第八部 第1話

「そー言えばもうすぐ夏休みですねえ」

 乙茂内が言ったのは夏休み前の七月半ば、昼食時だった。例によって俺はおにぎりと弁当、百目鬼先輩はコンビニスイーツ、キツネさんは稲荷ずしを三個。乙茂内の弁当箱も小さいが、男子より皮下脂肪が必要だろう女子はこれで弁当が足りるのかと、つくづく思う。思うだけで分け合いッこはしないが。他人の弁当に箸を向けることはあまり良くない。男女的な意味でも。過去的な意味でも。

「何か計画があるのかしら、美女ちゃん」

 見透かした細い目でキツネさんが乙茂内を見る。乙茂内はどうして分かったのか解らないという表情で目をぱちぱちさせていた。可愛い。じゃなくて。

「何だ、海でも行くのか?」

 このシーズンと言えばそうだろう、見当を付けるとぱちぱちした目が今度はこっちを向いた。え、え、と乙茂内はきょろきょろして、最後に百目鬼先輩を見た。珍しくゼリー飲料タイプのこんにゃくを食いながら、ひひひっと百目鬼先輩は笑う。

「そんなあからさまにそわそわして食後に話題に挙げられたら、誰だって何かあるって気付くよー。シーズンからして海って言うのも想像しやすいしねえ。嘆かわしいぞ探偵部員・乙茂内美女! で、どこ行くの? 近場? 思いっきり遠出?」

「そ、そんなに顔に出てました? うわー美女恥ずかしい……海って言うか、島なんですけれど」

「島?」

「はい、先日遠縁のお爺ちゃんが亡くなったんですけれど、その人が従兄のお兄ちゃんに遺した島で……乙茂内、音も無い、音無おとなし島って呼ばれてるんですけれど、そこにみんなを招待したいなって」

 駄目かな、とまず俺を見上げて来る乙茂内。いや決定権は先輩か部長にあるだろう。一年生キッズに同意を求めるな。俺はちらりと百目鬼先輩を見る。相変わらず顔は完全に隠されているので表情は読めないが、口元は笑っていた。時々本当にミイラじゃないかと思う。

「ここだね? 音無島」

 いつの間にか検索をしたらしい、新型携帯端末の大画面の小さな島に、周りの地名も合わせているのか乙茂内は、はいっと少し間をおいて返事をした。キツネさんは三個目の稲荷を食い終えて指をぺろりと舐めた後に、良いんじゃないかしら、と見もせずに言う。高校生の行動範囲なんて大したことはない、ほんの五十キロ圏内だ。電車で行けば財布もそんなに痛くはない。


 と言うわけで盆明けの俺達はちょっと悪い天気の中、百目鬼先輩を待っていた。まだ包帯を巻いているらしい。そこまでして隠したい秘密があるのかは置いておいて、水着とか着れるんだろうかあの人は。身体を焼くにも適してない。

「島側に行っちゃえばプライベートビーチだから何でもできますよー。屋敷も従兄のお兄ちゃんが食事は調達しておいてくれたって言うから大丈夫だと思いますますっ。六LDKの結構広いお屋敷だそうで……美女も昔来たことあるらしいんですけど全然覚えてないんですよね。亡くなったお爺ちゃんは覚えてるんですけど。美女はお婆さんによく似ているねえっていっつも頭撫でてくれました」

「まあ、焼けちゃうぐらいラブラブねえ」

「ラブラブだったのは数年で、早世しちゃったんですけれどね、お婆ちゃんの方は。だから余計似てるって嬉しそうにしてました。お正月のあいさつに行った時もにこにこしながらそっくりになっていくねえって。……その頃はもう病気の告知もされてたんですけれどね。遠慮しなくて良いからおいで、って言ってくれて……美女は似てるのなんか天パーぐらいだと思うんですけれど」

「髪は結構重要よ、美女ちゃん。私だってこの髪で何度因縁を付けられたか……全員釘バットで倒して行ったら誰にも言われなくなったけれど」

「……冗談ですよねキツネさん」

「さあどうかしら。それより悪天にならなきゃ良いけれど。私このワンピースの下水着しか着てないのよね」

 白いワンピースだから下着もとい水着も白だろう。すらっとした長身のキツネさんは清楚系の水着が良く似合いそうだ。と、思わずその胸を見ていると、乙茂内に足を踏まれた。しまった、この部俺しか男いないじゃん。独り占めじゃん。読モとミイラとキツネの独り占めじゃん。あんまり嬉しくないハーレムだな。まあ乙茂内の水着は楽しみだが。キツネさんと百目鬼先輩がどう来るか、それが心配だ。

「おーいお待たせー!」

何が入ってるか分からない巨大なエコバッグを抱えて、百目鬼先輩が向こうから走って来る。ふぃ、と息を吐いているが包帯に乱れはない。どうなってるんだ。まさか身体に張り付けてる? そんなばかな。

「はい、美女ちゃんお探しだったもの」

 ぽん、と乙茂内の手にマッチ箱ぐらいの小さな何かが乗せられる。

「ありがとうございます百目鬼先輩、美女こう言うの売ってるところ全然解らなくてっ」

「なんだ? 随分小さいが」

「ふふんっ、まだナイショっ!」

 口元に指を当てて笑いながら、乙茂内は券売機に向かう。

「まだ磁気カードじゃない所ってあるのか……」

「ここも夏休みは無人駅だしねえ。田舎ではよくあるよ、そんなカルチャーショック」

 確かに町はずれのこの駅は俺達にあまり浸透していない。街中にもう少し近代的な駅がある所為もある。電車通学の生徒はそっちから学校に向かうから、この駅もそろそろ役目を終えかけているのかもしれない――と、渡された切符は結構でかかった。特殊紙独特のさらさらした手触り。もう少しはあってくれても良いな、なんて思う。

「二・三十分だから景色見てればあっという間ですよっ」

「二・三十分はあっという間か?」

「んーでも美女、町の景色が段々海に浸食されてくの、好きだけどなー」

 都市部に向かうモデル事務所と学校とスタジオと家と、四角に動く乙茂内には確かに珍しいのだろう。俺も珍しいと言えば珍しい。学校のプールは水泳部があるのに何故か使えないし、海なんて小学校ぶりじゃないだろうか。そう思うと多少うきうきした気分にもなって来る。ほらここっと乙茂内が言うと同時、車窓は真っ青になった。

「すっげ……」

「まあ」

「おおー」

 三者三様の瞠目に気分を良くしたのか乙茂内はふふんっと胸を張って見せる。触ろうか。自然に頭を流れて行った思考にぶんぶん頭を振る。俺は何を考えているんだ。水着は見れるんだから良いじゃないか。三泊四日の独り占め。ミイラとキツネもいるが、それはまあ良いとしよう。どっちも仮にも女子だ。乙茂内特別扱い禁止法令可決。

 そうして俺達の、探偵部の探偵部らしい夏休みが始まった。

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