第13話 ヴェスタゴの村

「予想通り発動型の紋式魔術陣だな」

「お前の博識さには舌を巻くな」

「ばーか、嫌味言ってる場合かよ」

 ルースの言葉が終わらないうちに、廃屋から人型の魔獣がわらわらと現れた。膨大な魔力の曝露を受けて絶命し、その骸となった者たち。ルースは魔力剣を手にした。


「ようこそ、ヴェスタゴの村へ」


 集落の奥、小高い丘の上に大柄な男が姿を現した。ルースはかれに視線を向け、仰天する。

「アーマッド!」

「帝国軍の若者よ、また逢ったな」

 ゴルタビア王国の近衛騎士――もちろん彼らはそうだと知らない――アーマッド・テイル・アレクサンドロスは大仰に笑う。

「知り合いか?」

「神殿でやりあった。殺したはずだが……」

「――そういうことか」

 アクウォスは剣を納めた。

「降伏かな、将校どの?」

 十を軽く超える人型魔獣に取り囲まれ、なおも平然としたアクウォスにアーマッドは笑いかける。

「ひとつ訊きたい」

「いいだろう、どうせ死ぬのだから」

 アーマッドの許しを得て、アクウォスは中指で眼鏡を押さえる。

「――お前の背中には、何番の針が刺さっている?」

「いい質問だ。――エルマ様は、私に三番をお与えになった」

「将軍、感謝する」

《障壁を張れ。冷属性偏向。限界まで》

 アクウォスの叫びに瞬時に反応し、ルースはフェムトの背中に右手を差し入れる。

 冷たい空気が彼らを取り囲み、アクウォスの身体から青い光がさっと消えた。

「――おかげで、貴様を葬れる」

 アクウォスは右手の掌をアーマッドに向ける。ルースは彼ににじり寄る。ふたりのすぐ周りから、石畳に霜がふり、魔獣たちは一斉に凍り付いた。

「な、いつのまにそんな魔力を?」

 アーマッドに驚愕の表情が生まれるも、宿命は既に決していた。アクウォスの開かれた掌から、集約された周囲の熱が放出され、一直線にアーマッドを貫く。光線が射出された衝撃で、凍った魔獣はぼろぼろに崩れ落ちた。

「機式魔術絶義『極獄炎テラフレア』!」

「ぬあ!」

 アーマッドは全身を硬化させた。だが光線は彼の肉体の中心で収束し、青白い光を放って爆発する。焼け焦げた部分は瞬時に修復されるも、修復されたそばから焼け焦げ、炭化していく。アクウォスの足下から黄色い光が明滅し、急速に青色の光へと変換されていく。

「エルマ様の血石は! 何度でも甦る力があるはず! こんなものでやられるはずが……!」

 だが、硬化した皮膚すら融かし、再生された肉体は瞬時に灼かれ、アーマッドの身体は極めて徐々にではあるが小さくなっていく。


「お前の針は三番と言ったな。三番の持つ魔力量は、俺の持つ魔力容量のおよそ十三分の三に匹敵する。通常の魔術士ならば間に合わないが、俺は持っている魔力容量の半分を瞬時に放出できる。――よって、俺はお前を焼き尽くすことができる」


 アクウォスの言葉通り、アーマッドは再生と焼失を繰り返し、消し炭が壊れていくかのようにぼろぼろと指の先から再生が間に合わなくなっていく。

「将軍、消し炭になる前に答えてもらおう。エルマはどこだ?」

「――私はエルマ様に支配されている身――エルマ様は、騎士団を引き連れルーヴェル門へと向かっている!」

 収束していく熱を供給しているのはアクウォスの魔力。その量がエルマからの供給に勝ることによって、アーマッドはアクウォスの魔力に引きずられていく。

「ここで俺らを待ち受けているのは、他にいるか」

「いない。私ひとりで、貴様等を始末するつもりだった……」

 脚が半分以上焼失し、アーマッドは崩れ落ちる。

「最後にひとつ。エルマは帝国を攻撃するために、門に向かったのか」

「そうだ。貴様等をおびき出すのが陽動、本来は警備が手薄になる門への攻撃が本懐……」

 そこまで言って、アーマッドの喉も焼失した。

「ありがとう将軍。おかげでエルマの戦力を大幅に殺ぐことができた」

 アーマッドがいた場所は、真っ白な灰がわずかにあるのみだった。

「埋葬する必要もなかったな」

「うへえ、相変わらずえげつねえ……」

 ルースは顔をしかめる。

「エルマは頼んだ」

「馬鹿言うなよ。お前ひとりでも十分じゃねえかこんなの」

 たったひとり、それも一瞬で集落の戦力を殲滅させてしまった情景を見て、ルースは思わずそう言った。

「いや、お前が必要なんだ」

 アクウォスはそう言って、背を向ける。

「帰るぞ、ルース」

「はあ? なに言ってんだよ」

 門に向かうんだろ? と訝しげにアクウォスを見上げる。

「これは俺たちだけで手に負えるものじゃない。出直す」

 お前にはわからないかもしれないが。

 アクウォスの言うとおり、ルースにはまったくわからなかった。門に討つべき敵がいるのに、それを目前にして、なぜ。

 だが、上官の命令には従わなくてはならない。来た道を戻ろうとするアクウォスを追うように、彼はフェムトに飛び乗った。

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