第20話 あの嵐が、どこかの火種を散らす日

 ――『いやいや! 小津雄オズオ~~ぅんな急に、どうしちゃったんだよぉう~~草しか生えねぇっての!』


 電話越しの滝澤は大笑いをしている。ああ。いいさ、笑いたければ笑えばいいさ。でも、だ。

 ほんの少しだけ、ほんの少しだけでいいんだ。一寸の間の、ほんの少しだけ。


「いいから。聞けってば、滝澤っ!」


 お前は僕の親友だ。だからこそ、僕は今、この本当にあった話しをしようと思う。いつか、この話しで。いつか酒の席で、肴に出来るように。たとえ、いつかなんか日が来ないとしても。


「《17丁目》はっ。確かに、存在するんだっ!」


 ◆◇


 ガタンガタタン! と大きく車体が揺れた。後部座席で横になっていた僕も、その衝撃に気持ち悪いくもなってしまう。

『お客様ぁ~~? 大丈夫ですかぁー????』

 バックミラー越しに運転手の尾田も聞いてきたが、僕は、寝ていて聞こえないフリをした。このとき、そうしなければって。今も、思うけど。

 でも、今にして思えばだ。いい経験をしたと思うんだ。


『本当に。熟睡してんなぁ~~この人』


 薄目でバックミラーを見るとだ。

 運転手の尾田が苦笑交じりに煙草を咥えた。

 それに、窓を大きく開けた。風の向きなのか、煙草の煙は車内に籠って煙たいってもんじゃねぇ。


(つぅか。ここどこだよ????)


 俺は横目で、タクシーから外を盗み見た。

 赤レンガのトンネル内を、尾田が運転するタクシーは走っている。

 明らかに、滝川に行く路なんかじゃないのは、僕にだって分かったわっ。

『とーりゃんせぇ、とーりゃんせぇーこぉーこわどーこのふふふぅんっふんっ』

 中途半端に民謡を歌う尾田の声は割といい声だ。俺も思わず、聞き惚れてしまう。

 きっと、カラオケでは89点以上を取りそうだなとか、僕は勝手に思った。車内の揺れにも慣れて、僕も目を閉じて寝ようとしたときだ。


 ガッコン! と車が止まった。


(!?)


 尾田がタクシーを止めた。

 僕も目を薄く開けて。耳をダンボに、音を拾う。


『ぃ、よぉう! フジタぁ! 今日は異世界こっちでの金稼ぎかい?』

『ははは! 今日は、その日じゃないんだけどね。ダンマルの奴が、仕事を受けちまったんだわ~~兄の使いが荒い奴で参るよなぁ!』

 尾田が話しているのは、牡鹿の顔をした何者かだった。

 あまりの衝撃的な映像に、僕の身体も強張ってしまった。


 だって、それは――明らかに。


 現実的に生息しないないずの生き物だ。

 さらに、もう1匹は雌鹿だ。化粧もされていて、とても可愛らしかった。ちょっと、好みの女の子だ。

『あら? その後部座席のは、……荷物? フジタちゃん』

 ぎく! と尾田の身体が跳ねたのが見えた。ああ。僕がいたら不味いのか。だったら。身動きはしない方が、多分、身の為かもしれないなと思った。

『何? 何もないさ。コーリンってば、可笑しぃいなぁ』

 肩を揺らして、必死に僕を隠そうとする様子は。明らかに、嘘臭いと、思われていると思う。

 でも、付き合いが長いからなのかもしれないようで。


『さぁ。稼いでって、ダンマルの奴に美味いものでも喰わせてやんなっ!』

『奥さんにも何か、安産のお守りとか買って帰りなさいよ? フジタ』


 一斉に、尾田にダンマルお話しに花を咲かせる中。


『ああ。そうするよ。まずは、予約のお客さんを迎えに行くよ。じゃあね、コーリン。マクベス』


 手を上げ、クラクションを鳴らす尾田は。彼らから離れると額を袖口で拭う素振りをした。緊張したのか、後ろの僕を確認した。

『やっぱ。《透明シート》をかけといて正解だったなぁ、コーリンの奴ってば。番人なだけあって、鼻がいいたらないねぇ~~帰りが怖いったらねぇわー~~』

 そういや、身体の上に何かが乗って感があるな。いつの間に、何をやってくれたのか。

『まぁ、なるようになっかなぁ~~なぁ。親父ぃ』

 そして、タクシーは赤いトンネルの中をひた走った。その最中、ずっと尾田は、髭ダンの歌を口ずさんでいた。何故分かるかと言えば、知っているアニメの主題歌ばかりだからだ。


『さてさてっと。ダンマルちゃんに電話だ。電話』


 そう言うと、尾田は携帯を弄った。


『あ。もしもっしー~~兄ちゃんだよ。うん。うん……うぅん? んで、どういうことなのか、きちんと教えてもらえるかな? ――ダンマルちゃん』


 口調が、徐々に硬いものになっていくのが分かった。凄みもある尾田の顔を見ると、不機嫌を超えて、怒りの色があった。

 そして、僕にも聞こえる声が、車内に響いた。


 ――『予約はグォリーの息子のチャーリス君。今すぐに、陣地に来て欲しいってことだったよ』


 ◇◆


 ――『陣地って何? それって、何々っ???? ひょっとして戦争でもしてんの?! はははっ! 陣地って!』


 滝澤は電話の向こうで、僕に聞き返して笑っていた。でも、実際はそうなんだ。行き場所は戦火の中で。陣地は、正しく戦争のド真ん中だった。

 僕がよく観る戦争映画の映像まんまの光景。今の鼻先のきな臭さが残っている。

 心の準備もなく連れて行かれた結果で俺にはトラウマと植えつけらえた、惨たらしい有様が瞼から離れなんいだ。

 だから、どうか。あと少しだけ、もう少しだけ。ほんの少しだけでいいから。笑うな。


 僕に付き合って聞いてくれないか。滝澤。


「ああ。今、テレビで観るような、正義も大儀も糞くらえな戦争の真っ只中、そのものだった」

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