白の探究者の話

大福 黒団子

序幕『イタリアからの来訪者』

 時代は19世紀。場所はイギリス国内――の蒸気列車の中。

 一人の青年が愛猫を撫でながらため息を零す。色素の薄い金髪に、白いコート。翡翠の優しげな瞳はまるで絵本の王子様の様だ。

 無論、そんな彼を見て周りの淑女は「まぁ」と頬を赤らめる。青年もどうやら、その光景に気付いたようでにこりと笑顔を返した。


「リップサービスしてんじゃないでしゅ」


 彼に撫でられていた白猫が突如として喋る。しかし、青年以外には猫が「にゃあ」と泣いてるだけにしか聞こえなかったらしく、誰も気にしない。


「リップサービスとかそんなのじゃないよ。イタリア人たるもの美女ベッラを愛でよ愛せよってね。なぁ、アキーレ?」

「そーいうのは見境なしって言うんでしゅよ、ロレンツォ。おみゃーは美人を褒める褒めるいってっけど、近所の太いマダムにも路地裏の痩せこけ少女にもベッラベッラチャオチャオーって言いまわってるじゃないでしゅか。けっ!」


 アキーレが唾を吐き、再び青年の膝の上で丸くなる。ロレンツォと呼ばれる青年はそれを、仕方なしと思いつつも再びアキーレを撫で始めた。


「美しさは外見だけじゃないよ、アキーレ。心や生き様も美しさだ。僕はそれを賛美しているだけに過ぎない運命の捕らわれ人だよ。あとベッラと食べるお菓子ドルチェは最高だからね」

「イギリスにまともなドルチェがあるとは思えないでしゅ。ウナギをゼリーにして、芋は潰せばいい、魚が星を見てるパイなんて生む国でしゅよ?」

スコーンビスコットは美味しいらしいよ?」


 飼い主のあまりのお花畑っぷりにアキーレは顔をしかめる。この主人は何故こうして家に帰れない事態だろうが、緊張感がないのか。いや、寧ろ解放されたと言うべきか。


「ファミリーに帰りたくないでしゅか?」

母さんマンマ父さんドンも赦してくれないよ。錬金術師ヴィンセント・サン=ジェルマンと極東の島国オリエントのトバリ・ツツガミに会うまで」


 ロレンツォの顔はどこか憂いでいて、けれど何かを諦めたくないようなものだった。彼はふと、アキーレに弱音を零す。


「ねぇ、アキーレ」

「なんでしゅか?」

「トバリ・ツツガミってベッラかな?」

「おめー資料読んでねーでしゅ? 野郎でしゅよ。野郎。男!」


 アキーレの冷静な言葉にロレンツォの顔がさらに曇る。集めた資料をきちんと見てないのに、自分で落ち込むなど下手に器用な真似をするものだ。と、アキーレは果てしない呆れを覚える。


「そっか、僕は男二人に会いに行くのか。ははは……ベッラとドルチェ食べたい。パスタ食べたいー! もしくはピッツァかボルネーゼ!」

「黙れでしゅママっ子マンモーニ


 などと、二人がてんやわんやしていたらいつの間にか目的地に列車はついていた。

 アキーレはロレンツォの膝から降り、ロレンツォも座席から立ち上がって列車を出る。ふと、ロレンツォは駅を見回してみた。イタリアに比べれば幾らか発展した蒸気都市。列車からの光景でも圧倒されたが、こうも近くで見ると迫力が違う。


「こんなに蒸気がいっぱいなんて、此処の人達の前世はきっとドワーフに違いない」

「いやいや、ゲルマン人もといアングロ・サクソン人でしゅよ」


 主人のすっとぼけた質問にアキーレはばっさり切り捨てつつ答える。それに関心するように、ロレンツォは笑顔で返した。


「さすがアキーレ、物知りだね。あとでマグロ缶をあげよう」

「はいはいでしゅー。それよりも、ミー達は情報収集が先でしゅよ」

「うん」


 ロレンツォは駅を出て、ロンドンの街と青空を眺める。まるで、これから先の出会いを楽しむように。楽しみのおもちゃを買うような、子供のような無邪気さで彼は笑う。


「都市伝説の街にマフィアの息子立つ……なんてね。生きた都市伝説――会うのが楽しみだよ。《都市伝説殺しの赤き怪物フォルクール・オブ・グレンデル》」


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