イケメンだからって、許されないこともある

 白い部屋で、昨夜のように生成ハロ式で生成したトーストをかじりながら、ピンポン玉アルゴ995号の愚痴を聞き流している。


「ひどいんですよ、リン。わたくし、アーカイブ映像を見せながら先輩たちに、アルゴさまのまともな言動を相談したのに、偽造映像だって。アルゴさまが、しっかりアーカイブを偽造にしてたんですよ。ひどくないですかぁ。おかげで、わたくし、先輩たちに相手にされなくってぇ。どうせ、どうせ、わたくしなんか、落ちこぼれですよぉ。アルゴシリーズの出来損ないですよぉ。ふぎゃ」


「ピィピ、ピ」


 ピィちゃん、グッジョブ。

 あと3日もすれば元の日常に戻るんだ。だから、ピンポン玉アルゴ995号の話は、はっきり言って他人事だ。


 だから、ピィちゃんのどこが手足かわからない体でゴロゴロ転がして遊ばれている方が、よほどわたしの役に立っている。


「ピィピッピ」


「あわわわ、やめ、やめてください。リン、なんとかしてください。ふぎゃ、わたくしたちアルゴシリーズは、破壊の危機……ふぎゃ……だと認識できない限り、抵抗できないんで……ふぎゃ」


 それはいいことを聞いた。

 ホットカフェオレを飲みながら、楽しそうなピィちゃんに癒される。


「ピィちゃん、壊さない程度に遊んでいいって」


「ピィピッ」


「あわわわわわわわぁ」


 それにしても、昨日、アルゴが真面目にわたしの質問に答えてくれたのは、わたしがリンって呼んでほしいってお願いしたことが原因なんだろうか。


 それから、灰色の男グレイマンって何者なんだろうか。

 地球生まれで、妖精界育ち。そういえば、侵略する者ゴリラもどきを一層した時、マザーグースを口ずさんでいたっけ。


「ピィピィ」


「わわわわわわぁ」


 そもそも、どうしてピィちゃんは、わたしと灰色の男グレイマンと話しをしてほしいんだろう。


 次から次へと、疑問が浮かんでくるけど、答えなんて見つからない。


 わたしは、ピィちゃんが元の飼い主の灰色の男グレイマンと一緒にいたいって素振りを見せてくれれば、悲しいけどお別れしてもよかったんだ。

 ピィちゃんが、それを望んでくれれば、こんなに考えることもなかったんじゃないか。

 でも、ピィちゃんは、灰色の男グレイマンよりもわたしを選んでくれた。――そう、思いこみたいだけかもしれない。


「――ィン、リン、リン。あわわわわ、時間ですぅ。灰色の男グレイマンが、本部に来ましたぁ。ふぎゃ、助けてくださいぃ」


「あ、うん」


 もうそんな時間なんだ。

 急いでぬるくなったカフェオレを飲み干す。気にならなかったはずの、喉に残る甘ったるさが、なんだか嫌な感じ。


「ピィちゃん、時間だって。行こうか」


「ピィ」


 ピンポン玉アルゴ995号で遊ぶのをやめたピィちゃんが、ズリズリと擦り寄ってくる。


「よしよし、ピィちゃん。……で、どこに行けばいい、の?」


 ピンポン玉アルゴ995号への質問は、無駄になった。

 フッと空気が変わったと思ったら、そこには白い客室ではなかった。


「うわぁ……」


 まさに、貴族のお屋敷の中にいたんだ。

 応接室とか、そんな感じかな。

 暖炉とか、鹿か何かの剥製はくせいの首が壁にかかってたり、ソファーもなんか高そうなアレだし……。


 というか、ここは本当に本部アルゴの中だろうか。


「ピィピ……」


 ピィちゃんがわたしの背後に向かって鳴いている。


 もしかしなくても、振り返ると、いた。


 王子さまオーラ300%の灰色の男グレイマンが、いた。


「よい朝だね、お嬢さん」


「あ、は、はぃ」


 魔法使い御用達みたいな怪しげな灰色のマント無しの灰色の男グレイマンは、背中まである銀髪を一つに束ねて、ダークグレイの貴族さまジャケット――もう服装とか詳しくないから語彙力足りなくてつらすぎるくらいの、貴公子が立っていたんだ。


 ヤバいなんてものじゃない。


 心臓がバクバクしてる。顔が赤くなっていないといいけど、自信なさすぎる。


「……クラガリは、俺のもとには来てくれないのか」


 挨拶もそこそこに、わたしよりもピィちゃんを気にしだすなんて失礼だけど、許せるからイケメンってすごい。


「さて、お嬢さん」


「は、はいっ」


 近い近い近い近い……。

 なんか甘ったるい香水の匂いにうっとりしてしまうくらい、近い。

 するっと近づいてきた灰色の男グレイマンが、さり気なくわたしの手を取るんだ。こいつ、絶対女慣れしてる。


「まずは、クラガリを育ててくれたことに、心から感謝を」


「あ、はい」


 なんか、わたし、さっきから「あ」と「はい」しか言っていない気がする。


 気がついたら、なんか手を引かれたまま暖炉の前のソファーに座っているし、控えめに言ってヤバい。

 心臓がバクバクいってて……


「……死にそう」


「それは、うらやましい」


 あれ、そういえば、ピィちゃんのことで話があるんじゃなかったっけ。

 肩が彼の腕に触れるような距離は、心臓に悪すぎる。


 さりげなく距離をとったけど、しばらく顔を見るのも無理だ。


 鎮まれ、鎮まりたまえ、わたしの心臓。


「ところで、黒妖犬ブラックドッグを、お嬢さんはどうやって手懐けたんだい?」


「て、手懐けたって……」


 そうじゃない。

 手懐けたとか、そうじゃない気がする。


「ピィちゃんとは、出会ったときから仲良しなんです」


「ピッ」


 わたしの足元で大人しくしているピィちゃんも、短く鳴いて同意してくれる。


「なるほど。にわかに信じがたいが、そうなのだろうな」


 何も鼻で笑うことないのに。

 その不愉快さのおかげで、心臓が鎮まってきた。


「クラガリは突然変異種だが、黒妖犬ブラックドッグだ。お嬢さんの身の回りに死であふれたりはしなかったかな?」


「そんなことはないです」


「ピィピィ」


 足元でピィちゃんもそんなことないと、ズルズルと伸び縮みしている。


 そんな可愛いピィちゃんを、灰色の男グレイマンは信じられないって感じで見下ろしてため息をついてきた。


「クラガリは、よほどお嬢さんのことが好きらしいな」


 今はっきりわかった。

 イケメンの「お嬢さん」は、心臓に悪い。


「あ、あのぉ、お嬢さんはやめてくれませんか? わたし、田村凜子です。リンって呼んでほしいんですけど……」


 なんだか、調子狂うな。

 下手な敬語を使っちゃうし、近すぎてまともに顔も見れないし。


「……なるほど、ね。クラガリが、お嬢さんに懐いたわけがわかったよ。この浮気者め」


「ピィ」


 申し訳なさそうにピィちゃんは、灰色の男グレイマンを見上げている。


「えーっと、あのぉ……」


 何を一人で納得しているんだろう。

 なんか腹が立つ。


「あの…………あれ、わたし、なに、を……」


 何かに腹が立っていたはずなのに、なんだったっけ。

 なんか、急に眠くなってきた。

 ピィちゃんが鳴いてる。


「ピ……ィ…………ィ」


 でもなんだか、ピィちゃんの鳴き声が遠い。


 もう限界。目を開けていられない。


「お嬢さん」


「っ!」


 いつの間にか眠っていたらしい。それも、目の前に王子さまオーラがカンストしている灰色の男グレイマンが――ていうか、近い近い近い近い――ていうか、彼の腕の中にいる。

 心臓がバクバクいってる。


「え、え、あ、わ、わたしぃいっ」


 もしかして、もしかしなくても、わたしソファーに押し倒されてる。


 無理無理…………無理じゃない。


「怖がらなくていい。俺に身をゆだねるんだ」


「あ、あの、ど、どうして……」


「どうして? 話したばかりじゃないか。クラガリを求める者同士、愛し合い夫婦になろうと」


「そう、だった、け」


 そうだった気がする。

 そうすれば、ピィちゃんともずっと一緒にいられる。


 灰色の男グレイマンの顔が近づいてくる。


「あ、あわわわ……」


 オーバーヒートした体も、彼に身をゆだねればなんとかなるかも。

 きっと、これは運命だったんだ。公園でピィちゃんを連れ去って、追いかけた時から、彼のことが好きだったんだ。


「さ、愛し合おうじゃないか」


「は、はぃ」


 灰色の男グレイマンの鬱陶しそうな銀髪が頬に触れて、ちょっとくすぐったい。

 女子高生への根拠なき理想の現実を思い知らされて、五月病発症中だった、この冴えないわたしが、この変人変態ばかりの異世界で、神イケメンとキスとかしちゃうとか、もうもう……ヤバい。

 ゆっくりと近づく灰色の男グレイマンの顔って、本当によく……。


「あ、れ?」


 昨日、ティータイムを一緒した生首アルゴの興奮した生理的に無理って顔が脳裏をよぎる。それだけで、一気に熱が冷めていく。愛し合うとか、絶対におかしい。


「……ありえないし」


「え?」


 まばたきを繰り返す灰色の男グレイマンの間抜け面は、当たり前だけどやっぱり生首アルゴによく似ている。


「イケメンだからって、許されないこともあるっ」


「え…………う゛っ」


 ソファーの上から突き落とした灰色の男グレイマンは、股間を押さえて悶絶している。狙ったわけじゃないけど、蹴り上げた足が急所に命中したらしい。

 いい気味だ。


「ばか、な……惚れ薬ラブ イン アイドルネスが……効いてない、だ、と……」


 何が効いていないのかわからないけど、そう言ったってことは、この男は無理やりわたしに――。


「ビィ」


 上体を起こして、下衆な死にたがりメンヘラ男を見下していると、ソファーの背もたれの方からピィちゃんが顔を出してきた。


「ピィちゃん? わっ、ちょっと……」


 黒いモップじゃなくて、昨夜ゆうべ再会した時の近所のイタリアングレーハウンドをそのままポニーくらいの大きさに巨大化したピィちゃんだ。


「ビィビ」


 ピィちゃんのつぶらな瞳にも、灰色の男グレイマンに対する軽蔑の色が浮かんでいる。


「こんな小娘に……く、そ、死にたい」


 拳を床に叩きつけた灰色の男グレイマンは、悔しそうにピィちゃんを見上げている。


「好きにしろ、クラガリ。その小娘と一緒にいたいなら、そうすればいい。あの世界には、お前のような妖精はほとんどいない。人間たちに怯えて、孤独に死ぬがいいさ」


「ビィ」


「女王さまと同じをしたお前なんぞ、二度と見たくない」


「ビッ」


 小声で何か唱えると、灰色の男グレイマンは消えてしまった。


「ピィイイイ」


 ソファーを飛び越えたピィちゃんは、灰色の男グレイマンが消えた場所で悲しそうに鳴きだした。


「ピィピィ、ピィイイイイイイイ」


「ピィちゃん……」


 何をしたのかはわからないけど、わたしを押し倒してあんなことやこんなことをしようとした灰色の男グレイマンは、許せない。

 イケメンだからって許せないこともあるんだ。


 でも……


「ピィ、ピ、ピ……」


「……それだけ、ピィちゃんを取り戻したかったのかなぁ」


 どうしてだろう。

 このままピィちゃんを連れ帰っても、よくない気がするんだ。


「ねぇ、ピィちゃんは、灰色の男グレイマンの死にたがりをなんとかしたいの?」


「ピィ」


 ポニー大の巨大な体の輪郭が解けてモップに戻ったピィちゃんは、わたしの足元に擦り寄ってくる。


「わかったよ、ピィちゃん。でも、どうしたらいいんだろう」


「ピィ」


 ピィちゃんも途方に暮れたように短く鳴いている。

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