の騎士が魔物の捜索を行っていた。
男性はハルステア王国の騎士、ハラルド。女性は梅廉国の騎士、葉純という。
他国と合同で討伐を行う場合、騎士たちは他国の騎士と組んで魔物の捜索や討伐を行うことになっている。今回はハラルドと葉純が組むようになってから五回目の魔物討伐の日だった。
気怠げなハラルドと、生真面目な葉純。性格的な相性は良いとは言えないが、戦術面での相性はなかなか良いとされている。もちろんそれは二人以外の騎士たちから見た感想であり、ハラルドは別として葉純はそれを認めたくはなかった。
のんびりと辺りを見回すハラルドはその雰囲気とは裏腹にハルステア王国騎士団でもトップクラスの実力を持つ。本国では連隊を任されることもあり、部下からの信頼も厚く女性からの人気も高いとかなんとか。葉純がハラルドと組む際は、ハルステア王国騎士団に所属する女性騎士からの視線が痛いのもそのせいである。
キリリとした表情で辺りを見回し軽口を叩くハラルドの発言を切り捨てる葉純は、梅廉国騎士団の女性騎士として普段は王女たちの護衛を任されている。実力は申し分ないのだが、人当たりはキツい。しかし王女たちはそんな葉純だからこそ信頼を寄せており、一部はお姉様と呼び慕う者もいるそうだ。葉純はそのことに気づいていないのだが、同僚たちは王女たちと結託してファンクラブなるものも作っているらしい。
さて、そんな二人は目当ての魔物を見つけるや否やその場から同時に走りだしていた。
騎士でありながら魔法や魔術の使用も得意とするハラルドは、自身と葉純に身体能力を上昇させる魔法をかけ、魔術式をきざみこんだ剣で次々と魔物を切り伏せる。逆に魔法を苦手としている葉純はハラルドに礼を伝えたあと、同じく魔術をきざみこんだ剣を使い速さを活かした手数の多い攻撃で魔物の急所を突いていった。
その場の魔物を倒しきったと思えば、近くに隠れていた魔物に襲われ撃退し、それが終わったと思えば離れたところにいる魔物を発見する。そのような行動を何度も繰り返しながら、二人は魔物の討伐をこなしていった。
「ふむ。さすがはダンジョンが近いだけあるな」
「入り口が近けりゃ戦闘にホイホイ寄ってくるもんなあ」
「面倒くさい」
「言うねえ。でも、他の奴らも同じことをやってんだ。面倒だからといって手を休めるわけにはいかねえだろー葉純ちゃん」
「それについては同意するが、ちゃん付けで呼ぶな」
「きっついねえ。って、危ねえっ!」
ダンジョンの入り口前で立ち話をしていると、突然、ハラルドが葉純の体を押しのけた。その場で尻餅をついた葉純が文句を言おうとハラルドを見上げるが、何故かハラルドの体には赤黒い触手のようなモノが何本も刺さり、数本は貫通していた。
「ハ、ハラルド」
「っぐぅ! 危ねえ、だろっ、がぁ!」
ハラルドが炎の魔法で赤黒い触手なモノを攻撃すると、それは勢いよく燃えながらハラルドの体に刺さる触手を引き抜きダンジョンの奥へと消え去った。
――ゴボリ。ハラルドの口から血がこぼれる。触手のようなモノが刺さっていた場所は計十個。両手足やいくつもの内蔵を傷つけ、一つは心臓の一部に傷をつけていた。その場にハラルドが倒れ伏した姿を見て、葉純の思考はようやく動きだした。
「ハラルド! 聞こえているかハラルド!」
「聞こえっ、てるっつー、の」
「ならばいい。喋るな」
葉純はその場に結界を張り、本部へ救援を急いだ。近くに配置されている組の者たちには手が空き次第駆けつけるように伝え、手持ちの救急治療用魔術式を展開する。ハラルドの負った傷の中で特に酷いのは心臓横の傷だ。肺や胃腸を傷つけてるものもあるが、今すぐに治療しなければならないのは心臓横の傷だった。
「っちぃ……。いってぇ、なあ」
「黙れ!」
「なぁ」
「いいから黙れ! 死にたいのか!」
「はすみちゃ、んよぉ」
「五月蝿い、静かにしろ!」
ハラルドから流れる血は止まらない。緊急治療用の魔術式では対応できないほどの重傷なのだ。葉純は中央から派遣されたという医療部はまだ来ないのかと苛立ちつつも、流れ続ける血に顔を青ざめさせていた。それでもハラルドの声に怒声を返すのは自身の焦りを晴らすためだ。本来ならばもっと冷静に判断し行動しなければならない。しかしながら、その時の葉純は冷静さを失いつつあった。
「あー……」
「医療部がもうすぐ到着する! 他の組もだ!」
「おぅ」
「だから生きろ! 死ぬな!」
「ははっ」
「ハラルド!」
そしてハラルドは医療部や他の組の到着を待つことなく、葉純に「お前が生きていてよかった」と一言告げて命を落とした。
葉純の記憶はそこからしばらく途切れており、気づいたころには魔物討伐の日から十日が過ぎていたという。
「それでぇ? 仕事に復帰したばかりの騎士様はこの店になんの用だいぃ?」
目覚めた日から五日。幾分やつれた顔をした葉純はルメイ堂にやってきていた。
カウンターの向こうには葉純と正反対の、にこやかな笑みを浮かべた店主がいる。
「店主、時を戻す道具は」
「あるよぉ」
葉純が問いかけようとすると、店主は喰い気味に葉純の問いに答えを出した。
「本物か」
「ここに偽物を置いたことは開店以来一度もないなぁ」
「そうか。ならば、私に一つ売っていただきたい」
「……過去を変えにいくつもりかいぃ?」
「ああ、そうだ」
店主の問いに葉純は頷きを返した。
葉純はハラルドの死を認めない。あの時、死ぬべきだったのは自分自身である。もしもあの魔物の攻撃に気づいていたのならば。もしもあの魔物の攻撃を防げていたのならば。もしも、もしも――ハラルドが死んだという過去を覆せたのならば……。
「死ぬ気なんだねぇ」
「あの時の魔物の攻撃は、避けたとしても死ぬ確率の方が高い。それならば最初から死を覚悟しておけばいいのだ」
「ふうん、そうかいぃ。それじゃあ、君にこれをあげようじゃないかぁ」
そう言って店主が何ももない空間から取り出したのは、ガラスの小箱に入った白く光る蝶であった。
蝶の羽には時計の針と時刻、時代がきざまれており、針はフルフルと小刻みに揺れながら現在の時刻を指している。
これは過去へ戻る力を宿す希少な妖精だ。時、時間、時空といったモノを司る妖精がいくつもいるが、その中でもこの蝶の姿をした妖精は数が少なかった。数あるダンジョンの中の一つにこの妖精の生息地が一箇所だけ存在しているというが、それを知るモノは現在店主以外にはいないという。もしもこの妖精の存在が発覚してしまえば世界は混乱するだろうと予言したモノのおかげで、発見から数百年たった今もこの妖精は幻想と思われている。
さて、この妖精の使い方は単純だ。
羽にきざまれた時計の針と時刻、時代を順番に動かすと使用者がその時いた場所まで時を戻す。その時、その場にいた過去の使用者と現在の使用者は同一の体に魂を宿しており、同じ人間が二人いるということには消してならないのだとか。
店主からの説明を聞く中で葉純は店主本人が使用しかことはあるのかと尋ねると、「自分で使ってみないと効果が分からないから、普通に使ったことあるよぉ」と言っていた。
「さて、これは君が戻りたいと願う、変えたいと願う運命の場所まで必ず連れて行ってくれるが、歴史を変えたことで後遺症が出るモノさぁ」
「それはどんな後遺症なんだ?」
「んー? 君の場合は使用すると、ハラルドに関する記憶が抜け落ちるってところかなぁ」
この妖精は使い勝手がいい分、どうしても後遺症が出てしまうという困ったモノだ。使用者が自分自身のために、もしくは誰かのために本来起きたはずの出来事を変える。それによって自分自身や誰かが歩むはずの歴史が歪み、未来――つまり妖精を使用した時点の存在が歪んでしまう。それを自覚させないために、この妖精は使用者の記憶を一部奪うのだ。
「なるほど。その場合、ハラルドにも何か後遺症が出ることはあるのか?」
「この妖精を使用するのは君だから、その彼に後遺症が出ることはないよぉ」
「そうか。ならば、安心して使えるな」
葉純はこわばっていた顔を緩め、ようやく笑みを浮かべた。ハラルドを守るために過去を変えようとしているのに、そのハラルドに何か起きてしまっては意味がない。自身を守るために死んでしまったハラルドの死をないものにできるならば、自身が負う後遺症などないにも等しいものである。
それから葉純は店主から提示された妖精の代金を払い、扉の向こうへと姿を消していった。
「……君も彼も、似た者同士だねぇ。彼が死ねば君が過去を変える、君が死ねば彼が過去を変えるぅ。いい加減に飽きてきたから、そろそろ二人そろって生き残ってくれないかなぁ?」
そう言って店主が窓の外に視線を移すと、赤黒い触手のようなモノが庭で他の植物たちにいじめられていた。
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