第5話
「管理小屋みたいなところに無線機があったの。直そうとしても錆が酷くてそこにあった工具は使えなかったから、一旦戻って来たのよ。それとあなた達、昨日今日に忍び込んできたんじゃないんでしょう?」
「ッ」
「森の中には食べられる果実もあったし、実際食べかすらしき種もあった。複数ね。裏の畑は整備されていないけれどトウモロコシもある。その食べかすも落ちていたわ。一日二日の量じゃない。あなた達本当は山向こうの少年院から来たんじゃなくて? 山を越えて海を越えて、ここまで来たんじゃなくって? ――時効まで」
一気に話が飛んで、俺は頭が回らなくなる。百目鬼先輩は工具セットをキツネさんに渡していた。だからなんでそんなもん持って来てんだこの人は。ロープと良い、何かあると踏んできたとしか思えない。ごく自然にロープ出したからな、この人。
「ところで壊した倉庫のドアは誰が直してくれるのかしら。あなた達のご両親が弁償してくれる? くれないわよね。だからあなた達、おそろいの服を着てるんだから」
そう言えば三人は同じ服だった。濡れてて気づかなかったけれど。やっぱりそう言う――重大犯罪に関わったんだろうか。
そんなことも考えず、呑気に乙茂内は三人の口に自分のゼリー飲料を咥えさせていく。お前の分がなくなるぞ、と言ってみると、モデルにダイエットは付き物だよ、と言われた。そう言うもんなんだろうか。
「とりあえずその潮臭い頭を洗ってらっしゃい。――ああ、そう」
びくっと震える三人。小柄な奴が咥えていたゼリーを落とす。百目鬼先輩は一応刃物を向けたまま、三人のロープをぎゅっと引っ張る。窓には俺、玄関方向にはキツネさん、バスルームへの通路は乙茂内が塞いでいる。
「ここで幸せに移住することは出来ないわよ。夏は平気でも冬は雪も降る。果物も取れない。漁船も立ち止まらないような場所じゃあ、ね。だからあなた達は衣食住がしっかりしているところでもう少し考え事をした方が良いわよ。勿論脱獄方法じゃなくね。耳目ちゃん?」
「はいはい衛星通信可能な携帯なら持って来てますよ。三人がお風呂の間に各所には情報行ってますよー。さあ子供たちよシャワーを浴びるが良い。そして着替えはない」
くけけ、と悪笑いする百目鬼先輩である。この人達に怖い物はあるんだろうか、時々思う。乙茂内はまだしも。と思ったら乙茂内の手にもペティナイフが握られていた。お前。美少女読モ殺人犯とか情報が多い。
「この一帯は時化になると堤防をすぐに抜けるほどの水が溜まるの。それもお爺ちゃんがここに別荘を建てた理由。見えなくなるような小島だから、秘密を隠しておくには丁度良かったの」
ガキどもの次にキツネさんがバスルームに入る。その間に乙茂内は一度部屋に戻り、何か持って来たようだった。
「だから、それが音無島の宝なんだろ」
まだ唇を尖らせている、ガキだ。少年院って入るのには結構な犯罪を未成年で犯してなきゃならないと思うんだが、それほど恐ろしさも感じない。粋がるガキにしか見えない。
「それはね、これだよ」
乙茂内は金庫のダイヤルを合わせて、色あせた紙を出す。紙じゃないな、何か入ってる。俺も実物を見るのは初めてだが――。
「音楽データのダウロードが主軸の今じゃ知らない人も多いけど、レコードって言うの。お爺ちゃんの亡くなった奥さんって歌手だったからね、それにブロマイドなんかも集めて、ここで楽しんでた。それがお爺ちゃんの、何よりも宝物だったの」
インテリアかと思ったレコードプレイヤーのコードをプラグに差し、乙茂内は手のひらから小さな箱を取り出す。昨日の待ち合わせの時に乙茂内が百目鬼先輩から貰っていたものだ。それをレコードプレイヤーに押し込み、一枚のレコードを掛ける。歌謡曲、と言うのか、最近のポップスとは異彩を放っていて、何と言うか濃ゆかった。重い。演歌とかとも別に。
「なんだよこれ……こんなもんの為にッ」
ぺしーんっと俺は高校生ぐらいの奴の頭を叩く。
「思い出は絶対だ。誰にも口を出すことが出来ない。お前らが何をしたのかと同じように」
すると一人がボロボロ泣き出した。
「俺、父さんと母さんに殺されそうになって、夢中で抵抗してたら逆に母さん刺してて……父さんに殴られるのが怖いから、父さんも殺しました」
「僕はお祖父ちゃんの介護の事で家族がぎすぎすしてるのが嫌で、人工呼吸器のスイッチを切りました」
「俺は――コンビニでキー刺さったままの車見付けて、乗ってみたくて、そのまま三人轢き殺した……」
一人ずつ告白していくのに、うん、うん、と乙茂内は頷いていく。理屈は解らないが、理解しよう勤める姿勢だ。俺は何も言わない。やがてレコードが終わり、乙茂内はそれをひっくり返してまた掛けた。人情物だ。たしかこっちはB面と言うのだと聞いたことがある。
「もう一回ぐらいしたかったな。海水浴」
ぽつりと言う言葉に、バスルームから出て来てなお水着姿のキツネさんが言う。
「今日みたいな日は止めておいた方が良いわよ」
ヒヒッと各所に電話を入れていた百目鬼先輩が笑みを浮かべる。
「『引っ張られちゃう』からねぇ……盆明けでもね」
とびっきり悪趣味なジョークだった。
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