プロローグ 邪教の蛮族たち 3

「ちっ、歯ごたえのねえ奴らだ」

「ルース、文句言っちゃいけないよ」

 次々と襲いかかってくる屈強な僧兵を、青白い剣で次々と斬り伏せながら、ルースは神殿の中央部、「教祖」がいるであろう大講堂へと回廊を下っている。傍らには合流を果たしたフェムトが、六クロームに迫る長さの巨大な剣を手に控えている。幅も半クローム――すなわち五フィン――を超えるであろうほどの、まず人間が重くて扱えないであろう大きさの代物を、彼は小枝のように振り回して敵を両断する。

「彼らは封鎖区間の中で訓練を受けていたんだから、ボクらとはやり方が違う。魔力が使える状態だったらこの程度で当たり前だよ。普通の帝国兵なんか、きっともっと弱いと思うよ?」

 階段を飛び降りて奇襲をかけてきた僧兵の脳天を真っ二つに割りながら、フェムトはそんなことを言う。

「にしてもなんだこりゃ? 迷路じゃねえか。ここまで入り組んでるなんて聞いてねえぞ」

 右へ左へと折れ曲がる回廊は、侵入者の方向感覚を必然的に狂わせるように造られている。

「どうやら、この僧兵たち、本気でボクらに戦争を仕掛ける気だったんじゃないかな」

「まあ、提出された見取り図が簡素過ぎだったし、あんなわけがないとは思ってたけどよ……こいつはやりすぎだろ」

「まったく、どうにか一直線で行く方法はないのかね」

 フェムトは肩をすくめた。

 ルースは急に立ち止まる。

「そうだ、それだよ! おい、フェムト、あれを使うぞ!」

「えっ、ルース、ほんと? 正気?」

「正気なわけねえだろ!」

 ルースは右手の魔力剣を壁にかざす。フェムトは後ろから、ルースの右肩に自らの右手を重ねた。

 魔力剣が大きなうなり声をあげて伸び、壁を貫通して破壊した。

「いっけええええええええ!」

 度重なる壁を次々と破壊し、時には落っこちそうになりながら、ふたりは無理矢理神殿の中心へと向かっていく。

 壁を破壊し回廊を直線で突き進み、ふたりは神殿の中央にある大講堂の側壁を突き破った。


 瓦礫が崩れる音、ふたりの着地、そして敵が異常を察知したのがほとんど同時だった。

 西側にいた三人の僧兵はルースの暗器とフェムトの剣によって武器を抜く前に殺され、東側の三人は、即座に中央にいた教祖を守るように取り囲んで固まり、薙刀を構えた。


「ははははは、お見事! 機巧魔術捜査課の諸君!」

 教祖――クローヴィス・エンタウルスは、五クローム半に届くかと思われるほどの巨体を揺らしながら快活に笑った。

「封鎖してなんでもかんでも突っぱねてる割に、随分俺らのこと詳しそうだなあ、教祖様よお?」

 ルースは魔力剣をぶん、と振り、刀身を長細く伸ばし構えた。

「こう見えても、一応秘密組織なんですけど?」

「はっはっは! 儂もただの教祖ではないということよ」

 クローヴィスは、黒い笑みを見せると、錬金術で右手をナイフに変形させ、護衛のひとりの背中を刺した。

「うっ」

「ん? 教祖様?」

 血がぼたぼたと吹き出ていく中、その傷口に握りこぶし大の紅い魔石を挿入する。

「がっ」

「おい、お前……」

 異変を感じ取り思わず逃げ出そうとした残り二人にも、同じように魔石を挿入していく。

 僧兵はもがき、苦悶の声を張り上げながら蹲った。

「嘘だろ……あんな大きさの血石ヘマダイトを三つも……」

 フェムトの顔から血の気が失せていった。

 僧兵たちは、崩れ落ちるように倒れると、地を這うように立ち上がり、人型の異形へと成り下がった。両手からは鋭い鉤爪が伸び、それらはすべてふたりに向けられている。

「さあ! 宴の始まりだ! 存分に戦うがいい!」

 教祖の号令と同時に、三体の怪物はふたりめがけて襲い掛かってきた。

「フェムト! 殺すぞ!」

 右手に魔力剣、左手に暗器のナイフを握りしめ、ルースの暗い緑色の瞳は教祖に向けられていた。

「ああ、現行犯だ。執行猶予もないし」

 フェムトは大きく右足を踏み込み、大剣で怪物を薙ぎ払う。

 飛び込んでフェムトの喉を掻き切ろうとした一体が両断される。体勢を失った上半身の喉元に、飛びナイフが打ち込まれる。

 がっ。

 ナイフは喉の真ん中で鈍い音を立てて止まった。

「ちくしょう!」

 二体目が上から爪を突き刺してくるのをかわしながら、ルースはナイフを取ろうともがく怪物の上半身を追いかけ、魔力剣で喉を突き刺した。

 一体目の怪物は石が砕け落ちるように風化し、消えた。

 ういーん……

 不穏な機巧の回転音に、ルースは教祖の方を向く。そして、

「フェムト!」

 と叫んで、魔力剣の刀身をしまった。

 フェムトが何かを答える前に、

 だだだだだだだだだだ……

 回転式高速連発物理銃ガドリングガンの乱射がふたりを襲った。

「はははははは! 木っ端微塵となれ!」

 左腕の先から延びる物理銃をふたりに向けながら、側壁が粉々になっていくのを全く気にもせず、エンタウルス教祖は数百の銃弾を撃ち込んでいく。自らの従者だったものも待避できず、結局巻き込まれて粉砕されていった。

 銃撃を止め、銃口から白い煙がたちのぼった。

「いったいなあーもう」

 伏せきれなかったフェムトは、身体のあらゆる部分に穴が空いていた。首もとだけ、剣で防いでいたので傷がない。

「な、なにっ……」

 空いた穴はみるみるうちに塞がり、元の健全な身体へと戻る。

 伏せていたルースにも傷が全くなかった。魔力剣は障壁となり、銃弾の軌道を逸らせたのである。

「貴様……」

 教祖は、焦りを隠すことができなかった。物理銃で粉砕したはずのふたりが、全くの無傷で目の前に立っているのだから、無理もない。

「これでも正三級魔術士なもんでね」

 ルースの右手からは魔力の剣が、再び青白く張り出している。

「そんなに驚くこと? さっきあんたが部下にやったことと一緒だよ?」

 フェムトはむっとした顔で教祖を見つめた。

「ま、まさか……貴様もか」

 教祖は驚愕の表情でフェムトを睨んだ。

「禁忌ではないのか! 帝国軍がこんなことをしていいと思ってるのか!」

「いやいや、それお前が言うことじゃねえから」

「だから最初から言ってるでしょ、ボクらは秘密組織だって」

 話を打ち切るように、フェムトは剣を構えた。少しずつ、距離を詰めていく。

「もう諦めなよ」

 追いつめるフェムトの声は、生き物のそれとは思えないほどに冷たい。

「くそう……だがまだ儂は終わらん!」

 教祖は再び銃と化した左腕をフェムトに向ける。

「だから効かないって」

「それはどうかな?」

 機巧が回転を始めた瞬間、帯式の弾倉から仄かに緑色の光を認めたルースは彼の思惑に気づく。

「フェムト! 伏せろ!」

 ルースは同時に自分も柱の陰に回り込んだ。

 直後。

 だだだだだだだだ……

 緑色の光を纏った無数の銃弾がふたりに襲いかかる。保険で張ったルースの魔術障壁は数発で破壊され、フェムトの身体も無数の弾丸が貫いた。

「はははははは! 耐魔弾を作り出せないとでも思っていたか! 血石さえあれば、たちどころに錬成できるのだ!」

 銃撃を止め、倒れ込んだふたりを見て教祖は高笑いをあげた。

「くそっ……」

 柱を貫通した銃弾を数発受けたルースは、倒れている相方を見つめるが、フェムトが動くことはなかった。

「あの世で見ているがいい! 儂が天下を取る姿をな!」

 教祖は、左腕をルースが隠れている柱に合わせ、豪快に笑う。

 天下を取るだって?

 ふざけたこと言いやがって。

 怒りがこみ上げてくるが、彼はもう立ち上がることも難しい。

 その怒りだけがただただ募る。

「潔く散れ!」

 教祖は勝ち誇ったように叫ぶ。

 その時だった。


「ほう……随分と威勢のいいことを言うものだな」


 確固たる意思を持った声が、大講堂に響きわたった。

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