第27話 北海道出身者 水科諸星

「それって《17丁目》って。ことの話しなのかい? 尾田さん」


 俺の都市伝説の話題から、そう察して言ったのは、担当の水科だった。

 どうにも彼は。多分、きっとそうだ。

「水科さん。北海道の出身だね? あンた」

 俺は、確信をもって、バックミラー越しに彼の表情を盗み見た。

 視線がかち合うと、水科が親指を立てた。やっぱりだ。

 だから、自身のお抱え作家を、自身の故郷でもある北海道へ旅行を、取材名目で誘い出したのか。

 それは、作家の先方の為なのか。

 それとも自身に、何か思い当たる節でもあったのか。


「なら。そんな寓話なんかは、あンたが作家さんに言えばいいだけの話しだ。俺が絡むこともないだろう」


 巻き込まれるのは、あの時だけで十分だ。

「お喋りはお終いだよ。水科さん」

 俺は肌がざわつくう空気に、嫌な予感がした。

 なんというか、こう闘争心というか、臨界態勢のような、荒ぶるような、憤りを覚える。

 なんなんだろうか。この言い表せないような、言葉にならない感情は。


「話しは歴史だ。寓話にも――《原点》があるってもんでしょう? 尾田さん」

「ははは。原点だぁ? 語る気はねぇよぉう? 俺、っさぁ?」

「っちょ! っみ、水科君?????」

 水科の横で戸惑う先方の顔は、しどろもどろと色をかけて、俺と水科を横目で、錯乱しているかのようだった。流石に、そんな様子の彼の放置も、あれだとは思った。

 このまま、解決するまで寝させるかとも考えた。

「ほらぁ。先生が困ってるみてぇですよぉう。水科さぁあん」

 俺の、視線に気がついたのか。水科も。

「オレは先生に聞かせたいだけですよ。オレがどう言っても、どの歴代担当作家は、聞く耳を持たなかったから」

 横に顔をやって窓の外を見る水科の表情は、どこか、悲哀を感じた。

 多分だけど。いや、恐らくは。

 作家に本気で惚れこんでいるんだ。

 信用して、信頼をして、大先生にしたいって信念を感じた。


「ははは。じゃあ、何かい? そちらの先生は――信じたのかい? 眉唾な、こんなオチもないような《寓話》なんかに、っさ」


 信号待ちで、俺は後ろを振り返った。

 そこには、

「はい。だから、僕は担当者の彼と。今、ここにいるんです」

 自身の担当編集者を、心から慕っているといった表情の先方の表情は、とても、眩しくて、若さも感じた。今の俺なんかにはない――《興味心》《探求心》


 そして、《道徳心》


「眩しぃったらねぇや。いいさ、話してやるよ。漫画のネタになるような、とびっきりなファンシーなのを、っさ」


 ◆◇

 

 俺がいつも通りに《17丁目》にかけもち異世界タクシーで仕事を終えて、また、トンネルを通って帰ろうとしたら。案の定に、ダンマルの奴が泣いて、引き留めてくれちゃって、帰るのも少し遅れて帰るはいつものことだった。

 なんとか、そこは親父フムクロが引きはがしてくれて、俺もダンマルの奴の頭を撫ぜて、愛車アウディに乗り込んで、エンジンをかけて走るまでがデフォーな毎日。

 いつも通りの、いつものやりとりに、いつもの光景に。

 俺も、どこか馴染んでしまっていて、胆も据えてしまっていたから。

 見過ごしてしまっていたんだろう。


「じゃあ。今度の休みにな! いい子にしてろよ? ダンマルちゃん」

「馬鹿! くそ野郎!」

「はいはい」

「事故って死んじまえっ!」

「じゃあ。親父、ダンマルのこと頼むわ」

「はははっ! 誰に物を言ってやがんだぁ? フジタよぉう」

 肩にダンマルの奴を腰かけさせて、すっかり、本物の親子だ。

 そんな彼はいつも、別れ際に俺の頭を鷲掴みに撫ぜてくれる。

 それが別れの挨拶だ。


「?? ぁ、あれ????」


 そんなときに、ダンマルの奴が何かに反応をした。

 大きく縦に伸びた耳が、左右に動いていた。ただ、それは親父も同じで。


「ああ。何か、音がしたな???? この居住区に、来やがる莫迦がいやがるってのか?」


 この場所は、ダンマルが隔離された地区だ。

 そこで、ダンマルとフムクロは一緒にいることが多かった。

 やっぱりというのか。まだ幼いダンマルには。そこが家で。

 フムクロの家にいると、夜泣きをすることも多く、寝しょんべんやら、情緒不安定にもなりがちだった。だが、ダンマルの奴の家にいれば、そんなことは全くない。

 以前のように襲撃をされないのは、俺が結界を張ってあるからだ。

 二重、三重、四重に張り巡らせて。

 攻撃されれば、関係者の全てに強力な呪詛をかけて、獰猛にも牙を剥き、抹殺能力の高い術式を、俺は開発し、今は、強固なもので安定に、気づかれないような結界にすることが、今の研究内容だ。

 ただ。その結果は、もうすぐに出るところまできていた。


「それはないでしょう。ここは《腐敗地区》と比喩されている程なんですから」

「そりゃあそうだが。それでも、通らねぇと先に行けねぇとか。ああ。あれだ! 追ってから逃げてるっこともあんな」


「あのさぁ? さっきから何を話してんの?? じゃあ、俺は帰るかんね?」


 訳の分からない、異界人同士の話しに、ただの一般的な異世界人の俺なんかが、2人の会話に入れる訳もない。たまにある、そんな局面には。俺は気にする必要もないし。いいや、と諦めてたんだけど。今回の、ソレの話しは、もう少し聞くべきだったと。

 

 後になって、頭を抱えた。


 ◇◆


「何かイイね! イイね! イイねぇええ‼」


 俺の話しをメモってる先方さんの目がキラキラと、少年のような目になって輝いていた。

 俺は肩を竦めてしまう。

 どこが、そんなにいいのかなんか、訳が分からないからだ。


「層雲峡に着くまでに最短に、まとめた方がいいですかね」

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