挿話  死闘! 四本腕の男!


「機巧魔術捜査課諸君へ」


 そう書かれた書状の端を、汚いもののようにつまみながら、ルースは苦い顔をした。

「つまんねえ悪戯しやがって。どこのどいつだ」

 それをアクウォスにぞんざいに放り投げる。

 彼は両手を動かさず、魔力だけでそれを受け取ると、机に広げた。

「今宵、貴殿等と戦いの祭りを繰り広げたく参上いたす候……古典文語訛り、例の四本腕の男だな」

 銀縁の眼鏡を絹布で手入れしながら、つまらなそうに言った。

 最近、帝都フルヴガスでは、浮浪人たちの間でまことしやかに妙な噂が流れていた。

 「妙な訛りの男が剣で勝負を挑んでくる。男は信じられないほど強く、負けてしまうと腕ごと得物を奪われてしまう」というもので、実際腕を切り落とされた浮浪人が続出し、機巧魔術捜査課でも捜査を始めるように指令が下されたところだった。

 件の男は、奪った腕を自分に取り付けているようで、右腕と左腕が一本ずつ増えているであろうこと、実際そのような目撃情報もあることから「四本腕の男」と課内で呼ばれている。

 その彼が、直々に果たし状を投げてきたというわけだ。

「なあ、ルース主査よ、これどうすんだ」

 くぐもった冷徹な声が、アクウォスの反対側から聞こえた。座る椅子はその特注の巨躯に耐えられるように、彼独自の改造が施されている。

「馬鹿野郎。グリム、売られた喧嘩は買うしかねえだろ」

「だよな、先輩、不本意ながら俺も同意見だ。誠に不本意ながら」

「不本意? 職業意識の間違いだろお気楽新人」

 グリム・イグーロス副査は立ち上がり、背中から投擲用の槍を引き抜いた。持ち手には緑色の魔石と複雑な魔術回路があしらわれている。

「なら、お前らで行ってこい」

 色めき立つふたりに、アクウォスは突き放すようにそう言った。

「んだよ、てめえは行かねえってのかよ」

「俺が行くほどのものではない」

 彼は珍しく冷静にそう続けた。

「それに、ゲートブリッジに我々三人が並ぶのは恰好がつかない。それで負けてみろ。帝国軍の恥曝しになる。減給で済むか賭けるか?」

 アクウォスは胸元から小さな紙巻きたばこを取り出し、口にくわえると素手で火をつけた。

「係長、珍しく弱気ですね」

 グリムは率直さを隠さない。

「違う、厭な予感がするだけだ」

 俺は今、補佐と課長にいかに迷惑をかけないかを考えているんだ。

 とは言う気になれず、アクウォスは文面を書いた男の影を長いこと見つめていた。二人は肩をすくめ、ゲートブリッジへ向かった。


 フルヴ川の西岸から帝都へとかかる、長さ二フォーン、幅四七リースという巨大なゲートブリッジには夕市が開かれているせいかすでに多くの市民が集まっており、その中で黒みがかった紺色の帝国軍服は非常に目立つ。

「畜生! 祭りはじめやがって」

 帝国軍規則の身長制限である四クロームに届いているのか本当に怪しいルースは、ことあるごとに人の群に巻き込まれそうになるので、グリムは思いっきり手を引いてルースを引きずるように連れて行く。

「そういや、フェムトはまだなのか?」

「ああ、全然だめだ」

「こういう時に限って、か」

「まったくだ。だが、手は抜かねえぞ」

「抜けるような相手とも思えないぜ、先輩」

 そう言ったグリムからは笑みが消えていた。極めて強い殺気を察知したからだ。

「おい、この馬鹿でかい殺気はてめえか」

 気づけば、群衆は距離をとって、彼ら二人と目の前の大男――大仰な仮面は喜劇役者のようで、その身長は六クロームに届いているはずなのに不思議と威圧感はなかった――を取り囲んでいる。その多くの表情が、これから何が始まるんだ、という期待で膨れ上がっているのに、グリムは内心嫌気がさした。

「いかにも――拙者である。まさか本当に機巧魔術捜査課の人間が来るとは思っていなかったので驚いているところだ」

「ただの悪戯だったら浮浪者の腕切り取ったりしないだろうからな」

「しかし、来たのは対策係のお二人――係長もいらっしゃらないとは、拙者も甘く見られたものよ」

「んだとてめえ!」

 絶対にボコボコにしてやる。

 ふたりの意識がぴったりと合った。

 四本腕の男は懐から剣を取り出す。長さも幅も、その形もバラバラな四本の剣は、おそらく彼の戦利品だろう。

 ルースの右腕から数本のナイフが放たれるが、右下腕の剣先のひと薙ぎで簡単に弾かれる。その隙にグリムは高く飛び上がり、空中から細い槍を投げ放つ。槍は放物線を描くようにしなり、きりもみ回転を始めると、仕込まれた魔術回路が緑色の光を放ち速度を急速に上げて四本腕の男へ向かっていった。男はさっと後ろへ飛びのくが、槍は動きを変えて男を追いかける。

「おっと!」

 焦りの色を浮かべた男に小柄な身体が迫り、左腰から魔力剣を振りかざす。その刃は二リースに達するであろうほど長く、男の左下腕に迫ったが、彼は器用に身を翻し短剣でそれを受け止めた。

「なんという魔力剣だ。主査にしておくのはもったいない」

「へいへいそらどうも!」

 その言葉に反してルースは内心焦りを浮かべた。確実に腕を切り落とせると思っていたが、敵はいとも簡単に魔力剣を受け止めた。そして、悪い予感は次々と的中する。

 グリムの放った槍を右上腕の剣で弾き飛ばし、男は槍を拾おうと降下したグリムに一瞬で迫り、斬り込んだ。

 腕と足の魔石機構を動かしてふわりとかわしたグリムは直撃をどうにか避けたが、その一太刀は彼の左太股を深く抉った。機巧の足に隠された、大小さまざまな鋼線や歯車が橋の上に転がる。

「くそっ」

 グリムの左脚はかちゃりと音を立てて外され、魔術で強化された煉瓦に落ちて重量感のある音が響いた。一本足で器用に立ちながら、彼は四本腕の男を睨みつける。

 と、その時だった。

「ぬ!」

 四本腕の男はがっちりと己の四振りの剣を組み、身体の前で向けた。直後、ルースの真横をびゅっ、と何かが通り過ぎ、男の剣が二つ、吹き飛んだ。

 四クローム半とは思えないほどの屈強な肉体、そしてそれを支える白い身体は、自らの身長とほとんど変わらない巨大な剣を振りかざし、四本腕の男に肉薄する。

「フェムト!」

「だめだ、魔力の調整がうまくいかないや」

 振り下ろされた剣をかろうじて受け流しながら、四本腕の男は苦い顔をする。フェムトの強化された怪力は、彼の腕すら砕くほどの力だった。

「下がれ! その調子だとすぐに限界容量超えるぞ!」

 ルースも声を出すことしかできない。実際に止めようとすればひとたまりもないことをわかっているからだ。

「無理! ごめん、またアクウォスさんに運んでもらって!」

「あいつ結局来るのかよ!」

「もうすぐ来る! 課長と一緒だったと思う!」

 力任せに剣を振り回すフェムトの腕が変な方向にぐにゃりと曲がった。

「まさか……貴様」

「いや、ボクはただの人形だよ、君とは違う」

 四本腕の男はフェムトの剣を押し返し、その身体を斬った。だが、フェムトについた傷から血が出ることはなく、あっという間に塞がった。

「偽りの肉を持つ、魂の人形か……血石ヘマダイト遣いがこんなところにもおったとは」

 フェムトの脚が次第に太く膨らみ、身体が融けるように小さくなっていく。

「まずい! フェムト!」

「わかった。あとは係長に任せるよ……」

 フェムトの周囲を青みがかった緑色の魔力が覆い、橋がひんやりとした冷気に包まれた。フェムトの身体は巨大な氷の柱に覆われる。白い霧が柱の頂上からゆっくりと降りている。

 そして。

「危険待避命令。一般市民は直ちに帝都圏内に待避を行うこと。帝国陸軍アルベール・アクウォス正尉が命ずる」

 魔術によって拡大された声が周囲に響きわたる。取り巻きの市民たちは血相を変えて橋を渡り、四本腕の男の周りには脚を一本失ったグリム、魔力剣を向けたまま男に襲いかかる瞬間を見定めているルース、氷づけになったフェムト、そしてすでに抜刀し右手に幅広の剣を持ったアクウォスが残った。

「指定犯罪人『腕集めのベンケー』、市民殺害および十七余罪によりご同行を願う。お前のご希望通り、執行担当課は機巧魔術捜査課である。すなわち、代執行許可はすでに下りている」

 アクウォスはその剣の先を、四本腕の男――ベンケーに向けた。

「これで遠慮なく存分に戦えるというものよ!」

 ベンケーはさらに二本の腕を生やし、六本の腕はそれぞれ別々に各々の武器をとって不気味に動いた。

「対策係――正確に言えば、一名護民係が混ざっているが――の戦力相手にここまで戦ったのは、流石は元報道伝達課伝達係長といったところか」

「おい、こいつ元軍人かよ!」

「しかも非公開組織か」

 道理で強いわけだ、とグリムは頭をひねった。

「ふむ、よく調べたな、アルベール・アクウォス係長。そこまで調べられているなら、拙者がどのようにして軍を追われたかも当然調べがついているということだな……」

 宵闇に紛れた彼の表情を見ることはできないが、彼の腕たちは的確にアクウォスをとらえている。ルースやグリムは初めから戦う相手として認識していなかったのだ。

「もちろん。だからこそ、俺はあんたをここで殺すのは惜しいし、当然ながら軍に引き渡すつもりはない」

「な、まさか、貴様も拙者と同じ……」

「あんたほどではないが、俺も少し訳ありでね」

「あの人形を作ったのは貴様か?」

 ベンケーはフェムトを指さした。

「違う、そこにいるチビガキだ」

「おいチビって言うんじゃねーよクソ眼鏡」

「な、正三級までもか……」

「こいつは正三級だが、魔術知識だけなら俺を超える。詳しくは言えないが、様々な事件を経て、仕方なくあの人形を作った」

「仕方なく……だと? 禁忌だというのにか?」

 ベンケーの腕が微妙に震えた。

「禁忌かそうじゃないかというのは上が決めることだ。あんただってそれはわかっているだろう」

「だが……そうだとしたら貴様らの存在は」

「我々も、非公開組織だ。事実上皇帝陛下の直属にある」

「狂気の所業……アクウォス係長、申し訳ないが貴様の希望は叶えられない。拙者は、その狂気の中にいる貴様と本気で戦いたくなってしまった」

「ならば仕方ない。やはり、長いこと体内に血石を入れるのは、人として悪影響を及ぼすようだな」

 二人は互いに己の武器を向けた。

 先に動いたのはベンケーだ。六本の腕を身体に生やしているとは思えない速度で、音もなくアクウォスに近づく。それぞれが同時に武器を振り下ろす。アクウォスに逃げ場はないかに思えた。


 がきん。


 しかし、すべての武器はしっかりと、アクウォスの剣で受け止められていた。

「な……なんだその技は」

 陽炎のようにゆらゆらと揺れ、アクウォスの上半身は三つに分裂している。六本の腕と六ふりの全く同じ剣がそれぞれの武器を押さえ込んでいた。

「あんたに敬意を表して披露しただけだ。普段は使わないさ。機式魔術奥義――『冥途三叉剣ダージュ・オブ・ケルベロス』」

「馬鹿げてんなおい……」

 長年彼とともに戦ってきたルースも、初めて見るその奥義に目を疑った。

 アクウォスはすべての武器を振り払い、素早く切り返した。六本の剣は剣舞のようにはらはらと惑わせ、次の瞬間にはベンケーの腕は四本になっていた。

「なっ」

 切り落とされた二本の腕は空を舞っているうちに砕け、あとには血のように真っ赤な石がゆっくりと降下する。

「あの腕ひとつひとつに血石を仕込んでいるってのか……」

「いや、そいつはどうかな。むしろ、腕が血石に引っ張られてるんじゃねえか」

 だとするとヤバいぞ……ルースは険しい表情になった。

 陽炎が消え、ひとつの上半身と二本の腕に戻ったアクウォスは、しかし二ふりに増えた剣を両手に持ったままベンケーと対峙していた。

「血石化している人間に対して猶予を与えているほど余裕はない!」

 アクウォスの両剣が赤く光る。

「ルース、グリム、下がれ。灼くぞ」

「げっ、グリム逃げるぞ」

 圧倒的な力に押され、しゃがみ込んだベンケーと、明らかにまずい顔をするルース。

「俺があんたを持って飛んだ方が早い」

 グリムは冷静にルースを抱えると、高く飛んで橋から離れた。

「機式魔術炎式第二型、『大団炎タイダルフレイム』!」

 アクウォスがそう叫んだ瞬間、彼の両剣を中心に巨大な炎が迸り、橋の中央部を包み込んだ。フェムトを包んでいた氷の柱は一瞬で霧散し、真っ白な圧力が橋の一部を吹き飛ばした。

 濃度の高い霧が消えると、双剣の先を下に向けたまま反対側を睨むアクウォスの先に、二ふりの剣を地面に突き刺してベンケーが蹲っている。黒く汚れきった服が水蒸気爆発で洗われ、正尉だったころの徽章が姿を現す。

「それ、軍服だったのか」

「左様。難視魔術を施してはいたが……これほどの魔力を食らえばすべて吹き飛ぶか」

 両者の間を、フェムトの真っ白な身体が空を舞った。しかし、それが地に衝突する直前に――突如として現れた――闇に消えた。

「これは、まさか……『出口のない闇インフィニット・ケイヴ』」

 ベンケーの驚愕の表情の前に、闇はさらに拡がった。

「久しぶりだな、クリムト・フューリー係長」

 フェムトを飲み込んだ闇から、漆黒の帝国軍上士官服をかっちりと着こなした女が現れた。短く切られた髪にも、額についた傷や表情に刻み込まれた皺にも美しさはなかったが、多くの敵を確実に葬ってきたであろう静かなる闘志と、上流階級特有の気品と傲慢さが辺りを制圧していた。

「エリス・デアボルグ卿。《壊滅女王クイーンズ・トラジディ》の異名を持つ貴女に直接お目通り出来るとは」

「――確かに私の名はエリス・デアボルグだが、【白虎】の名も、その仰々しい異名も今は私のものではない」

 エリスは不機嫌そうにそう言うと、収束しかけた闇に手を伸ばし、細身の剣を取り出した。

「課長、しかし」

 近寄ろうとするアクウォスを一瞥し、

「アルベール、まさか自分の魔力の底を知らぬわけではあるまい。下がれ、これはお前の手に負える相手ではない」

 と制止した。

「いや、果たして」

「奴の身体にどれほどの血石ヘマダイトが仕込まれていると思う」

 アクウォスは言葉を失った。

「魔力を放出しきったお前にできることは何もない」

 エリスは極めて冷淡にそう言った。

「承知しました。退避します」

 アクウォスはそう言って橋を渡っていった。

「さて、お前にどれほど人としての意志が残っているのか、私はそれが知りたい」

 エリスが手にした剣は幅こそ一フィンほどだったが、禍々しくうねる刀紋が場を圧迫し、濃い紫の魔力が今にも溢れそうなほど封じられている。並の魔術士であれば即座に逃げ出すことを考えるほどに、その力が絶大であることが明らかであった。

 だが、クリムト・フューリー――ベンケーの本当の名だ――は並の准二級魔術士ではなかった。彼もまた、アクウォスと同じくらいには規格外、級外れの実力を有していたのだ。でなければ、アクウォスの渾身の一撃をまともに受けて息が続くはずがない。立ち上がった彼の足は、真っ赤に変色し、腫れあがったかのように太い。

「身体はほとんど血石に取り込まれてしまっているが、それでもなお、これほどまでに自らの言葉を語るとは」

「はは、滑稽であろう。人でなくなるために血石を取り込んだはずだったのに、早く血石に取り込まれるべく戦いに明け暮れ血を啜ってきたはずなのに……拙者にはまだ息がある。生きなくてはならない使命があるかのように」

「まったく、滑稽だな。そんな使命など、誰も持つことが出来ないというのに」

 エリスは切り捨てるようにそう言った。

「ともかく、最期まで手合わせ願いたい。エリス・デアボルグ卿」

「たかが正佐、課長でしかないこの私でよければ、確実に葬ってやろう」

 エリスの身体がふわり、と浮かんでクリムトに迫る。彼はしかし抵抗をやめたわけではなかった。むしろ、魔獣と化した脚が人間離れした脚力を生み、ふたりは空中で瞬時に交錯し、彼の大剣がエリスの腕に斬りかかる。

 刹那、剣の先が大きく歪み、次の瞬間、クリムトの胴体は漆黒の剣によって両断された。

「なっ……」

 あまりに速いその太刀筋にクリムトは自らの目を疑った。その目に軍靴の尖った爪先が迫る。

 どん。

 砲撃のような音を響かせて、エリスはクリムトの頭蓋骨を砕き、彼の下半身を剣で刺し貫いた。空いた右手で素早く印を切ると、紫の魔力が右手から解き放たれ、無数の雷の刃が剣をめがけて集中、クリムトの下半身もろとも爆散させた。

 ふわり、と優雅に着地したエリスは、はあ、とため息をつく。

「思ったより魔力を遣ってしまったな……私も年齢には勝てぬということか」

 彼女は疲れている様子も、息もあがっていなかったが、明らかな力の衰えを実感したらしく、自らが生み出した闇に紛れて消えていった。

 ゲートブリッジは静まり返ったまま、朝を迎える。


 ベンケーことクリムト・フューリー元帝国軍正佐は代執行されたと通達があり、破壊されたゲートブリッジはすぐに修復作業が行われた。帝都はあっという間に平穏を取り戻した。

「ほんとさー、こっちの身にもなってよね」

 帝国軍技術開発室で、冷たいため息が漏れた。

「んなこと言ったって、フェムトが勝手に暴れ出したんだ。俺は何もしてねえ」

「あんたが戦いに出ればついてくるに決まってるでしょこのアホが」

 分厚い眼鏡をかけた女に頭をぱしっとひっぱたかれてルースは仏頂面をした。

「ったくもう、女心なんかちっともわかりゃしないんだからどいつもこいつもさー」

「キサラ、フェムトは一応男だって」

「どっちでもいいわ! 血石もって来い血石!」

 キサラ・アクウォス技術開発室長は、丁寧にフェムトの身体を切り開きながら、うなじの中心に据えられている血石の板を取り出した。ルースはベンケーの腕から現れた血石をキサラに差し出す。

 顕微鏡で血石の板に刻まれている魔術回路を書き出して、ルースから受け取った血石を魔石成型機にかけた。血石は一度液体になった後、真四角の薄い板に変化した。

「お、ちょうどいい大きさだわ。これなら書き換えができるね」

 魔石顔料インクで書き出された魔術回路はそのまま血石の板に彫り込まれる。

「とりあえず三日だな。定着と動作確認でそれぞれ一日、あと予備で一日」

「うえーこの期に及んで三日もかよ」

「休ませたくないなら無理をさせない!」

「ったくしょうがねえな……」

 ルースはうなだれる。

「あと、今回のことでアルに文句言ったらぶっ飛ばすからね」

「ええー? なんでだよ」

 アルとは、当然ながら夫であるアルベール・アクウォスのことである。

「あんたとグリム、アルが来なかったら二人とも腕もぎ取られてたんだから」

「俺はともかく、グリムは義肢じゃねえか」

「馬鹿だね、グリムの義肢をぶんどられたら厄介でしょ!」

 まあ確かに、とルースはどこか納得した。グリムの義肢は高性能すぎるからだ。

「あと課長にもちゃんとお礼言っとくの」

「わかってるよガキじゃねえんだから」

「ガキみたいなもんだよ!」

 立ち上がってルースの頭をわしわしと撫でるキサラは、彼が初めて配属されたときのことを少しだけ思い出した。

 ルースは立ち上がって技術開発室の入り口に歩き出す。

「無理すんじゃないよ」

「わかってるよ」

 いつものやりとりをしながら、彼は部屋を後にした。

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