第5話 其は白ユリの花束なり

「さて、これで完成だよぉ」


 そう言って、店主は薄紅色のラッピングを施した白い花々があふれる花束を目の前にいる彼へと渡した。


「白ユリに鈴蘭、そしてカスミソウか。エリカにぴったりの花だな」

「白ユリ姫様に渡すなら、白ユリの花束が一番だって言ったのは君だろぉ」

「あたり前だ。彼女以上に白ユリが似合う女性はいない」

「うーん、惚気るねぇ」


 大事そうにそっと花束を受け取った彼は、白い花々を見つめながらそう呟いた。

 白い花は世界中どこにでも咲いているものだ。海辺だろうと川沿いだろうと高山だろうと、場所を問わずに咲いている。もしも白以外に色づく花を白い花にしたい場合は魔法で染めることもできるのだが、今回は関係ないので割愛しよう。


「白ユリは純粋、威厳。鈴蘭は再び幸せが訪れる、純粋、純潔だったか」

「鈴蘭の謙遜を忘れているよぉ」

「ああ、そうだったな。エリカには関係のない言葉だったから忘れていた」

「いや、それはどうかと思うけどぉ……。まあ、いいかぁ」

「ああ、それでいい。それとカスミソウは清らかな心、無邪気、親切に幸福だったか」

「そうだよぉ。君も花言葉なんて繊細なものを覚えることができたんだねぇ」

「妹たちに教えてもらったんだ……。しかしまあ、花言葉と言うものは面倒なものだな。一つの花に一つの意味を持っているのだろうと思っていたが、二つ三つと複数の意味を持ち、更には同じ花でも色が違えば異なる意味を持つものも存在するときた」

「それに他の国じゃあ、同じ花でも違う意味を持つものもあるからねぇ。興味があるというだけで全てを覚えようとする人もいるけれど、全てを覚えている人はそれほどいないだろうさぁ」


 白ユリに鈴蘭、カスミソウは、ただ一人――彼の妻であるエリカに贈る花束を作るために選ばれた白い花々だ。

 彼はフェルトリタ大公国を治める大公に、先日即位したばかりのえんじゅという。

 エリカは槐の妻で、ベイリーウス王国の第二王女であった。昨年婚姻を結び、先日までは第一王子と王子妃と呼ばれていた二人が今や大公と大公妃。槐の祖父である先々代大公の頃から付き合いのある店主は、愛しい妻のために花言葉を覚えた槐にそれはもう感動していた。


「堅物だの頑固だの言われている君の父上にそっくりに育ったとは思ったけれど、やっぱりあれかねぇ。君の母上と白ユリ姫様とじゃあ、性格もタイプも全く違ったからじゃないかいぃ?」

「……多分、そうだろうな」

「あとは、ほらぁ。君は妹君たちがいっぱいいるからねぇ。男兄弟しかいなかった君の父上に比べたら、女性の扱いもある程度心得ているしぃ」

「父上の存在が反面教師になったとも言うな。俺は父上に顔立ちも性格もそっくりだと言われているが、父上が未だに母上から婚約中から今に至るまでやらかしたあれこれを幼い頃から寝物語として聞かされているんだ。エリカは母上のようなことはしないだろうが、妹たちの存在が怖い……」

「ああ、妹君たちは君の母上にそっくりな性格をしているものねぇ。そりゃ、君が怖がるのも分かるよぉ」


 ケラケラと笑いながら、店主はカウンターの上を片づけていく。カウンターの上には花束を作るために切り落とされた白い花々の茎や葉、すでにしぼんでしまった花が落ちていたが、みるみるうちに姿を消していった。どうやら、店主は魔法を使って片づけをしているらしい。


「それにしても花かぁ」


 店主はぽつりと呟きながら、白い花束を見つめている槐に視線を移した。


「どうした、店主」

「君も歴代フェルトリタ大公の血を継ぐ者だと思ってねぇ」

「……ああ。じい様も父上も、ばあ様や母上に花束を贈ったそうだな」

「そうそうぅ。本当、君たち親子ってば見た目もやることもそっくりなんだからぁ。思わず笑っちゃったよぉ」


 フェルトリタ大公が大公妃に花束を贈るようになったのは、いつ頃だっただろうか。フェルトリタ大公国史など公的な文献には書かれていないプライベートな出来事なので、歴代の執事やメイド、庭師を務めた者を辿れば知ることはできるかもしれない。しかしまあ、歴代のフェルトリタ大公の中にもその始まりを知らないと言う者もいるのだから、好奇心を持って探る者もそうそういないだろう。

 槐の祖父が初めて花束を贈ったのは、槐の祖母と婚約して間もなくのことだった。まだ十歳にも満たない少年が、自分よりも五歳年上の少女に贈り物をしたいとルメイ堂にやってきたのだ。梅廉国で駄菓子を買える程度のお金しか持っていなかったが、店主はそのお金で小さな花束を作り出したと槐は聞いている。

 そして、槐の父が初めて花束を贈ったのは、槐の母と婚姻を結ぶ前日のことだった。元々、この二人は政略結婚であり、槐の父がそれはもう堅物で頑固な男だったため、槐の母に対して持っている恋心が全くもって伝わっていない状態だったのだ。婚姻すれば、その日から寝室を共にすることが決まっていたのだが、槐の母が拒否していたことを気にしてルメイ堂で店主に相談を持ち掛けたところ、槐の祖父と同じように花束を贈ることになった。

 ――結果は、うまくいったらしい。


「じい様の時も、父上の時も店主が花束を作ったのだろう? 二人が今もばあ様と母上に花束を贈っているのは知っているが、どのような花を選んでいるんだ?」

「あれ、知らないのぉ?」

「ああ。誰に尋ねても教えてはくれなかった。ばあ様が黄色、母上が赤色の花束を貰っているのは知っているのだが、その花々までは……な。妹たちは知っているようだが、遠目で見てよく分かるのもだ」

「おやぁ。それじゃあ、特別に教えてあげようじゃないかぁ。そうだ! どうせなら今日じゃなくても良いんだけどさぁ……」


 ニヤニヤと楽しそうに笑う店主を見て、槐は首を傾げた。


「なんだ?」

「君から祖父母と両親、妹たちにこの花束ほどの大きさじゃなくてもいいんだぁ。小さな花束を贈ってみたらどうだいぃ?」


 店主の提案を聞くと、槐はすぐさま「やる」と答えた。堅物だの頑固だの言われている槐だが、根は素直で家族思いの心優しい子だ。店主は「いいよいいよぉ。その意気さぁ」と笑いながら、先程片づけたばかりのカウンターの上に色とりどりの花々を生やした。

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