第2話

 キツネさんらしき人の顔は、よく見ると髪型以外全然違った。ピアスもしてるし他校のスポーツバッグも持っている。鼻筋が通っているところはかろうじて似ていたが、それ以外はちっとも似ていなかった。先生方はちゃんと確認しなかったのだろうか。学校に戻って部室のPCを弄っていると、髪の揺れ方も違うように見えた。もしかしてこれは。

「鬘かしらねえ。しかもピンポイントで私に似せた」

「キツネさん何か思い当たることは――あ、やっぱ良いです」

「どういう意味かしら哮太君。私には心当たりが多すぎるとでも言いたいの? あるけれど」

「やっぱりあるんだ……」

「やっぱりなんて失礼ね。たったの八十人ぐらいよ、高校では」

「これ、制服も微妙に違うね。手作りかな。うちの学校夏服はブラウスにリボンだけだから、スカートだけ手に入れれば変装は簡単なんだよね」

「やっぱり嵌められたって事かしら」

 ふうむ、キツネさんは黙り込む。あり過ぎる心当たりを絞っているのだろう。

「取り敢えずうちの学校の生徒ではない」

「そだね、制服作んなくて良いし」

「うちのクラスの生徒でもない」

「何でです?」

「私が進学志望だったらこのタイミングはまずかったけれど、そうじゃないからね。大したダメージじゃない」

「つまり他校のキツネさんをよく知らない人……って事ですかね?」

「そうね。工業高校はその圏内に入る。私の志望が十波ヶ丘大学だとしたら、結構な難敵だろうし」

「キツネさん工業詳しいんですか?」

「はんだ付けは出来るわ」

「中学の範囲です」

「無線が使えるわ」

「趣味の範囲です」

「取り敢えず……乗り込みましょうか。悪の巣に」

「え」

「ついでにこの写真、職員室に届けてくれる? 哮太君」

「はいはい、犬は走りますよ……」

 実際には早歩きだが、俺はスポーツバッグを肩に引っ掛けて職員室に向かいキツネさんではなかったという弁明をした。確かに、と写真を見た先生に鞄が違うとかピアスがあるとか色々喋って、玄関に向かう。

 乗り込む先は、隣駅の近くにある、工業高校だった。


「すみません、良いですか?」

 職員用玄関と直通の事務室に声を掛けると、他校の学生服を着た俺達四人は思いっきり目立つ。特にこの学校は夏服でもセーラー服だから更に。訝しげに窓口に近付いてくる女性に、キツネさんはちょっと吊り目だけど優しく見える微笑をした。その微笑が綺麗すぎてまた不気味だと思ってはいけない。整いすぎて不気味の谷状態なのも。まだ百目鬼先輩の方がましだ。と、キツネさんはプリントアウトした写真を見せる。学生服の男。そういやなんでこの時期に学生服なんだろう、この男。暑いから目立つだろうに。

「この写真に写っている男子と女子を探しているんですが、ご存じありません?」

「え? 女子は貴女じゃ――」

「よく見てください。顔が違う。制服も違う。男子は明らかにこちらの学校の制服ですよね?」

「そうだけど今は衣替え期間だから、特定はちょっと」

 そうか、うちの学校と違ってこっちの学校はまだなのか、衣替え。ならそんなに怪しくもないのか。

「男子も女子もピアスをしています。そう言った生徒のデータ管理は? あと女子は鬘だと思われます。この顔だけで探してください」

「ちょ、ちょっと待って。いきなり訪ねて来て何なの貴方たち」

 やっと頭が回り出した事務員さんはちょっと強気に出て来る。百目鬼先輩がバッグを漁ってメモリースティックを取り出した。さっきまで使っていた青いのと違う、ピンク色のだ。バックアップの方か、と何となく悟る。

「詳細はこれに入ってるビデオデータを再生してください。うちの先輩が疑われて迷惑してるんです」

 何だかんだと他の先生も寄って来て、一つのPCを覗き込みメモリースティックの中を見る。最初は何をしているのか分からなかったようだが、二度目の再生でやっと万引きじゃないかと声が出る。ざわざわしてきた連中に、財部たからべじゃないかという声が出て来た。タカラベ。まず携帯端末のメモに入れる。じゃあこっちは? 石壁いしかべかとまた新しい名前が出て来る。イシカべ、と。さて、他校の迷惑している生徒には何を結論として教えてくれるやら――。

 メモリースティックをもってやって来たのはややごつい老け顔の男だった。

「申し訳ないが少し待ってくれないか。こちらも事情がある」

「進路に響くとかそう言うことでしたらすぐに警察に向かいますけれど」

「ち、違う!」

 男はにわかに慌てる。警察と言う言葉にざわざわと事務室が騒がしくなる。

「では二日以内にこの二人を呼び出して頂けます? こちらもそう暇ではないので」

「待て、待ってくれ、君たちは一体――」

「私立十波ヶ丘大学付属高校探偵部」

「は?」

「探偵部、で大体話は通りますわ。ではごきげんよう。さようなら」

 メモリースティックを受け取った百目鬼先輩と一緒に、俺達は再び玄関をくぐった。

「すごい……二人で話してて美女入る隙間なかった……すっごく怒ってたつもりなのに」

「俺もだ。あの二人だけは絶対に敵に回しちゃいけない」

「なんか失礼なことをお言いでないかしら、二人とも」

「ひいっ」

「仲間を陥れるようなことはしないから大丈夫だよーこの耳目ちゃんでもねっ。さてとタカラベとイシカベって言ってたねえ。財部宝たからべ・たからちゃんと石壁徹いしかべ・とおる君か。どっちも素行は悪いけど進学組だ。エスカレーター式の学校で一番頭の良い相手を狙ったつもりなんだろうけれど、立たないところに煙を立てちゃったみたいだねえこのカップルは」

 ……早ッ。

「ちょ、百目鬼地獄サーチが早すぎじゃないですか!?」

「地獄耳がネットワークの基本だよん。二人も名前が解ってたら関係性の話だ、単純な事さ。さて、今度はどうしようか、キツネさん。完全排除って手もあるけれど生き地獄って手もある」

「そうねえ、受験でもして叩き落としてみるのも簡単だけど、それだと別の人を巻き込むことにもなるだろうし、ただでさえ内申点がた落ちの所にさらに追い詰めるも良いわねえ」

 きらっとキツネさんの爪が光る。よぉく研がれた、イヌ科と言うよりネコ科の爪を。

「取り敢えず土下座と靴舐めは鉄板かしら」

「どこの界隈の鉄板なんですか」

「私の界隈。これでも我慢してあげているつもりなのよ。あのムック、結局売り切れて買えなかったの。多分あの二人が買って行ったと思うとはらわた煮え繰り返ってよ。人の数少ない趣味をよくも」

 きらっきらっと手庇に反射する爪が何だか空恐ろしい。隣で乙茂内もちょっと引いている。ヒッヒ、笑ったのは百目鬼先輩だった。

 さて二日後までに二人を呼び出すことが出来るだろうか。と、後ろになった学校からぴんぽんぱんぽん、と呼び出しチャイムが響いてくるのが微かに聞こえる。誰を呼び出しているんだか、こんな放課後に。

「やっぱり呼び出されたのは件の二人だって」

「他校にもいるんですかネットワーク。段々空恐ろしくなって来たんですけれど」

「おや、哮太君は最初から怖がっていたじゃないか。大丈夫だよ君の事は最後におねしょした年齢ぐらいしかキープしてない」

「十分嫌だ……」

「いつなんです?」

「訊くな乙茂内!」

「えーと」

「答えないで下さい百目鬼先輩!」

「公道で騒がないの、三人だけ盛り上がってずるいじゃない。ちなみに耳目ちゃん、私の情報はどこまで?」

「キツネさん探りづらいんですよねー。実家の場所ぐらいで」

「それはそれは。ちなみに戸籍の本籍地も同じ場所だとは教えてあげる」

「あざーす」

 この人達の敵に回したらいけない感、日々上がって行くならどうしよう。真剣に退部を考えた方が良い気がしてきたけど、そこで逆恨みを買っても面倒だ。結局どこにも行けない自分を思うとどうも悲しいが、今回ばかりは口を出すまい。必要以上には。

 何と言ってもこれは、探偵部部長の物語なのだから。


 次の日の昼休み、いつも通りの弁当後談義をしていると、ぴんぽんぱんぽん、と呼び出しチャイムが鳴った。

『あー、えーと、探偵部? 電話が来てるから即職員室に来るように』

 先生方にもあまり知られてないのか、探偵部。そう言えば顧問もいない。同好会だからだろうか。それともこの奇人変人コンテストと関わりたくない大人も多いからだろうか。南無三、そんな部にいる俺。弁当箱を各々持って、職員室に向かう。そこでは倫理の教師が困ったように受話器の口を押さえて立っていた。キツネさんはそれを受け取って、はいこちら探偵部、とおどけたような返事をする。百目鬼先輩が携帯端末を録音モードにして受話器にくっつけていた。後で俺達に聞かせてくれる――のだろうか。この人の情報は高くつくからなあ。恐ろしくも。

「では放課後に。それではごきげんよう、さようなら」

 失礼しましたとにっこり笑いながら礼をして、キツネさんは職員室を出る。部室に帰ると百目鬼先輩がスピーカーモードでさっきの会話を教えてくれた。

『しゃ、写真の二人を見付けた! 三年生の二人で、こちらで内申点や生活態度に罰点をつけるから、どうか内密に、内密に』

『そんな事は望んでいませんでしてよ、こちらは。見つけてくださればそれだけで良かったのに。拷問をするのはこちらの特許でしたのよ?』

『ご、拷問?』

『とりあえず放課後またそちらに行かせていただきますわ。本人たちからの謝罪と弁解は必定ですもの』

『わ……分かった、生徒指導室を空けておこう。教師も二人』

『あらそれでは拷問は出来ませんわね。勿体ない』

『君は――君は何なんだ』

『ただの進学しない高校三年生ですわ。では放課後に。それではごきげんよう、さようなら』

 『ただの』じゃないだろうと突っ込みたい。突っ込みたいが後が怖い。ほわーっと嘆息している乙茂内は、何故か目をキラキラさせていた。

「すごいすごい、相手のペース作らせない話し方! キツネさん、格好良いです!」

「女三姉妹で育つと舌戦が得意になるものよ、美女ちゃん。それじゃあ放課後に玄関に集合ね」

「はーいっ!」

「ほうほう女三姉妹っと」

「こんなところでまで情報収集せんで下さい……」

 ぐったりした気分で放課後を迎え、乙茂内と一緒に玄関まで歩くと、嫉妬を大いに含んだ視線を何本も受けた。と言うのも乙茂内が俺と手を繋いでスキップ気味に歩いているからだろう。迷惑なことだがどうせ行く先は同じだ。甘んじて受けよう。

 玄関に着くと二人はもういて、それじゃあ行きましょうか、と四人になる。目立つ四人だ。ミイラとキツネと美少女、そして犬の俺。一番立場が低いのは俺なのだろう。走れもしない犬。

 電車に乗って工業高校に入ると、事務室に続く玄関がある。そっちに行くと、昨日対応してくれた男の人の方が現れる。スリッパを勧められて、その間に事務室を出て俺達を案内してくれる。プレートを眺めながら他校は珍しいなと思っていると、生徒指導室。ここだ。

「その、なるべく穏便にことを済ませてくれると嬉しいんだが……」

「向こうの出で方次第ですね、それは」

 そしてドアが開いた。

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