第6話

 次の日はなんとかひとかけ青空が覗けるところで、警察の船が届き、三人はそれぞれに乗せられていった。ぺこりと頭を下げる二人。ふんッと照れたような一人。キツネさんがあらかたの概要を話し、部活の名前を聞かれた彼女は綺麗なワンレングスを揺らして答えた。

「探偵部と言いますの」

 呆れた顔を見たのは、俺だけではあるまい。ヒッヒ、と喉を鳴らす百目鬼先輩、ちょっと赤くなる乙茂内、もう無我の境地に達している俺。それぞれがそれぞれに、その名を誇った。のかもしれない。何とも言えない。

 そして聴取が終わったら、やっと念願の海に繰り出した。まだ少し空は暗いけど、海水浴が出来ないって程じゃない。無線もキツネさんが無事直したから(どこで培った技術なのかは不明だ)何かあっても安心だ。ちなみに直ったかのテストとしてキツネさんは寿限無を唱えたそうだ。本当どこでそう言うの覚えて来るんだろう。この人は。Eテレか? 教育テレビなのか?


「ど、どーかな哮太君、似合うかなっ」

 下手をすれば勝負下着に見えないこともないふりっふりの乙茂内の水着は、黒地に白のレースがいっぱいで可愛かった。いつもと違って髪を纏めているのも良い。そしてビキニ。ちょっとぽっこりとした腹に縦筋のへそ。思わずじっと見つめていると、なんかやらしいよと言われた。否否。そんな可愛い水着で来られたら。

 ちなみにキツネさんはパラソルの下に寝転がって身体を焼いている。元々焼けない体質らしいが毎年の挑戦なのだそうだ。色白の方が似合うと思うんだけどなあ。そして百目鬼先輩は同じようにパラソルの下で『フーコーの振り子』下巻を読んでいる。ちなみにこの殆どは百目鬼先輩の巨大なエコバッグ、もといトートバッグから出て来たものだ。ビーチパラソルって案外入るんだな。

 そんな事は後にして、今は海だ。水中眼鏡は自腹で買った。この日の為に。俺だって楽しみにしていなかったわけはないのだ!

 ちょっと濁った海の中、それでも海草がうねり海藻は踊る。乙茂内は髪が崩れるので水中眼鏡を使わず裸眼で海を見ていたが、目が合って。にこっと笑われた。ちょっとだけドキッとして、でも俺はそんなに素直な性質ではないので、水鉄砲の要領で水流を向けてやる。すると背中から出されたのは。エアー充填済みの水鉄砲だった。遊びではない。遊びではないぞ、これは。

 一度上がって酸素を吸うと、近くをふよふよさっきのタイプの水鉄砲が浮いていた。岸を見ると百目鬼先輩がぐっとサムズアップしているのが見える。これも持って来たのか、しかも二丁。よし、戦ってやろうではないか、そのガンで。海水を入れてしゅこしゅこエアーも充填、上がって来る乙茂内に照準を合わせた。

「っぷは、もー逃げるなんてずるいよ哮太君! ってきゃっ」

 その顔に水しぶきを当ててやると、きょとんとしたあとで、戦闘モードのにやーりとした顔になる。これを引き出すと怖い。だがその恐怖も、この二日の払拭には丁度良いぐらいだ。

「ていていていっ!」

「うおらあああ!」

「ひゃー、顔は止めてー!」

「英語問一、『した方が良い』は!?」

「ええっいきなりのテスト!? えーと、ハフ! ハフトゥー!」

「問二、『いらっしゃいませ』の意訳!」

「め、めいあいへるぶっ」

「顔面セーフ!」

「全然セーフじゃないぃっ!」

 ウォータープルーフでも落ちる時は落ちるんだよ!と叫ばれて、俺は何の価値もない己の身体を打たれまくらせていった。

 まあ、良い。

 乙茂内もキツネさんも百目鬼先輩も皆楽しいなら、それで良いだろう。

 切れた靱帯もこのぐらいは出来るのだから。

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