エピローグ

Hello, HALOworld!!

 結局、わたしの毎日はほとんど変わっていない。


 毎朝、デフォルト設定のアラームから始まる一日。

 ピィちゃんと一緒に朝のひと時を過ごして、学校に向かう。

 友だちもいる。

 ハロワールドの時みたいなコミュニケーション能力は、発揮できなかったけど、それでもクラスで浮いたりせずに標準的な高校生活を送っている。

 ハロワールドから帰ってきたからって、成績が急によくなったり、運動神経がアスリートもびっくりなんてことはなかった。

 たぶん、それでいいんだ。

 そうでなかったら、こうして仲のいいユカとキララと一緒におしゃべりしながら、学校から駅まで歩くなんてなかったと思う。


「あー、異世界転生したいなぁ」


「また始まったよ。ユカにぶつかるトラックの運転手が可哀想すぎるでしょ」


「トラック? タムリンはわかってないなぁ。ユカっちが異世界転生するなら、そうね……」


 きっと大人になってしまえば、ほとんど覚えていないだろう内容のない会話の繰り返し。

 そんな日常の繰り返しを、わたしは退屈なんて思わない。


 ただ、そんな大切な日常に、非日常が乱入してくることがある。


 今日も駅前の商業施設に三人で貴重な青春のひと時を消費するはずだったけど、制服のポケットの中でスマホが震えた。

 即ゴミ箱行きのダイレクトメールかと油断してロックを解除したら、赤いはずの995のアイコンが灰色に変わっていた。


「ごめん、ユカ、キララ。わたし、急いで帰らなきゃいけなくなった」


 えーとか、なにか言っている二人の声を背中で聞き流しながら、駅へと走る。


 タムタムがピィちゃんに会いに来ている。

 この間来たばかりなのに、また来ている。

 そんなに、ダルとかラッセたちから逃げ出したいのか。

 それとも、わたしに――ううん、ピィちゃんに会いたいのか。


「もう、次来るときは先に教えてよね」


 改札を抜けて、ホームまで駆け上がってスマホのロックを解除する。


『そんなに焦る必要ないのに』


 画面に映し出されたのは、ふわふわの栗色の髪に、茶色がかった黒のくりんくりんの目の男の子。

 ようやく半ズボンからチラ見せしてくるひざ小僧の尊さに慣れたっていうのに、サスペンダーを追加しやがってポイント高すぎ。アバターだってわかっているけど、ショタコンじゃないのに頭撫で撫でしたくなるくらいの母性本能くすぐってきやがる。


「ピィちゃんが心配なの。995号」


『ふぅん』


 スマホの中でニヤニヤ笑う少年――アルゴ995号は、この半年ですっかり生意気になった。一人称もボクになっているし。


『ボクは、タム・リンに早く会いたいのだとばかり』


「はぁ? なにそれ!」


 いくら人が少ないからって、スマホに向かって大きな声を出したら注目される。でも、そんなこと構うものか。


『リンは恋しているんじゃないですか? ボク、最近、少女漫画にハマっているんですけど、なんか、リンが恋する乙女って感じで……ふぎゃ』


「ハマりすぎ」


 生意気言ったお仕置きに、スマホをブンブン振り回す。


『あわわわわ、ごめんなさいごめんなさい、あわわあわわ……』


 まったく、なんでアルゴはこんなやつを後継機に選んだんだろう。


 スマホの中で、995号はようやく目を回しておとなしくなった。

 そう995号は、アルゴの後継機だ。この生意気なショタが、将来暈ハロワールドを管理することになるらしい。とても、そんな光景想像できない。

 異世界で知見を広めるという名目で、ピンポン玉アルゴ995号はいつの間にかスマホの中に組み込まれていた。もちろん、アルゴの仕業だ。

 とはいえ、今のところ995号の関心は、自分のアバターのファッションコーデとか漫画とかアニメとか特撮とかに偏っているようで、わたしは複雑だ。


 995号に指摘されるくらい、わたしは浮かれているのかな。


 電車に揺られながら、なくさないようにスクールバッグの持ち手にシルバーのチェーンで繋いだ金の指輪を見つめる。


 先月、十六歳になったばかりじゃない。まだ進路も漠然としているんだから、恋とか愛にうつつを抜かしている余裕なんてない。それに、タムタムは一度結婚しているし、その前にも乙女の純潔を奪ってきている。妖精の女王さまとも、関係があったかもしれない。そんなやつに、わたしが恋するとかないない。

 死にたがりで、めんどくさがりで、素直じゃない。たしかに、たまに優しかったりするけど、それはわたしだけじゃないに決まっている。


「ハロー、ハロワールド」


 結局、電車を降りても我が家を目指して自転車で急いでも、自分の気持ちにはっきり答えを出せなかった。


「ただいま、ピィちゃん」


 いつもならピィちゃんが出迎えてくれるのに、今日は来てくれない。

 ということは、もう来ているんだ。


 深呼吸一つして、リビングへ急ぐ。


 少し散らかったリビングのソファーでだらしなく横になっていたタムタムの腕の中には、ピィちゃんがいた。


「タムタム、まだ一週間もたっていないのに」


「悪いか? まぁ、弟子どもがうるさすぎて、逃げてきただけだ」


「ピィ」


 気だるそうな笑みを浮かべる彼に、わたしの胸は高鳴る。


 今はまだ、彼への気持ちを恋とか愛とか呼べない。


「ピィちゃん、タムタムに甘えすぎぃ」


「いいだろ。たまの息抜きなんだから」


 いつか、いつか、恋とか愛とか呼べる時が来たら、その時は――――


 ――――


 ―――


 ――


 ―




 その時はきっと、わたしの物語の新章が始まる時だ。

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Hello, HALOworld!! 〜ペット泥棒を追いかけたら、異世界にきちゃいました〜 笛吹ヒサコ @rosemary_h

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