第十四話 決めるのは自分自身

  魔物、それは魔力適性が弱かったり、知力が低いものが魔素が充満している場所に行った場合。そして、自分が受け入れ切れる容量以上の魔素を一気に吸収した場合に、妖精族以外の動植物がなり得るもの。

 魔物へと変化してしまった場合、魔魂と呼ばれる魔素の塊が体内にでき、これを取り出すか破壊するまで死ぬことはない。


「僕らと、おなじ……?」


 ドワーフやエルフなど、自然に愛され、魔力への適性がもともと高い場合には魔物になることはない。だが、そのほかのものたちは違う。


「そうだ」


 昼間普通に外で歩いてる人も、獣人も、魔人も全て魔物になり得るし、魔物は全てそれらだったのだと、イグニスは言う。


「なんで、そんなの……どこの小説でもそんなこと……」


 ダンジョン内で誕生して溢れ出すとか、魔素が魔物を作るとか、そんな話じゃなかったのかと朧はブツブツと繰り返すが、イグニスはその言葉に何もツッコミはしない。


「なんで……なんで今その話を、したんですか!」


 ぶつける場所のない怒りが、想いが、朧の胸の中では抑えきれずに吐き出される。

 ぶつけられたイグニスは、じっとりとした目で朧を見つめ、ヒゲの下に隠れている口を開いた。


「魔物とやらにゃならんのだろ。お前は」

「でも! せめて知らなければっ!」


 空になったジョッキをいまだに持っているイグニスは、淡々と言葉を返す。対する朧は、噛みつくように口を開く。


「いつかは知る」

「っ!」


 だがそれも、イグニスの言葉に黙らざるおえなかった。


「お前のその性格じゃ、後から知ったらどうなるかわかったもんじゃねぇ」


 こんなことなら最初から教えておけばよかった。とイグニスが舌打ち混じりに呟いた。その言葉も全て聞こえていた朧は、言葉が見つからずに無意味に口を開けては閉じてを繰り返す。


「勇者は、力と体力の伸びしろが半端ねぇやつのことだ。数ある職業で、聖女を守り切れる可能性が一番高い特別な職業」


 ようやくジョッキから手を離したイグニスは、冷蔵庫へ酒を取りに向かう。


「だが、当然勇者一人に聖女の命を預けるわけじゃねぇ」


 持ってきたエールの瓶を開けて、ジョッキへと注いでいく。


「もしかしたら、しばらくは戦わずに済むかもしれねぇな」


 それでもずっとではない。当然森の奥にあるような街もあるし、危険なところを通らなければいけない場合もある。


「でも……人を、殺すんですよね……」


 かすれ漏れでた声。エールを口に運んでいたイグニスは、その手を止めてまっすぐと朧を見つめる。


「魔物がただの魔物だったら、お前は躊躇なく殺せんのか」

「っ!」


 痛いくらいまっすぐな視線に、朧は声を出すことができなかった。

 なんとなく大丈夫だろう、できる気がする。そんな風に思っていた気持ちを見透かされた気がして、返す言葉が見つけられない。

 そもそもイグニスの言うように、魔物だからと言って殺せるかと聞かれてしまえば、答えはノーだ。そこに生きているのであれば、殺したくなんかない。

 ここは、ゲームとは違う。痛みも、肉を断つその感触も全て感じる。殺せば成長できたとして、それを気軽に行動に移せるような性格を、朧はしていないのだ。


「僕は……」

「魔物に変わった奴らは、もう戻れねぇんだ」


 朧を見つめていた瞳を閉じたイグニスは、誰に向けるでもなく声を出した。


「だれかが、終わせてやらねぇといけねぇんだよ」


 僕じゃなくても。なんて軽率な言葉は言えなかった。

 確かに、朧以外の冒険者は今日も明日も、その先も魔物を倒すために戦っている。朧が勇者でなければ、冒険者を選ばなければ誰かが倒してくれることは事実だ。

 だが、イグニスのように理解して倒している人たちは全員でないにしろきっと、本気で魔物と向き合っているのだろう。

 魔物となった人たちを解放するために、戦っているのだろう。


「そう……なん、ですね」


 蚊の鳴くような声でそう呟くのが精一杯だった。


「まあ……魔物同士の子供もいるから、正確には全部がそうってわけじゃねぇんだけどな」


 ぽそりとイグニスが呟いたその言葉は、今の朧には気休めにもならない。ただ、そうだろうな。と相槌を打てる程度の内容だった。


「僕は、どうしたらいいんですか……」

「進むしかねぇだろ」


 何も考えたくないと頭を振る。

 朧の投げやりな言葉に、イグニスは間髪入れずにいつもの言葉を口にした。


「どうせ戻れねぇんだ。その時その時で選んで進むしかねぇよ」

「戦わない選択を、してもいいんですか……?」

「戦うのを決めんのはお前だ。他人に何言われようと、お前が自分で決めりゃいい」


 力のある言葉。

 全ての責任は自分にある。勇者という逃げられない職業を決められたがそれでも、選べる自由もあるのだと言うイグニス。

 他の人はきっと、戦えと言うのだろう。けれど、拾ってくれて、背中を押してくれたイグニスの言葉が一番信用できる気がすると朧は思う。


「ゆっくりで、いいんですか?」

「しらねーよ。ペースなんて人それぞれだ」


 戦わなければいけないのが決定事項だとしても、そう、たとえ、非難の言葉を投げかけられたとしても、実際に魔物と戦う瞬間は自分で決めようと朧は心に決める。

 不器用で投げやり。だがそれでも、何よりも優しいイグニスの言葉に、不覚にも朧はまた、泣きそうになってしまったから。


「……その言葉遣い、直した方がいいですよ」

「うるせぇ」


 溢れる涙を隠して、思ってもない言葉を送ってみるのだった。

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