一幕:都市伝説と会う

 ロンドンを回って半刻程。ロレンツォは女の子をナンパしつつ、情報を幾つか集めていた。

 ひとつ、トバリ・ツツガミを知っているか? 

 これに関してはあまり大した情報を得られなかった。それもそうだ。資料にも個人名での知名度は低いとある。

 ふたつ、ヴィンセント・サン=ジェルマンについて。

 この情報に関しては、様々なところから情報が出過ぎている。ある人は変人奇人といい、ある人は素晴らしい紳士といい、またある人はすでに死んで居るのでは? とさえも言う始末。時々出てくる、少女二人を侍らせていた等はロレンツォが「いいなぁ」などとぼやくだけだった。

 そして最後、《血塗れの怪物グレンデル》について聞くと


「あぁ、知ってるとも」

「なんでも、あれでしょう?」

請負屋ランナーでそういうの居るって話聞いたぜ」


 と、いくつか明確な答えが返ってきたのだ。

 そして現在、ロレンツォは鼻歌を歌いながら路地裏を散歩している。理由なんて何もない、ただ歩けば目的にたどり着くだろうという彼の一種の癖。

 愛猫のアキーレは疲れたのだろうか、ロレンツォの肩に乗りながら穏やかに眠っている。


 彼はふと、建物の合間から除く機械工場を眺める。イタリアにも工場はあるが、ロンドン程大きくはない。


(イタリアに大きい工場なんて作るくらいなら、皆ピッツァ食べたいからね)


 などといかにもイタリア人らしい思考回路で納得しつつ、再び思うがままの散歩をする――予定だった。

 マフィアの家庭で育った彼は、幼少期から殺気を感じ取る方法を習得している。そんなもの欲しくはない、というのは本人の弁だが。どうやら前方と後方から殺気を感じ取ってしまった。

 面倒だと思いつつ、トランクから四丁の拳銃を取り出す。その内二丁を足に履いてる特殊なブーツに装着し、残りの二丁は両手でつかむ。

 ゆっくりと、警戒しつながら彼はその言葉を呟いた。

 けれどそれは、本来ならこの世界に存在しない筈のもの。長年人々が追いかけていたもの。かつてそれは――奇跡と呼ばれたもの。


「次元の扉よ、我が荷物をしばし預けよう」


 ロレンツォが呪文を唱えると、トランクが地面に吸い込まれるように消えてゆく。感じた殺気は100M先からのもの。仮に相手に見られたとしても、目の錯覚で済むぐらいの距離だ。

 彼は深呼吸をし、銃を握りながら再び歩き始める。武装はしても、相手に隙を見せる振りをして誘き寄せる。そして、確実に仕留める事。家系が家系なので、嫌でも身につく戦う方法。


(主に父さんに鍛えられたっけ。その次に父さんの右腕のコンラード)


 ロレンツォの家系もとい、マフィア組織ホラティウスファミリーはイタリア唯一の魔術が使える家系でもあった。曰く、祖先が星を見たら空から美しい魔女が箒で降りてきて恋に落ちたらしい。なんともロマンティックだとロレンツォは思う。

 そうでなくとも、自分と自分の家系が実際に少量ながらも魔術を使えるので、本当であることは間違いないと確信している。

 だが、時代は移り変わりに合わせて魔術を使う機会は減っていった。機械と人類の進歩なので致し方がない事だとはホラティウスファミリーの誰もが思っている。

 問題なのは敵対者。敵対者の中には、魔術師の血を狙う輩もいればファミリーを崩壊させて奴隷商に売ろうと目論む者、愛玩として飼育しようなどと考える者もいる。

 故に、先々代頭領は自分の子供だろうが護身できるように鍛え上げる方法を考えた。それこそ、今ロレンツォが行っていること。


 自分の子供を表上、ファミリーから出して世界で有名な怪奇現象や都市伝説と戦わせて強くさせるという無茶ぶりだ。

 幼いロレンツォはこれを聞いた瞬間「マンマミーヤ!!」と叫んで泣きめいた。ただひたすらに嫌で嫌でしょうがない。元々争い自体好きではない性格なのに対し、三人兄弟の三男坊という最も甘やかされたポジションの子でもある。

 当時は、兄二人に「頑張って成し遂げればベッラにモテる」などと言われて大人しく泣き止んだのだが。

 大よそ五年前、彼が十三歳の頃だった。


(冷静に考えて最悪死ぬのでは?)


 彼は正気に戻ってしまった。もとい、忘れたかったことを思い出してしまったのだ。それから日々青くなりつつも特訓を強化するように父とコンラードに頼み始めることにした。時折、部下達の任務にも行かせてもらうように手配し、死にたくないために強くなろうとした彼は変わり始める。

 ホラティウスファミリーは犯罪組織を狙うマフィアだった。そのせいで敵も多かったが、それ以上に近隣住民から感謝の言葉も多い。その言葉は、保身的な彼に守りたいものを与え始めていた。無論、守ろうとして敵対組織に無残に殺された者たちは少なくはない。

 仲間達ファミリ―は言う。自分達は正義の使者ではないと。だからこそ、全ての命を守る必要もないのだと。見ず知らずの、赤の他人の命まで守ろうとするなんて愚か者しかしない。利口に生きなければ死ぬのがこの裏社会なのだと。


 それでも、ロレンツォは納得できなかった。故に、数か月前彼はついに自分の父でファミリーの頭領であるバジーリオに啖呵を切った。


父さんパァパのやり方にはロマンを感じない」

「馬鹿息子が。ロマンでファミリーを支えられる訳ないだろう」

「できるって証明すればいいの? そうすれば兄さん達ではなく俺を次の頭領ドンにしてくれる?」

「例の風習。俺の爺様が考えたアレ……成してくるか?」


 父親の獅子を思わせるぎらついた黄金の瞳を、母譲りの翡翠の目でロレンツォも射貫くように見つめる。


「やるよ」

「そうか。でもな、ただ倒すだの殺すだのすんのはつまんねぇからよ。馬鹿息子、父さんが追加条件をくれてやる」

「……頭領の命とあらば」


 バジーリオは手元にあった羽ペンをインクに浸し、その辺のメモ用紙にさらさらと文字を書いていく。


「都市伝説でも化け物でもいい。何なら、どっかの国の凄腕の剣士でもいい。友人を作っておけ。兄貴たちは既に右腕にふさわしい人物を見つけている。でも、お前にはそれがない。ははは! つまり丸腰って訳だな。だからよ、そういう存在ってのを見つけて来いよ息子殿よ。まぁ、右腕なんてたいそうなもんじゃなくても友は居るだけで人生の宝だがな」


 バジーリオの王者の様な笑う姿を見て、ロレンツォは改めて思った。きっとこれがマフィアのファミリーの頭領なのだろう。きっと自分の父は、時代が違えば一国の王になれていたかも知れない。


 ふと、ロレンツォは散歩中にイギリスに来る前の出来事を思い出してしまっていた。無意識ではあるが、警戒を緩めてしまったことを自ら恥じる……が、それも一瞬の出来事。

 双方から迫る殺気に意識を強く向け、銃を構える。

 一、二、三……ロレンツォの目はさっきの主達をしっかりとらえた。

 それは、蜘蛛のような形状の機会の化け物。ロレンツォは部下に集めさせた資料にあったレヴァナントの項目を思い返すが、どうにも該当しない。

 それもその筈、何故ならあの蜘蛛には機械だけではない。正真正銘の魔術による魔力が嫌でもかという程こびり付いているからだ。


「おかしいなぁ、おかしいなぁ……イギリスに魔術があるなんてこっちは聞いてない!」


 ロレンツォは銃を蜘蛛の方へと投げ、そのまま演唱を始める。


最下層冷極地獄コキュートスよ、冷酷なるかの裁きを彼らに――零薔薇の吹雪ローザ・テンペスタ・ディ・ネーデ!」


 銃口から翡翠色の魔法陣が展開され、銃弾もとい魔術弾が発射する。魔術弾は氷を纏い、その軌道をまるで槍の様に蜘蛛を素早く穿つ。蜘蛛は、肢で必死に氷を削ろうとするが、それも束の間。ロレンツォはトドメの言葉を叫んだ。


とても素晴らしい!ブラヴィッシモ最下層冷極地獄コキュートス!」


 彼の言葉を合図にし、槍は氷を増幅して変形させ、蜘蛛を繭の様に包み……爆破した。機械の蜘蛛達は壊れ、さっきも無ければ動く気配もない。

 一安心したロレンツォは指を鳴らして銃を手元にワープさせる。


「はぁ、誰も居なくて良かった。とはいえ、騒ぎになりそうだからさっさと別の場所に行かないと。はぁーあ、こんな時にヴィンセント・サン=ジェルマンかトバリ・ツツガミをさっと見つけられたらなぁ」


 などと、誰にも聞こえない筈の愚痴をロレンツォはため息交じりで零す。本来であれば返事などない。愛猫も、すっかりぐっすり夢の中なのだ。

 だが、運命は気まぐれか。はたまた、何かの歪みか……彼の言葉に返事をする一人の青年の声が聞こえた。


「俺とヴィンスがなんだって?」


 ロレンツォは声のした方を振り返る。まさかと、そんなはずは無いと。ここは人気のない路地裏で、こんな場所に狙った人間が居るだなんて偶然が――。


 青空が沈み、夕焼けと交じり合うロンドン。それを彩る屋根の上で、漆黒を纏う東洋の……否、極東の島国オリエントの青年が大胆不敵に笑いながら立っていた。

 ロレンツォは確信する。彼が、彼こそが。


「チャオ、《血塗れの怪物グレンデル》――いや。トバリ・ツツガミ」

「よう、イタリアかぶれの何者でもない誰かさんノーボディ。状況を勝手ながら観させてもらったぜ。いろいろ聞きたいことはあるしな、此処は英国らしく話し合いティータイムと行こうか?」


 相手から痛いほどに感じる力量、ぱっと見ただけでロレンツォは察した。

 この男は正真正銘の化け物であると。

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