第10話 断罪者の回想――アプラ事件

 帝歴一三五年十二月十五日。

 ベルカ地方の辺境の村アプラで起きたそれは、生存者二名を除き全員が死亡、首謀者となった帝国軍将校はその日を境に消息を絶った。夥しい魔力の曝露によって、村は一夜にして魔獣の絶えない不浄の地となった。

 村の名前をとってアプラ事件と呼ばれてはいるものの、公的には事故として処理された。

 その生存者二名は、当時ベルカ中等魔術学院の生徒で村人でもあったルース・ブラヴィアと、彼の担任教師であったアルベール・アクウォス。そして、事件の首謀者とされた帝国軍人が――エルマ・ブラヴィア准尉。ルースの姉にしてアクウォスの婚約者であった。彼女が曝露した大量の魔力は一体何によるものであったのか、その記録は帝国軍の中でも准一級魔術士以上しか閲覧することの出来ない書庫にしまわれている。すなわち、極秘になってしまったのだ。


「エルマがなぜ帝国の敵になったのかは、わかるな」

「『オフィユカス』を造りだした。それだけだろ。――それだけじゃねえか」


 この大陸には、太古の昔に神より授けられ、絶大な魔力を秘め、それを手にした者は神による恒久的な加護を得ることの出来ると伝えられる魔石――星石ゾディアックストーン――と呼ばれるものが存在する。それは十二個存在し、どれだけの星石を握るかによって、過去いくつもの国や領主たちの行く末が左右されてきた。

 そして、ギルハンス帝国は、星石「レオ」を手にした、当時の【玄武】国当主レティスバード・ギルハンスによって、他の三カ国を併合することによって生まれ、星石を簒奪することによって国力を増強し、大陸内での地位を盤石にしてきた歴史がある。

 ルースの姉、エルマ・ブラヴィアは、自らの持てる知識と力を費やし、神授と呼ばれた十二の石に比肩する、新たな星石を作りだした。その絶大な魔力の曝露によって、アプラは廃村と化した。


「あの時、俺はエルマのもとへ向かった」


 村にたどり着く前に異変を察知したアクウォスとルースは、アプラが廃村と化していることをいち早く知った。そして、ルースは名主であり、自分の育ての親でもあったレグザ家へ、アクウォスは自らの婚約者のもとへと急いだ。

 エルマの――じきに自身のものともなる――家へたどり着いたアクウォスは、その圧倒的な魔力の気配に、ここが曝露の震源地であると気づいた。彼は用心し、彼女の自室であった二階に上がる。

 扉を開いた瞬間に、ふた振りの剣がアクウォスに襲いかかった。帝国軍時代に支給されていた軍刀がなければ彼の身体は四散していただろう。


「俺は、エルマ――いや、あれはエルマだったのか――と斬り合いになった」


 アクウォスの眼前にいたエルマは、両腕が緑色の薄い皮膜に覆われ、明るい緑色であった双眸は暗く、不自然に澄んでいた。


「星石が疼いた。足先からしびれるほどに強烈な魔力が流れ込んできていた。俺が『サジタリウス』の加護をまともに受けたのは、あれが初めてだ」


 帝国の法律によって、いかなる魔術士も星石を扱うことは禁じられているが、アクウォスはエルマによって、星石「サジタリウス」の加護を密かに得ていた。

 「サジタリウス」は宿命を操る。自らの運命が決するその時、力を発揮するのだ。アクウォスは大量に流れ込んでくる魔力を全身に張り巡らせる。床に火花が飛び、部屋中に炎が広がった。その間にもエルマの舞のような剣撃は続き、彼は時には軍刀で防ぎ、時には自らの肉体を差しだし、それを抑止した。星石によって魔力を大幅に添加されたアクウォスの身体は猛烈な勢いで修復を始め、いくら斬られても傷はすぐに塞がった。

「お前が惨殺されたレグザ兄妹の前で、『カプリコーン』の加護を得た頃、俺はエルマによって喉元を突き刺された」

 だが、剣術では帝国軍で五本の指に入るといわれたアクウォスですら、エルマの二刀流に打ち勝つことはできなかった。魔力の結節点である喉元を押さえ込まれ、彼は瀕死のまま部屋の壁に磔にされた。

 エルマは高らかに笑った。手元に握られているそれは、漆黒の闇をたたえている。アクウォスは自らを取り巻く超常性に気が狂いそうなほどの絶望を感じた。


――歯車は、廻りだした。


「エルマは、確かにそう言った」

「歯車?」

「ああ。――彼女には、俺たちの知らない大きな何かが見えているのかもしれない」


 エルマは剣を抜き、それを鞘に納め、アクウォスに差し出した。

 情けをかけるつもりか。


「彼女は、俺を見下ろすように微笑み、こう言った」

――それが、あなたの宿命。


 再び魔力を供給されたアクウォスは、凄まじい速度で回復を始めた。しかし、彼女に追い縋ろうとした瞬間、

――待っているから、それを返しに来て。


「その言葉を残して、エルマは消えた」


 アクウォスは手にした自らの得物を地面に突き立てる。エルマから授かり、それをキサラに改造させて得た、彼の魔力の特性を最大限に生かせる剣。それが、彼の得物――「究極幻想アルテマウェポン」であった。

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