第四部 第1話

 それは俺がまだ探偵部なんて名前を書いときゃ幽霊部員になれると甘い考えのもとに、一人で昼食を購買のパンなんかで済ませていた時期だ。乙茂内にうるうるとした目で頼まれて、教室中の男子から非難の目を浴びた日。一・二年生は強制で部活に入ることになっていたから、どんなところだろうと文化部に入れたのは良いことだと思っていた、呑気だったあの日。

「あー哮太君またこんな所でゴハン食べてるっ!」

 ゴミ箱もあり人出はそんなにない裏庭でカレーパンの袋をくしゃりと潰したところで、乙茂内に見付かった。面倒くさいな、思いながらあー、と弁解を考えていたところで、ぐいぐい手を引っ張られ座っていた苔むしたベンチから無理やり立たされると、走って逃げようかと足がうずいたが、そう言うわけにもいかないのがこのうるうる目攻撃である。俺も一応男であるからには、女の子を泣かせたくはない。そんなことを考えて、乙茂内の弁当の軽そうな様子を見る。女子向けの弁当箱は悉皆小さく可愛くまとまっているが、あれで本当に足りるのかと思う。乙茂内のようなモデル稼業をしているなら、まあ、納得せんでもないが。従妹が持っていた雑誌に本当に載ってたのにはびっくりした。ゲーノージンがこんなに近くにいるなんて、と言う意味で。そして本業のメイクさんの腕はすごいという意味で。俺だって流石にあんな美少女だったら引くぞ。今でも十分美少女ではあると思うが。

「何で誘っても誘っても逃げるみたいに購買走っちゃうかなあっ、せめてお弁当作ってもらいなよー男の子はいざという時体力が必要だってよく言うじゃないっ」

「俺にはそんな機会はないと思うからな……チャリで二ケツする予定すらないぞ」

「それは道交法違反だから良いんだよ。地学準備室でお弁当を食べること、それは探偵部の規則だよ」

「入っといてなんだが、んーな戯言に付き合ってるほど暇でもない」

「あっひどい! 美女を騙したんだ! 適当にやろうとしてるんだ!」

「何が悪い」

「何もかもだよ! とにかく明日も来なかったら明後日はないと思った方が良いよ!キツネさんも怒ったらすごく怖いんだからね!」

「今日を生きる俺には関係ないが、なんか物騒な奴がいるんならそいつでいいじゃねーか、男子要員。ん? 女子ばっかりって言ってたか?」

「そう、怖い女子だよ」

「……一応名前聞いといて良いか」

「乙茂内美女だよ!」

「いやお前じゃなくて」

「三年D組の佐伯経子先輩と、二年A組の百目鬼耳目先輩だよ。聞いたことない?」

 こてん、と首を傾げられて、あー、と俺は思い出す。時々見かける真っ青な髪のミイラみたいな包帯ぐるぐる巻きの先輩と、三年間学年一位の成績を取り続けてる人だ。聞いた事だけはある。

「なんでキツネなんだ?」

 素朴な疑問に、関心を見付けた乙茂内はちょっと早口になる。

「さえきつねこ、で真ん中取ったらキツネになるからだよ! だから私達はいつもキツネさん、って呼んでるの! 百目鬼先輩は百の目の鬼って書くんだけど、ちょっと珍しい苗字かな?」

「恐ろしいことこの上ない字面だな。乙茂内も珍しい方だが、この中に入ると一番マシかもな。しかしお前の親御さんも大胆な名付けしてくれたよな、本当に美少女に育ったから良かったものを」

「み、美女可愛いかなっ」

「まあ。俺から見れば十分に可愛いわな」

「えへへっ」

 言われ慣れているだろうに何を照れているのだろう、このクラスメートは。くるんっと立て巻きにした髪を揺らして俺の少し前を歩く。このまま横にずれて行って逃げようかと思ったが、いつの間にか袖を掴まれていた。デザートのゼリー飲料は放課後にでも飲もう。間に合わなかったら五限六限の間で。なるべくぼーっとしてるけれど、腹は減るのだ。理不尽にも。しかし弁当か。今から頼んでかーちゃん作ってくれるかな。残り物とレンチンおかずで良いんだが。うちはあまり余り物のでない食卓だからなあ。とーちゃんの恰幅の良さも頷けるかーちゃんの料理だ。残そうものならとーちゃんに食われる。シビアな食卓なのだ、我が家は。

 しかし乙茂内ぐらい可愛くても可愛いと言われると嬉しい物なのか。少し謎が解けたような気分で、俺達は教室に入った。細かく言えば乙茂内を先に入れて、その手が袖から離れた所で一歩遅れて教室に入る。男子の嫉妬が痛いのだ、こっちは。針の筵か、ここは。まあ、乙茂内はクラスのアイドルみたいなもんだしな。独り占めは良くない。明日はまた別の場所見付けて弁当食おう。うん。


 なんて考えていたのは簡単に見破られていて――。

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