ハロワールド 巡る円環 本部

王子さまオーラ200%

 どうすればいいんだろう。


「ねぇ、ピィちゃん。どうすればいいんだろう」


「ピィ」


 一緒に寝ていたピィちゃんの鳴き声も、弱々しい。困ってるみたい。


「ピィちゃんとも、喋れればいいのに」


「ピピィ……」


 アルゴの話じゃ、イケボに変換されるのは明確な言語を持つ生命体に限られるらしい。ピィちゃんのような鳴き声を翻訳してくれるようなハロ式は、ないらしい。


 ピンポン玉アルゴ995号が用意してくれた部屋の白いベッドの中で、昨夜ゆうべのアルゴの話を思い出す。




 灰色の男グレイマンが消えるとすぐにアルゴの声が降ってきた。


「まりだね、田村凜子くん。君がピィちゃんと呼ぶその生命体は、吾輩の友人である灰色の男グレイマンが大切にしていた妖精の卵から生まれた黒妖犬ブラックドッグなのだよ。第10892世界『地球』の生まれで、育った妖精界を失った彼にとって、妖精の卵が孵るのをそれはもう楽しみにしていてねぇ」


 相づちすら打つ間もないほど滑らかに、アルゴは話し続ける。


黒妖犬ブラックドッグは、死をもたらす不吉な妖精らしいね。死にたがりの灰色の男グレイマンは、大喜びだったわけだけど、第10892世界『地球』の時間に換算して286年と85日と13時間前、生まれたばかりの黒妖犬ブラックドッグ闇の暈ダークハロで転移してしまってねぇ。いやぁ、大変だったよ。あの時の記録を呼び出すだけで、興奮するよ。……ま、それから定期的に彼は、クラガリと呼ぶ黒妖犬ブラックドッグを探しに第10892世界『地球』に行ってたりしたわけだよ」


 つまり、灰色の男グレイマンが消えた場所で体を擦り付けているピィちゃんの元の飼い主は、灰色の男グレイマンだったってことで間違いないみたい。


「あ、あのぉ。二つくらい質問してもいいですか?」


「もちろんだとも! なんでも質問してくれたまえ、田村凜子くん」


「あ……」


 質問の前に、呼び方なんとかしてもらわないと。


 ――――リンゴ。リンゴ。


 ――――腐ったリンゴぉ。


 ――――――リンゴがリンゴ食ってやがるぅ。


 ――――――共食い、きっもぉ。


 脳裏をよぎった嫌な記憶を振り払って、天井を飲み込む闇を見上げる。


「あの、質問の前に、わたしのことはリンって呼んでください」


「…………」


 今まで打てば響くというよりも、食い気味なくらいで返事があった。だから、アルゴの沈黙が、なんだか不気味で怖い。


「あ、あのぉ……」


「ピィ」


 ピィちゃんが、ズルズルと擦り寄ってくる。

 不気味な沈黙に不安がっているわたしを、励ましてくれようとしているんだ。


「ピ?」


 壁や床を走る赤や青の光が、一斉に止まる。


「あわわわわ……。ヤバいですよ、リン」


 不穏な沈黙の中、ピンポン玉アルゴ995号が青くなって震えている。


「リン、アルゴさまの処理能力が0.003%落ちてます」


「えっと、それ、ヤバいの?」


 よくわからないけど、光が止まるのはヤバいらしい。


「あわわわわ……。それは……ふぎゃ」


「わっ」


 また眩しい光に目を焼かれそうになった。


「ピィイ!」


 ピィちゃんが甲高い声で鳴いた。なんか嬉しそうだった。


「やはり、黒妖犬ブラックドッグはこの姿が理解できるのか。実に興味深い。君が卵から孵った時点では、すでに彼はこの姿ではなかったというのにね」


「ピィ」


 ピィちゃんが残念そうに擦り寄ってくる頃に、ようやく視力が戻ってきた。


 さっきまで灰色の男グレイマンがいた場所には、緑色のマントの金髪に緑の目をした灰色の男グレイマンと瓜二つの男がいた。


「えーっと……」


「ああ、吾輩だ。エルドラドの統括人工知能アルゴだ。やはり、ボディがあったほうが、異界人と対話の効率が上がる。普段使わないスペアボディだが、新しいボディを生成するのは、ハロの消費が激しい。ま、彼も帰ったことだしかまわないだろう。それで田村凜子くん。申しわけないが、君をリンと呼ぶことはできない」


「あ、はい」


 なんか調子狂うんですけど。

 なんか、めっちゃ冷静な感じで喋られると、ヤバいんですけど。


「このボディは、以前の灰色の男グレイマンの姿だ。第10892世界『地球』で生まれて、妖精界で育った彼のね」


「ピィ」


 ピィちゃんの瑠璃色の瞳が、ウルウルと色違いの灰色の男アルゴを見つめている。


 気だるそうに見下ろしてくるアルゴが、人工知能だってことを忘れてしまいそうになる。というか、忘れていた。


「田村凜子くん、それで二つの質問はなにかな?」


「あ、はい」


 イケメンの神オーラに圧倒されて、忘れてた自分が恥ずかしい。


黒妖犬ブラックドッグってなんですか? そのわたし、ピィちゃんのこと、よく知らないんです」


「それは興味深い。いや、そうでもないか。第10892世界『地球』に隣接する妖精界が消滅した時、ケット・シー、レプラコーンなど、多くの妖精族を第10892世界『地球』に逃したが、すぐに数を減らしていったと聞いていたな。黒妖犬ブラックドッグも、もう第10892世界『地球』では絶滅し存在しない可能性も高い」


「ピィィ」


「よしよし、ピィちゃん、大丈夫だよ」


 前々からそんな気はしていたけど、ピィちゃんはわたしたちの言葉を理解しているんだ。

 今だって、アルゴが絶滅って言った途端に目をウルウルさせて震えだしてる。


 正直、アルゴの話はわかりづらい。

 でも、レプラコーン靴屋の小人なら知っている。ケット・シーもモフモフ感満載の猫のキャラクターで見かけたことがある。

 ピィちゃんの黒妖犬ブラックドッグも、その仲間ってことでいいのかな。


「吾輩が黒妖犬ブラックドッグついて知っていることは、少ない。その名が示すとおり、黒い体。それから、赤い。死や不吉の前兆や象徴であること、それから変身能力があることは、灰色の男グレイマンから聞かされたよ。君がピィちゃんと呼ぶ瑠璃色のは、彼の大切な人によく似ているらしい」


「ピィピッ」


 ピィちゃんが誇らしげにつぶらな瑠璃色の瞳で、わたしを見上げてくる。やだもう、可愛すぎか。


 モフモフモフモフ……


 モフりがいのあるピィちゃんが、死や不吉の前兆とか、何かの間違いだ。


「以上が、吾輩が黒妖犬ブラックドッグについて回答だ。もう一つの質問に移ってもらっていいかな?」


「あ、はい」


 モフる手を止めて、アルゴを見上げる。


 金髪碧眼で王子さまオーラ200%の灰色の男アルゴが、爽やかな笑顔を浮かべるんだ。変態のほうが、話しやすのにと考えてしまったのは、ちょっとヤバいかもしれない。


「あの、その、えーっと、その灰色の男グレイマンって何者ですか?」


「それは、彼に直接聞きなさい。ちょうど今、彼の方から明日、その黒妖犬ブラックドッグのことで話がしたいと、連絡があったからね。どうする?」


「えっと、どうするって……」


 どうすればいいんだろう。

 正直、不安だ。色々と不安でしかたない。


「もちろん、拒否することも可能。だけど、しっかり話をつけてから第10892世界『地球』に帰還するのが、最適解だ。君が帰還した後で、また強引に黒妖犬ブラックドッグを連れ去る可能性が高いからね。さすがに、君に気づかれないように、次は用心するだろう」


「ピィ」


 モフモフ擦り寄ってくるピィちゃんは、話をしてほしいと訴えているみたい。


「ピィちゃんは、わたしと灰色の男グレイマンに話をしてほしいの?」


「ピッピィ」


 ズルンズルンとピィちゃんは縦に伸び上がっては、縮むを繰り返す。

 やっぱり、ピィちゃんはわたしと彼を会わせたがっている。


 でもなんだろう、この理由なき不吉な予感は。

 不吉な予感に首を縦に振りたくなかったけど、アルゴの言ったとおり、灰色の男グレイマンが再び日本に来るかもしれない。そうしたら、もう取り戻せないのはわかる。


「わかりました。できれば、その安全な場所でお願いしたいんですけど……」


「もちろんだとも。場所は、吾輩の中でと伝えておいたよ」


「……あなたの中?」


 まかせておけと胸を叩いた金髪碧眼の王子さまは、おやと首を傾げる。


「995号から説明してもらわなかったかな。この巡る円環の本部そのものが吾輩だということを」


 一瞬、緑色だったはずの瞳が黒くなる。

 わたしの後ろに隠れていたらしい青くなったピンポン玉アルゴ995号が、まさに目にもとまらぬ速さでアルゴの目の前まで飛んで行く。


「あわわわわ、申し訳ございません」


「…………995号、我輩に謝罪するよりも、田村凜子くんを休ませてあげなさい。部屋の用意はできている。彼女に懐くのはかまわないが、世話係としての役目も忘れてもらっては困るよ」


「あわわわ、かしこまりましたぁあああ」


 話は終わりということだろうか、金髪碧眼の灰色の男アルゴの姿は忽然と消えたいた。


「ピィちゃん、わたし大丈夫だよね」


「ピィ」


「それにしても、ここがアルゴの機械の中だなんて……」


 よくよく考えてみれば、異界人にあわせてボディを生成したりとか、そもそも人工知能だから、あの巨大な天球儀そのものがアルゴの本体だってことも、まさにSF映画の世界だけど、納得できてしまう。


「アルゴさまが変態じゃなかった。あわわわわわわ! 後で先輩たちに相談しないとぉおおおおお」


 確かに、変態じゃないアルゴはイケメン過ぎて鳥肌立つくらいヤバかった。でもきっと、青くなったピンポン玉アルゴ995号のヤバいは意味は違う。




 ――――はい、回想終了。


「ピィピ」


「あ、うん。今、起きるね」


 いつまでも寝ていてもしょうがない。

 もう朝かな。


「そもそも、ハロワールドって朝があるのかなぁ」


 白一色の部屋は、病室を連想させられるけど、不思議と居心地は悪くない。


「ピィピ」


 パジャマ代わりの白いワンピースを脱ぎ捨てて、寝る前に用意してもらった着替えを手に取る。


「ハロー、ハロワールド」


 大丈夫、灰色の男グレイマンなんか怖くない。


「おはようございます、リン! 本日もわたくしアルゴ995号が、お世話させていただきます」


「…………」


 このピンポン玉、わざとやってないか。


「おはよう。ちょっと着替えるまで外で待っててくれないかなぁ」


「あわわわわわわわ!!」


 ハロワールド二日目も、常識を忘れる努力をしないとだ。

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