プロローグ 邪教の蛮族たち 2

{こちらアクウォス。第一関門にて代執行を実施。繰り返す、第一関門にて代執行を実施。以降、エンタウルスの民全員を代執行の対象とする。――始動せよ}

「始まったな」

 グリム・イグーロスは低い声で呟きながら、近くで物理銃の手入れをしている細身の女に歩み寄った。がちゃがちゃと、長距離を飛翔するために換装した機巧の両脚はあからさまに重厚な音を立てる。

「そっちはもう、大丈夫なの?」

「ああ」

「じゃあ、正尉に回答しといて」

「ああ、だが、時間がないぞ」

「わかってるって、早く」

 四クローム近くもある巨大な物理銃の弾倉をがっちゃりとはめ込みながら、エイミー・ファーレンは苛ついた声を出す。

 グリムは大きくため息をつきながら、

{イグーロス、了解。これより甲地点から飛翔を開始}

 と言って、共鳴を切った。

「行くぞ。早くしないとブラヴィア主査が神殿の奴らを皆殺しにしちまうからな」

 彼の皮肉げな笑みに、エイミーは分厚い眼鏡の奥から軽い憤怒の視線を注ぐ。

「殺人鬼みたいに言わないの」

「実際そうじゃねえか」

「あんたも一緒でしょ」

「俺はあそこまでじゃない」

 そう言って彼は機巧の肩をすくめる。五クロームを優に越えるその躯体のうち、半分近くが鋼の機巧で覆われているのを見て、畏怖を覚えない者は極めて少ない。

「ところで、さっきから急かす割に何をしている?」

 彼の口調は先ほどから徐々に苛立ちを帯びていた。

「超大射程から封鎖区間内部を破壊する兵器を組み立ててるの。これがないと作戦の意味がないでしょ?」

 彼女は巨大な物理銃の引き金の直ぐ下に、中型の魔術銃を取り付けた。かちゃり、と機構が噛み合うのは、そのように改造したからだろう。

「そういや、どういう弾なんだ、その混合射出弾ってのは?」

 狙撃のことはエイミーに任せっきりにしてしまっていたので、作戦についてもアクウォスへの報告をただ聞き流すだけであったグリムだが、準備にこれほど時間がかかるものだということは当然気がついていなかったのだ。

「え、あんた学術院の機巧科出てんのにそんなことも知らないの?」

 短く切った栗色の髪が小刻みに動いた。

 藍色の視線が顔の半分を鋼鉄で覆った男に注がれる。

「悪かったな。俺の専門は動力なんだよ、兵装はそこまでやってないんだ、行ったことないあんたにゃわからんかもしれねえがな」

「またそうやって嫌みばっかり。そんなんだからモテないんだよ」

「大きなお世話だ」

 そんなことより、とグリムは話を戻すよう促す。

「はいはい。……まあ、簡単に言うと、物理銃だと届かない距離だから、魔力で物理銃ごと飛ばしましょうってこと」

「おい、まさか、これをぶっ飛ばすってのか? 正気かよ」

「そんなわけないでしょ。これは物理銃の機構ごと飛ばすための高火力物理銃」

「言ってる意味がわからないんだが」

 グリムはほんの少しだけ首を傾げた。

「いいから、準備できたからとっとと飛ばして。空中で説明するから」

 エイミーは物理銃を重たそうに持ち上げた。

「了解。気絶するなよ」

 両腕をそれぞれ二つずつに分け、四つの細い機巧の腕が彼女の身体をがっちりと掴んだ。

「ちょっと、どこ触ってんの!」

「安心しろ。こいつに感覚はない」

「そうじゃなくて――」

 彼女の叫び声はグリムの飛翔にかき消されていった。



「うあ」

「がっ」

 屈強なエンタウルスの僧兵たちは、極めて短い断末魔をあげて倒れた。

「うへえ、なんつう身体してんだよ……」

 顔をしかめながら、首もとに刺さった毒針の持ち手だけを抜き取って、袖口に差し込む。

「こんな山ん中に燃費悪そうな肉体をしこたま囲っておける余裕がある……やっぱどうみても怪しいよなあ」

 ルース・ブラヴィア主査は、長く伸びた金色の髪をかきあげ、緩くまとめた後ろ髪をきつく縛りなおした。その戦闘様式から、あえてやや大きめの軍服を着ている彼であるが、そのだらしなさも相まって実年齢の半分程度に見られることもある。

 彼の靴底の表面に塗られた、足音を消すための特殊な絶縁体がぎらりと光った。

「この先か」

 袖口に仕込まれた大量の暗器の状態を確認しながら、彼は素早く神殿の奥へと潜り込んでいった。

「鼠が迷い込んでいるな」

 すぐ後ろで声がして、ルースは反射的に袖口から小ぶりのナイフを抜いて屈強な相手に対峙する。

「貴様――帝国軍か。正三級魔術士とは、ただ者ではないな」

 彼が今まで倒してきた僧兵が下っ端だったことが直感的に判るくらいに、男は巨大だった。五クロームは軽く超える――体格が似ていたからか、彼は自然と配属されたばかりの機巧まみれの生意気な新人を思い出した――だろうし、上半身はほとんどが露出しているものの、その肉体は鋼のように鍛え上げられたことが一目瞭然だった。

 しかし、それで危機を感じるほど彼は弱くはない。単身で敵の拠点に乗り込むにはそれなりの訳がある。

 それに、彼の仕事はもうほとんど終わっているも同然だった。あとは時間を稼ぐだけだ。

「悪いなおっさん、仕事中なんでな、見逃すわけにはいかねえんだ」

 ルースが不敵に微笑むと、敵も同じように微笑み返した。

「それはこちらも同じこと。なるほど、貴様、中々話のわかる男と見た」

 屈強な僧兵の右腕が大きく歪み、鍛えられた筋肉が硬質な輝きを放つ刃へと変化する。

「錬金術かよ。古臭いなおい」

「だが、これは封鎖空間の影響を受けないものでな」

「なるほど、どうりでこんな山奥なのに圧式の封鎖空間なのか、合点がいったぜ」

「帝国軍はすぐに魔術に頼るからな。――貴殿、名前は?」

「おいおい、これからやり合うのに名前聞くのかよ?」

 ルースは皮肉げに笑う。

「錬金術が戦いの技として使われていた頃には、それが普通だったそうだぞ、少年」

「少年じゃねえよ! ルース・ブラヴィア。階級は主査だ」

「ブラヴィア……まさか」

 僧兵の顔から急に血の気が失せ始めた。

「多分そいつは当たってる。そう、お前らエンタウルスが大っ嫌いな魔術回路あいつを生み出したヤツの息子さ」

「なんということだ……。私の名はアーマッド・テイル・アレクサンドロス。どうやら貴殿を葬らなければならない理由が多すぎるようだな! 覚悟願うぞ」

 アーマッドは――ルースは彼の名から北方にあるゴルタビア王国の貴族階級だとすぐにわかった――右腕の刃を素早く振り上げ、きわめて正確にルースの心臓を狙った。

 しかし、その鍛え上げられた刃は、ルースの左腕から放たれた三本の投げナイフによって軌道を逸らされ、空を突き刺した。

 彼の右足を払いよろめいたところで距離をあけたルースは、毒針を数発撃ち込む。この程度の毒で死ぬようには思えなかったが、ちょっとでも動きが鈍ればそれでいい。

「ぐっ」

 右肩に受けた毒針を見て、アーマッドは大きく息を吸い込み、気合いを入れると、右腕が鋼に変化し、針が抜け落ちた。

「力押しかよ……」

「飛び道具よりは真っ当だろう!」

 元に戻った右腕を再び、拳を鋼に変化させて、彼はルースと距離を縮める。

 とっさに左にかわしたルースは、鋼鉄の左足をまともにくらい、軽く数クロームほど吹き飛ばされた。神殿の壁に背中から激突し、ただ白く塗られただけの石壁はみしりと音を立てて罅割れた。

「くそっ」

 力が違いすぎる。体格差が明確な上に武術の心得があるから、多少の技術ではひっくり返せそうにない。

 本来であればルースはそういった事態にも対応できる術があるのだが、残念ながら今はそれを持っていなかった。

 アーマッドは錬金術で床から石槍を錬成し、止めを刺すべくルースに迫る。

「どうして笑っている?」

 壁に叩きつけられたまま、視線を上に、不敵に浮かべた笑みが気味悪くて、彼は思わず言葉を投げた。

「どうしてって、そりゃ」

 その槍がもう少しでルースに届くかと思われたその時、

 ぼん。

 アーマッドの背後から巨大な爆発音と地響きが襲いかかった。

「俺たちの勝ちだからさ!」

 ルースは、軍服の左腰に隠していた剣を抜き放ち、鋼の身体すらもたやすく切り裂いた。

「これは……魔力……剣?」

 魔力が具現化された、青白く光る刀身に、彼の瞳孔が広がる。

「残念だったな、おっさん」

 身体が崩れ落ちてようやく、自らの思うように身体が動かないことと、封鎖区間が破壊されたことを悟ったアーマッドは、青白い魔力剣を片手にその場を去るルースを見ることしかできなかった。

「思ったより遅かったな……あいつ、さては飛ぶのしくじったな」

 青白く光る、自身の本当の得物――のうちのひとつ――を右手に携え、彼は爆発音のする方へ急いだ。


「この武器の射程は一五二八リース。で、封鎖区間は二点圧式、中心点から有効半径はおよそ三六二リース。エンタウルスの神殿を完全に覆っている形になるわけ」

「二点圧式ってことは、放射点のどちらかを破壊すれば、封鎖空間は自壊するはずだ。――空中に敵影不在、目標点まで最短で飛ぶ」

 エイミーを抱え込んだグリムは、機巧の脚から膨大な風を射出し、高度と速度の両方を上昇させていく。

「――っ」

 苛烈な加速度に、エイミーの肉体は戸惑いを覚えた。グリムにとってはなんてことのない飛翔であるが、彼女にとってはこれが初めての経験で、飛空戦機すら乗ったことのない者からすれば耐え難い苦痛となる――ことは上司のレイラ・エルバトス課長補佐から聞いていたが――実際に彼女にもたらされた感覚はそれとは別個の、戦闘状態とはほんの少し離れたところにある感覚であった。

「どうした? この程度でへばるのか?」

 グリムの声もどこか遠くに聞こえ、その嘲笑の混じった口調すらわからないほどであった。


「いや、大丈夫」

「ふっ、無理するなよ。そこ含めての作戦だろ?」

「うん、わかってる」


 飛翔が安定し、得物の射程範囲内に入ったころには、我に返って銃の照準を目標に合わせられるようになった。

「いい? 命中したらすぐ退避だからね!」

「一発で命中する自信たっぷりだな」

「当たり前でしょ! 誰だと思ってるの」

「はいはい、頼みましたよギルハンスの狙撃女王さん」

「もう!」

 エイミーは巨大な狙撃銃を肩にがっちりと構え、グリムの二つに分かれた右腕で支えてもらった銃身を少しずつ、目標に合わせていく。呼吸を整えれば、照準を引き絞り引き金を引く瞬間は自然と限られていくのだ。


 だん。


 大きさには似合わない小さな音と、それなりの反動を吸収すべくグリムは夢中で全身と脚部の飛翔機構を動かした。物理銃から吐き出された弾丸は山なりの鼓動を描いて神殿へと近づき、その上空でさらに上方へ光の玉が射出される。その玉から、さらにひとまわり小さな火球が神殿へ向けて放たれた。

 この軌道を読み切って狙撃が出来るのは、帝国軍の中でもエイミー・ファーレン副査ただ一人だけだろう。


 ごおん。


 短い轟音をたてて、真っ白な神殿の右側から爆発が起きた。その輪郭は崩れ、内部からは青白い光が一瞬だけ明滅した。

「封鎖区間、崩壊を確認」

「了解。予定通り、丙地点へ退避する」

 グリムはアクウォスに共鳴石を入れ、承認を得ると、すぐさま切り返して山林を意図的に切り開いた跡がある、山肌の見える崖めがけて飛び込んだ。

「ねえ、あれ……」

「何だありゃ」

 南の空、エイミーが指さした先に、小さな機影がいくつか映っている。

「第五空挺団の哨戒場所にはあたらないはずだし……」

「いや、あの機影は……もしかして、第十二空挺団じゃないか?」

「あはは、まさか……」

 そんなはずはないと思いながらも、それ以外の可能性を考えることのできない二人は、ただそれが近づく前に、所定の場所まで異動しなければならなかった。


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