プロローグ 邪教の蛮族たち 4
教祖は思わず声のする方を睨みつける。
大講堂の入り口には、皺のない下士官服に身を包んだ、短く切りそろえられた黒髪に銀縁の眼鏡をかけ、酷薄な表情を浮かべたアルベール・アクウォス正尉が、長剣を片手にしっかりと立っていた。
「高々その程度の錬金術で取れる天下が、貴様の前に転がっているとでも言うのか?」
「はっはっはっはっは! まさか、親玉のご登場とはなあ!」
耐魔弾を持っており、余裕が出てきたのか、教祖は予期せぬ敵に思いの外寛容だった。
「我々を知っているようで何よりだ。部下が殺し損ねるという不手際を起こしてしまい本当に申し訳ない。代わりに――俺が始末してやろう」
アクウォスは剣を下段に構え、左足を引いた。
「正尉殿! 死ぬ前にいいことを教えてやろう! たとえあんたが正二級の魔術士だったとしても! 耐魔弾には勝てん!」
教祖は無慈悲にも耐魔弾の雨を、アクウォスに浴びせる。
しかし。
弾丸はアクウォスに届く前に勢いを失い、ぽとり、ぽとりと焦げて落ちていく。アクウォスは何事もなかったかのように、一歩ずつ歩みを進めていく。
「どういうことだ! 耐魔弾は魔術障壁を破壊できるはずでは」
怒りと驚きが交錯した声で教祖は叫ぶ。
「――確かに、耐魔弾は魔術障壁を破壊し貫通する仕組みだ。貴様の知識は間違いではない」
「じゃあ今のは何だ!」
半狂乱に叫ぶ様子が余りにも滑稽だったため、アクウォスは侮蔑の表情を浮かべた。
「仕方ない、どうせ死ぬのだから教えてやろう。
耐魔弾は対象の魔力を吸収する性質がある。それ故に、魔術障壁を破壊することができるのだが――俺が張ったのは、貴様らがこの神殿に施した仕掛けと同じ、圧式の魔術結界だ」
「馬鹿な! そんな魔術があるはずが――」
「そこいらの魔術士には出来ないだろうな。だが、俺はこうして出来ている。そうして、貴様を殺すことができる」
そう言い終わらないうちに、アクウォスは素早く距離を詰め、長剣で教祖の腹を刺し貫いた。剣は熱を帯び、人肉が焼ける音が大講堂に響きわたり、教祖の叫び声も空しく響く。
アクウォスが剣を抜くと、教祖の身体は爆散し、あたりには黒い灰とばらばらになった金属が残った。
彼は全くの無表情で剣を納め、柱の陰に寄りかかっているルースに近づき溜息をついた。
「――神殿内は任せろ、仕事をする必要はない、と油断して大口を叩いた結果、自らと自らの得物を行動不能になるまで追い込まれた馬鹿は、どこのどいつだろうな」
「――うるせえ。小兵機相手に『
ルースはふてぶてしく左手を差し出す。アクウォスはなおも無表情でそれを引っ張り上げ、左肩に担ぎ上げた。
「っでっ! ちったあ優しくしやがれ! 何人殺したと思ってやがんだこのクソ眼鏡!」
「上官に向かっての言葉とは思えないな」
「ったりめえだ! たとえ書類の上ではそうかもしんねえけどな、俺はお前なんか上官と認めねえからな!」
ルースはばたばた暴れようと思ったが、動かそうとするとどこかしらから激痛を覚えるのでやめた。
このような罵詈雑言を受け慣れているアクウォスは適度にそれを無視しながら、身体に無数の耐魔弾を撃ち込まれて倒れたまま動けなくなっているフェムトに近づいた。横たわったフェムトの身体の上に右手をかざすと、傷穴から数十発の耐魔弾が浮き上がり、アクウォスの掌中に収まった。
「流石にこれだけ撃ち込まれては動けないのも道理か……」
アクウォスの呟きと共に、フェムトの傷が徐々に回復し始めた。
「血石が傷ついたな……仕方ない」
アクウォスの右手から青色の光が輝き、フェムトの身体を包んだ。
「これで、動けるくらいにはなるだろう」
傷が埋まる速度が早くなり、フェムトはゆっくりと起き上がった。
「フェムト、大丈夫か?」
ルースが声をかけるが、かれの口が開くことはない。
「無理だ。魔力が不足している。血石に傷がついて供給が滞っているのだろうな」
「そうか……俺のせいだ」
「全くだ。血石がそう簡単に手に入らない事くらい、理解したらどうだ」
「うるせえ、聞き飽きた」
「飽きる程聞いても学習しないからだ、馬鹿者め。――行くぞ」
フェムトを魔力で操作しながら、アクウォスはルースをフェムトに背負わせ、神殿を出ようと大講堂を後にした。
ごごごごごごご……
「おい、また家の飛空艇呼んだのか? いいのかよそんな公私混同して?」
無口なフェムトの背中から、呆れた視線を送るルースを見て、アクウォスは怪訝な顔をした。
「俺は呼んだ覚えはないし、この飛行音は軍用機――それも戦艦級のものだ」
懐からさっと共鳴石を取り出し、アクウォスは別動隊に呼びかける。
「イグーロス、聞こえるか?」
{……}
ざわざわとした雑音がアクウォスの脳裏に響いた。
「遮断されているな――妙だ」
「マジかよ! こんな状態じゃ戦えねえぞ! ……ってぇ……」
ルースは動こうとして、小さく悲鳴を上げる。
「――あれは」
「なんだよ! どうしたんだよ!」
後ろ向きに背負われているので、ルースにはアクウォスの前に立ちふさがった人影が見えない。
「皆さん、ご苦労様でした。ひとまず飛空艇で帰りましょうか」
左手に魔石の嵌められた櫛を持ちながら、レイラ・エルバトス正佐――機巧魔術捜査課長補佐――が、神殿の入り口に立っていた。
普段は櫛で器用に纏められているはずの橙色の髪は、波打つように広がり腰まで届いている。
櫛の魔石は赤く鈍い光を放っていた。
「エルバトス補佐、どういうことかご説明いただけませんでしょうか」
至極感情を抑えた声で、アクウォスは上官に顛末を聞こうとする。
が、返答は予想通り何も期待できないものであった。
「アクウォス係長、それは『パイシーズ』の中でお話しさせていただきます」
レイラ・エルバトス正佐はそのまま、アクウォスたちを外へ出るよう促した。
神殿の外には、空中に浮停している、戦艦「パイシーズ」――第十二空挺団旗艦が待ち構えていた。
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