第12話 進軍

 山の中腹にぽっかりとあいた穴は切り立った崖で、岩肌に丁寧に梯子がぶら下がっていた。恒常的に何者かが出入りしていた証だ。

 アクウォス達は崖の上から辺りを見回す。

「あれだな」

 指さした先には、小さな集落があった。

「生きてる村じゃないだろ」

 ルースは訝しげな視線を送る。

 集落とおぼしき建物には、どこからも煙が上がっていない。

「ああ。だから怪しい」

 フェムトは指で尺をとる。

「ここからだと、四フォーンくらいじゃないかな。一時間ちょっとくらいで着くと思う」

 かれの見立てはだいたい正確なのを、ふたりは知っている。

「宵闇に紛れて忍び込めるか、賭けだがやってみるしかなさそうだ」

 梯子は丈夫で、三人分の重さにもしっかりと耐えきった。崖を降りた先も、山道を廻り、森にとけ込んだ。

「魔力の気配はないね」

 フェムトは慎重に辺りを見回す。

「やはり、あの集落に何かがあると見て間違いないな。神殿まで頻繁に使いが通っていたはずだろうし」

「集落までは……読めないな。いくらボクでも一フォーンが限界だ」

「フェムト、魔力は抑えろ。こちらも探られてるかもしれねえからな」

「もっとも、我々の侵入は想定されているはずだがな」

 神殿を破壊し、教団を殲滅させた帝国軍が、教団と王国の関与を疑わないはずはなく、また積極的に関与している証拠をつかみ、王国側に抜ける通路を知り得れば、確実に王国領に足を踏み入れる帝国の人間が出るはず、と考えるのが王国の将軍たちだ。

「だから気味がわりいんだよ、あの集落以外に罠を張っていておかしくないだろ」

「まして、この辺をとりまとめてるのがエルマさんだったら、なおのこと巧妙に仕掛けてきそうだけどね」

「いや、それは違う。エルマはわざわざ数人の侵入者を始末するために、この森じゅうに何かを仕掛けておくような人間ではない。もっと効率的な戦力の配置をするはずだ」

「どうだかな。送り込まれたのが俺たちだって予想はついてるんじゃねえか? だったらその裏をかく可能性だって十分あるだろ」

 そこまで情報を仕入れられるを持っているとは思えないな、とアクウォスは先を急いだ。フェムトだけが、不安そうな表情をしていた。

 獣道というには少し広い道が、延々と続いている。とはいえ、街道として整備されているほどではない。舗装とはほど遠い更地となっていて、ただ大きな石などは一切ないくらいには整備しているようだ。

 その道を、魔力で強化された脚力で歩き続ければ、常人よりもかなり速く移動することができる。四フォーンあまりの道のりを歩くことなど、彼らには造作もなかった。

「ああ、こりゃなんかいるな……」

 人の気配のしない集落の異変を、ルースは感じ取る。魔力の気配すら存在しないのは、異常といってよかった。廃村には魔力を吸収して生きる、魔獣化したものが存在するはずである。

「この集落が、何らかの罠である可能性は高い」

「じゃあ避ければいいんじゃないの?」

「どの道入らなければ情報を得られない。俺たちに避けるという選択は用意されていない」

 アクウォスは剣を抜いた。全身に青色の魔力が張り巡らされる。ルースもフェムトの背中から降りて、魔力を注入する。

「入れすぎじゃない?」

「いや、動けなくなったら困るだろ」

「あっそ」

 フェムトは虚空から大剣を取り出す。幅が四分の三クローム、長さが一リース近くあり、地面に突き立てればルースを隠すことができるほどだ。ひとたび持ち上げればかれは常人はずれた膂力で敵を両断する。

 そうして集落の門をくぐると、凄まじい勢いの魔力がふたりを取り囲んだ。

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