アンゴルモアベイビーズ

  十年後の君へ


 恐怖の大王なんて言ったってわかんないだろうな。


 何百年もむかし、フランスの医者が世界の終わりを予言したらしい。一九九九年七月、恐怖の大王とやらが降りてきて世界を滅ぼすという。


 笑えるよね。だってもう二〇一〇年だっていうのにまだ世界は滅んでない。


 クラスのみんなだって誰も恐怖の大王なんて知らない。僕だって、つい最近母さんの口から聞くまで知らなかったくらいだ。


「生まれるはずがなかったのに」


 母さんはそう漏らした。


「お母さんは騙されたのよ。どうせ予言が本当なら妊娠しようがしなかろうが関係ない。そうお父さんに唆されて、それであんたたちが生まれた。生むつもりなんてなかったのに。予言が本当だったらよかったのに」


 僕たちは望まれて生まれてきたわけじゃない。最初からわかってたことだった。


 君はきっと反論するだろうな。だって君は母さんと暮らしてるわけじゃない。母さんの表向きの顔しか知らない君には信じがたいことだと思う。


 毎年、誕生日に顔を合わせる君はとても幸せそうだ。きっと父さんや義理の母親に目一杯かわいがられてるんだろう。その笑顔が僕にはまぶしい。


 双子なのにどうしてこうも違うんだろう。君と僕の何が違ったのだろう。君に言ったってしょうがないことはわかってる。だから直接は言わない。こうして手紙に書くのが精一杯だ。


 この手紙が読まれるのは十年後の二〇二〇年。僕たちの二十はたちの誕生日になるはずだ。マヤ文明の予言によると二〇一二年に世界は滅ぶらしいけど、それだってきっと嘘っぱちだ。世界は終わらない。どこまでもだらだらと続いていくだろう。


 君は約束を覚えていてくれるだろうか。これから君は遠くへと引っ越してしまう。これまでのようには会えない。お互いのことを忘れてしまうかもしれない。お互いに向けた手紙を書いたことも、それをタイムカプセルに入れて埋めたことも。


 それならそれでかまわない。どうせ、こんなのただのうさばらしなんだから。君の笑顔をくもらせる理由なんてないんだから。




   十年前の君へ    


 あの震災からもうすぐ十年が経とうとしています。


 あなたとお母さんが津波に飲み込まれて十年。


 何の前触もなく襲いかかった天災です。さぞ無念だったでしょう。悔しかったでしょう。


 いつかお父さんが言っていました。恐怖の大王が来なかったからこそ、わたしたちが生まれたのだと。予言の日付を過ぎて安心したから、子供を作ることにしたのだと。わたしたちに明るい未来があることを願って、この世に送り出してくれたのだと。


 なのに、どうしてこんなことになってしまったのでしょう。


 マヤ文明もまた世界の終わりを予言していました。震災の翌年の、二〇一二年十二月二十三日。もはや何が起こってもおかしくない。そんな不安はしかし、杞憂に終わりました。終わったかのように見えました。


 マヤ暦の計算に誤算があったと判明したのは、今年の六月のことでした。新たに計算され直した日付は二〇二〇年六月二一日。未曾有のウイルス騒動の最中での発表でした。


 何も予言を信じているわけではありません。実際、その日世界は滅びませんでした。


 しかし、世界が徐々に破滅へと向かっているのも事実です。


 どこでボタンをかけ違えたのでしょうか。


 世界はいまや黙示録の世界も同然です。パンデミック収束の兆しが見えない中、世界各地ではじまった暴動、相次ぐ武力衝突。そしてはじまった戦争。


 人は自ら滅びを選んだかのようです。


 人間社会が世界のすべてではないでしょう。


 その意味で、世界はそう易々と滅びたりはしないはずです。


 人間がいなくなったあとも世界は続いていくでしょう。


 宇宙はどこまでも膨張し続けるでしょう。


 そしていつか、どこかの星でわたしたちと似たような生き物が誕生するのかもしれません。


 わたしたちのような双子も生まれるかもしれません。


 どうか、彼らの世界に滅びの風が吹かないことを願います。

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戸松秋茄子 @Tomatsu_A_Tick

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