第3話

 夏服になった石壁と財部が居た。顔を上げるときっと睨まれるが。俺達は傍観者、オブザーバーと言うものなので痛くもかゆくもない。

 パイプ椅子に悠々と腰かけたキツネさんはそれで、と口火を切る。女の方はショートカット、これなら鬘も被りやすいだろう。男の方は左耳にピアスを開けていて、ぐっと俯いている。男らしさ云々と言うピアス言葉だったが、それはこういうものじゃないだろうと突っ込みを入れてやりたい。

「それで? 何が動機だったのかしら、たからちゃんにかべ君」

 四つの机を四角に組み合わせたそこはちょっと部室に似ていた。もっともあの部室の席は決まっているから、二つを塞がれている状態ではいつものように見えない。百目鬼先輩が取りだした携帯端末のスピーカーをオンにして、何かをみんなに訊かせる態勢を取る。

『でぇ、そのまんまトンズラこいたワケ』

『財部それ万引きじゃん!』

『で? その女子どったの?』

『向こうの友達にメールしたら生徒指導室に連れてかれたって言うけど、どうなんだろうなー。停学でもついてくれたらこの時期だし致命傷になると思ったんだけど』

『腹黒ーい!』

『彼氏と一緒の大学入れないかもって、そこまでするー?』

『きゃはははは!』

「昨日の午前の女子トイレの会話です。何か弁解あります?」

「……みませんでした」

「聞こえなーい」

「すみませんでしたっつってんのよ!」

「宝、落ち着いて!」

「何でビデオだの写真だの持ってるのよ、おまけに盗聴!? どっちが犯罪者よ!」

「たか子!」

「高いウィッグも買って同中だった子からスカートも借りて! あたし絶対徹と一緒の学校行きたかったのに、偏差値足りないから無理かもって……だから十波ヶ丘で一位の奴から潰して行こうと思ったのに! 何が探偵部よ、ばっかじゃないの!? 高校生がやる遊びじゃないじゃん!」

「遊びじゃないもの」

 しれっとキツネさんが言う。

「誰かを助けるのが、私達のモットーよ。勿論その中に悪人が出て来ることもある。犯人って言った方が良いかしら。あなたはそこに好きな人を巻き込んでいる。どっちにしろ内申点は無茶苦茶で十波ヶ丘みたいな名門には入れないわ。ご愁傷様。一位が私で良かったわね、二位だったらもっとややこしいことになっていたかもしれないんだから。警察もデパートも学校も巻き込んでの大騒ぎ。壁君、あなたも進路変更余儀無くされちゃったわね。ああそう良いこと教えてあげる」

 にっこりと笑ったキツネさんは、ある意味凄絶だった。

「私、大学は行かないの」

「んなっ……」

「あなた達がしたことはぜぇんぷ無意味だったって事ね」

「っのくそアマ!」

 机を持ち上げた財部は、それをキツネさんに振り下ろす。

 俺はとっさに出した手で、パイプを掴み、逆に財部の方に手首を捻った。

 それを庇うのは石壁だ。

「徹!」

 吹っ飛んだその頭からは血が出ている。別に大したことはない、十分もすれば止まる血だと俺は経験で知っている。不本意ながら。

「たか子、怪我は?」

「ないよ、そんなのないよ! ごめん、あたしの所為だ、全部あたしの所為だ! ごめん、ごめん徹、ごめん……」

 さてと、とキツネさんはようやく立ち上がる。

「本心からの謝罪も聞けたことだし、私達も行きましょうか。それでは失礼いたします」

「え? え? その、探偵部さん?」

「次さえなければ警察沙汰にしないと言う事です。良いから早く血止めして彼を保健室へ。うちの愛犬の一撃は結構強いですよ」

「キツネさん。愛犬扱いは止めてください」

 大体俺、そんな愛されてもねーし。

「んー……私の愛馬は凶暴です?」

「どっかで聞いたことあります。やめてください」

「哮太君たらいけずぅ」

「良いから早く帰りましょう。それじゃ、失礼します」

 そうして、探偵部部長窃盗容疑事件は終わった。

 ムック一冊を犠牲にして。

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