薄紅色の髪にキャスケット帽、眠たげな斑目の瞳。少女リズィは夕暮れの路地裏をぼんやりと歩いていた。彼女曰く唯の散歩なのだろう。

 今日は本当に何もない日。レヴァナントの脅威も数か月前から鳴りを潜めていた。


「んー、ひま。そろそろ帰ろ」


 適当に歩いていた足取りを、帰路に変更して歩き始める。このまま歩けば我が家へたどり着けばいい。

 しかし、夕暮れの光が導いたのだろうか。彼女は建物の合間から見慣れれた姿を見かける。漆黒を纏う青年――トバリ。

 だが、屋根の上に居る彼の様子がおかしい。まるで何かと対峙しているようでもあり、ただ眺めている様でもある。


「何してんだろ?」


 リズィは思考を巡らせる。唯声を掛けるだけでは面白くないし、万が一レヴァナント相手だった場合も考慮する。そして彼女は、トバリが何と対峙しているのか確認するためその辺の屋根に軽い足取りでジャンプする。


「よっと、ここなら見れるかな」


 着地し、彼が見ていた先を気だるげな瞳で見つめる。そこには、白と翠を思わせる見慣れぬ青年が拳銃を握っていた。


「誰?」


◆◆◆


 ロレンツォは屋根の上に居るトバリに笑顔で答える。


「話し合いなら屋根から降りて同じ目線で話しましょうって、お母さんマッマから教わらなかったのかい?」

「生憎、拳銃を持った相手に近寄れなんてのは教わってないんでな。ママっ子マンモーニ

「ダメダメダメ! 発音が全くなってない。イギリス語に慣れ過ぎたせいだね」


 言葉での牽制、お互いその場を微動だにしないがその火蓋を切ったのは意外にもロレンツォ本人だった。


「A buon intenditor poche parole.」

「あ? なんか言ったか」

「Cosa fatta capo ha.」

「いや、真面目に英語で喋ってくんねぇ? 本気でイタリア語は未収得だからよ」

「Tentar non nuoce!」

「聞いてんのかこのイタリア人」


 ロレンツォはくつくつと笑いながら、トバリめがけて一発放つ。トバリは余裕で避け、その様子を見てロレンツォはにこりと笑う。そして銃でくいくいと招き、トバリにも分かるように英語で呟いた。


Shall we dance?踊ろうか

「はっ! 上等だ」


 ――瞬間、銃弾と剣戟が交わる。ロレンツォが放つ銃弾をトバリは剣戟で弾いて接近。無論、ロレンツォも距離をとりながら射撃を続ける。

 縮まりっては離れ、縮まっては離れ。拳銃の音と、それを弾く剣の音が路地裏にこだまする。

 しかし、それもやがて幕引きを迎えた。

 ロレンツォの隙を突き、トバリが跳ねるように急接近して一閃。ロレンツォは確かに斬られた。トバリにも切った感覚はある。


(残像という訳でもない。現にアイツは斬られた部分を隠すように蹲って――――いや。まさか)


 ロレンツォは立ち上がり、体の埃を払う。その姿には傷が一切なかった。

 信じられない事だが、トバリは動揺を隠して軽口を叩く。


「どんなドッキリ人間ショーだよ」

「はー、びっくりした」

「いやいや、びっくりしたのはこっちなんだが」


 トバリは再び剣を構え、相手の出どころを窺う。一方のロレンツォは拳銃を腰のホルダーになおす。その代りに懐から――小型の白旗を取り出して陽気に振り出した。


「降参ですー。いやぁ、強い参った参った」

「…………は?」


 あまりの出来事にトバリは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔でロレンツォを眺める。

 ロレンツォの方は、陽気なまま話を始めた。


「いやー、僕もベッラの気配を感じなければドンパチ続けたかったんだけどねぇ。あそこにベッラが居るもんだからさぁ」


 ロレンツォが指さした方には二人の様子を眺めていたリズィが居た。


「リズィ?」

「あ、トバリ。おっす」


 挨拶のつもりなのだろうか、気だるげにあげられた片手に彼女の惰性がうかがえる。だが、それも束の間。ロレンツォは音速ともいわんばかりの勢いでリズィに近づいていく。


「リズィ! 構えろ」

「えっ」


 危険だと感じたトバリがリズィに合図を送るが束の間、ロレンツォはいつの間にかリズィの目の前に立ち――彼女に一輪の赤いバラを向ける。


「チャオ、ベッラ美しい人。君のそのダウナーな瞳があまりに愛らしいものでね、戦意が遠退いちゃったよ。あぁ、でも代わりに君への恋が近づいちゃったかな? この花は薄紅が美しく可愛らしい君へのプレゼントさ。ところで、一緒にドルチェ食べない? それとも一緒にお話ししない? どっちでもいいよ。君と一緒に居る事、そしてこうして出会えたことが天国に昇る以上の最高の出来事だからね! きっと神様も幸運な僕と君に嫉妬してるに違いないさ」

「えっと……」


 あまりの出来事にトバリとリズィはその場で固まる。それもその筈だ。トバリからすれば仕事仲間が突然イタリア男に告白を受けており、リズィからすれば見知らぬ青年に突然告白されているのだ。この場を攻略する術など、同じイタリア人ぐらいしかできないであろう。


「いやいやいやいや! おいおいおいおい!」


 正気に戻ったトバリは思わずツッコミを入れる。


「なんだいトバリ。今いいとこなんだけど」

「どこが!?」

「それとも君もこのベッラ狙ってるのかい?」

「それは無い無い。そんな堕落の化身で女らしさがない可愛げのないおん――」


 その時間を例えるなら一瞬。リズィがトバリの方へ弾丸を撃つ。勿論当たらないギリギリのところで。


「アタシの可愛げが……何?」

「イーエ。ナンデモ」


 彼女の表情はいつも通りだが、その声は一オクターブ程低く殺気が籠っていた。

 ロレンツォは愉快そうに口笛を吹く。


「ナイス射撃だよベッラ……いや、リズィ。的確に獲物を狙えてる。このまま上達したら君は立派な狙撃手スナイパーになれるね」

「ども」


 言葉は短いが、どこか嬉しそうなリズィと何とも言えない表情のトバリ。流石にこのままという訳にもいかないので、ロレンツォはリズィをお姫様抱っこする。


「わぉ! 羽根の様に軽いね。どうやら君は天使の様だ!」

(そいつの場合単純に栄養をしっかり取れてないだけなんだが)


 と、ロレンツォの言葉に心の中でツッコミを入れるトバリ。流石に再び余計な事を口にしては、今度こそたまったものではない。冗談は引き際が重要なのだ。

 ロレンツォは愉快そうに屋根から降り、トバリ方へ向って歩き出す。


「そういえばトバリ、僕は君に何を話したっけ?」

「会話する前に弾丸ぶっぱなってきたのはどこの誰ですかね」

「うーん。全く見当がつかないけど、彼はきっとカッコいいのだろうね!」

「ははははははは。斬るぞこの野郎」


 ロレンツォに抱かれているリズィが物珍しそうに二人を見て一言。


「あのトバリが振り回されてる」

「おめーは俺のことなんだと思ってんだ」


 トバリの問いにリズィはうーんと唸った後、小首をかしげて答えた。


「揚げ足取り皮肉屋?」

「あっちゃいるが……ホント、ストレートに答えるなお前」

「どもども」


 褒めてないと言わんばかりの顔に、リズィは変わらず小首をかしげる。その様子を見てロレンツォは可愛いと思いながらも、彼女をゆっくり下ろす。


 そして、腰から銃をとりだし両手で回転させて小粋に自己紹介を始める。


「改めて。チャオ! 僕はロレンツォ・ホラティウス。お茶目さんなイタリア人だよ。趣味は散歩とトマトとドルチェやピッツァやパスタやボロネーゼを食べること、そしてシエスタ! ちなみにロンドンに来た目的はというと――トバリ。君と友達になる為だよ。あ、ヴェネツィアはとっても奇麗なんだ。リズィ、今度僕と一緒にヴェネツィアでデートしない? ゴンドラもあるよ。座右の銘は食べてアモーレ歌ってマンジャーレ愛しするカンターレ事でっす」

「後半ナンパじゃねぇか!」

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