第26話 あの冬の始まりの、取材の日

「運転手さんっ。こっちは。この時期に雪が降るもんですか?」


 げんなりとした若い男が、俺に聞いて来た。


「いえ。あまり、この時期に。こんなドカ雪はないですね」

「つまりは運がないってことか、……ふむ」

 そう何か、メモるのが見えた。

 何を、こんなことを記録する意味があるっていうのか。

 しかも、かなり使い込んだ手帳だ。紙は取り換えが出来るタイプのようだけどな。

「なんか、いい感じに浮かびますか? 先生!」

 若い男が拳を握って、メモる男に聞く。

「うンン、……っちょっと! こんな場所で先生とかマジでやめて!? 水科さんンんっっっっ‼」

「あ!」

 言っちゃった! マジでヤバイといった表情で、俺の背中を見る様子に。

 俺もやれやれだぜ、ため息ー~~って気分だけど。

 層雲峡までは、彼らが降りるって言うまでは、走り続けなきゃなんない訳だ。

 ここは聞くのがベストなのか、興味ないですよのスルーがベストなのか。果たして、どちらが友好的にいいんだろうか。


(ダンマルちゃん。どうしたらいいの、これさぁ~~)


 ちょっと、どうにかしたいようなしなきゃいけない空気のような、そうでもないような。本当に、こういう客が本当に、困るんだって。


「すいません! えぇっと……尾田さん?? あの、オレ達は決して、出版関係だとか、担当と執筆作家とかの関係で、取材で層雲峡に行くだとか! そんなんなんかじゃないんですよっ?!」


 うん。これはもうバラしてますよ。水科さん。横の先生って人の顔を引きつってるよ、身体も小刻みに震えてるし。ああ、顔を手で覆って伏せちゃったじゃないか。

 もうこれはフォローも、してあげた方がいいのかもしれないな。

 いや、でも。掘って後悔もしたくなんかないし。

 いや、でも。折角、こういう乗客も中々、乗せたこともないし。

 サインとかもらえた日には。ダンマルの奴にも、自慢が出来るな。よし、一丁。行きますか。


「へぇ。お客さん達。漫画家さんと、編集者の方なんですか~~この時期の北海道で、しかも層雲峡ですか~~取材って、大変ですね~~」


 当たり障りのない会話に、始終行こうと決めた。

 なんか、こう。深く踏み込んだら、厄介そうだしな。

「いや。そんな大層なもんじゃなくて、新しい連載に向けての名目での、リフレッシュ旅行みたいなもんですよっ」

 そう喜々と、水科が言うもんだから俺も苦笑する他ない。

「そうですか。いい旅行になることを祈ってますよ」

 ハンドルをきる俺に、押し黙っていた漫画家の男が、

「……何か、変わった乗客とか。今まで、一番参ったことってあるよね? 尾田さん」

 低い口調で、よりによって聞いてきた。1番、聞かれたくない人に聞かれちゃったよ。

 だって、これは明らかに取材名目っぽいものに入らないか。

「いえ。お話し出来るような話題はないんですよ。あったとそしても、それは……ネタにされたくないんですよ」

 俺も、はっきりと言ってやった。

「私の今までの事情、お客さんの飯の糧にしたくないですから」

 ここまで言えば、押し黙るか。引くと、俺は踏んだから。

 こうして、淡々と言ったわけだが。


 どうにも、物書きってのは、空気を読まないようだ。


「取材費から幾らか融通するし! そだ! 資料提供とか、原作っ‼ どうだい? どぉおおうだいぃ?! 尾田さんっっっっっ‼」


 必死だ。どうにも必死過ぎて逆に、俺が引くし。あんたの横の編集者の人も、茫然唖然となってるぜ。先生さんよおう。

「いやいやいや。あの、私の話し。聞いてましたか? 先生」

 このまま、流してしまいたいのだが。それを先生は許さないようだ。

「先方空知は真剣に言っているんだ! 冗談なんか言わないぜ!」

 すごい剣幕に怒られた俺も、水科を見た。

「先生は冗談は言えない性質で。こんなんだから、離婚もするんですよお~~先生ぇ~~」


「っぐっは!」


 お茶目に言う水科の言葉に、大声で叫ぶ先生。

 ちょっと、可哀想になったし。仕方ないな。ネタにされるのは嫌だけど。

 これも、何かの縁だろう。


「では、都市伝説的なのは。如何でしょうか」

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