第14話 蛇を手にし者
梯子を登り、坑道までやってくると、
「やはりな」
アクウォスは何かを確信したように、剣を抜いた。
「おい、まさか」
「そのまさか、だ。わざわざ三番の針を使ってくるほどだから、最初からそのつもりだったわけだ」
ルースも魔力剣を手にする。
「誘い込むぞ。開けている場所ではエルマには勝てない」
いや、逆だ。閉じている場所こそ、エルマの剣は最も力を発揮する。
だが、訝しむルースに、アクウォスはかぶりをふった。フェムトも剣を取りだそうとする。
「馬鹿、ひっかかるだろ」
ルースに止められ、ふたりは坑道に入った。月の光はすぐに届かなくなり、坑道は真っ暗闇になった。ふたりは魔力を展開して、周囲を警戒する。
「後ろだ。広がったところまで逃げるぞ」
アクウォスが言い終わらないうちに、ルースは背中に圧倒的な魔力を感知した。それは先ほどとはけた違いの禍々しさと密度を伴い、彼の身体はびくりと大きく痙攣する。
慣れ親しんだものでは既になくなっていたが、全く知らないわけでもないような、そんな気配。
「本物じゃねえか」
「言っただろ。門が陽動だって」
ひとことも聞いてねえぞ。
ルースは捨てぜりふとともに駆け出す。はたして、遥か後ろから軽々とした歩みが追いかけてきた。不自然に足音が軽いのは、魔力で脚力を強化している証拠だ。逆に、生身の肉体ではほとんど魔力を放出できないルースは、全力で駆け抜けるしかない。
背後でがらがら、と不穏な音がした。
「道が潰れてきた! 早く!」
フェムトが叫ぶ。アクウォスは遥か前で、いつの間にか得物がふたふりに増えていた。
ルースが広場に突っ込んだ瞬間、煌々とした灯りに包まれ、ふたりは目を伏せる。フェムトだけが、現れた敵に正確に対応できた。帝国軍の制服を着たそれにかれは突入する。虚空から現れた大剣を引き抜き、振り下ろす。
「よくできたお人形だこと」
刹那、放たれた弾丸にフェムトは数クローム吹き飛ばされた。
広場の中央に、豊満な体つきの女が立っていた。ギルハンス帝国の将校服は、かすれが目立って一部に穴があいているが、胸の真ん中に開けた穴だけは、ひし形で縁に補強がされていた。流れるような金の長髪は、先がほつれていたとしてもしなやかであることが誰の目にも明らかで、灰白色の肌はフルヴミドの名産品である白磁を思わせる。もったりとした重量感のある身体からすらりと伸びた両脚も、逞しさよりも艶めかしさが勝っていた。彼女は右手に細身の剣を、左手に銃把と幅広の剣が合わさったような妙な得物を携えていた。
エルマ・ブラヴィア。
ベルカ地方、旧【玄武】国を震撼させた、才色兼備にして絶大な魔力を有する女。
フェムトはばったりと倒れ込んだ。
「エルマ!」
アクウォスはエルマに正対する。両の刃の向きをぴったり揃え、構える。
「アルベール。ずいぶん、強くなったわね」
「俺は今、正尉だ。――お前の位を超えた」
「ルースも、元気そうで何よりね」
「なあ姉貴! どうしてだよ!」
感情が高ぶったルースは叫ぶ。
「どうして俺たちを裏切ったんだ! なあ! なぜだ!」
魔力剣が握られたルースの袖は、深い闇に包まれている。
「――わたしは、一度もあなたたちを裏切っていないわよ」
エルマは慈母のような微笑みを浮かべる。
「わたしが裏切ったのは――この世界だけ」
次の瞬間、エルマは左手の武器をルースに向け、その引き金を引いた。赤い魔力光と数片に分かたれた氷の刃がルースを襲う。
飛んできた氷を暗器で正確に撃ち落とし、ルースは魔力剣を掲げたまま対峙する。
「アルベール、ルース、あなた達は《契約者》。だから、わたしについてこなければならない。最初から、定められた運命なの」
エルマの姿が揺らぐ。アクウォスは素早く振り返り両手の剣を振り下ろす。ふたふりの剣を押さえながらも、エルマは微笑みを崩さない。
「総てを統べる究極の星石、それがわたしの創り出した『オフィユカス』――だから、あなた達の力では――いえ、大陸じゅうの力を合わせたところで、『
ルースの暗器は空を切る。エルマの虚像はゆらりと揺れ、姿を消した。
《冷気属性の魔力を薄く展開している。蜃気楼だ、魔力を絶て》
アクウォスの指令通り魔力を体内に納めると、エルマの影が浮かび上がる。
だが次の瞬間。
「ルース危ない!」
起きあがったフェムトがルースに飛びかかる。彼らに向けられた魔力は青く光った。
がらがらと、坑道の内壁が崩れ落ちていく。
「なっ!」
「――託したぞ。定められた通り、行け」
アクウォスの目の前に、緑色に光る魔石版が現れている。
対象を転送させる魔石版を開発している、という話をキサラがしていた。
ルースは急にそれを思い出したが、抵抗する前に魔力に包まれ、坑道から姿を消した。
「俺相手なら、手加減なしだろう?」
アクウォスは不敵に笑う。
「ごめんね、わたし、あなたを殺せない」
エルマの微笑みに慈愛が消え、肉欲と官能の笑みに切り替わった。
「わかっている。お前の剣で死ぬわけにはいかない」
アクウォスの全身に、濃い青が満ちた。
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