第2話

「うにゃー、やっぱり天気悪くなってきたねえ……」

 百目鬼先輩の言う通り、音無島の最寄り駅に辿り着くと、海はいくらかどよんとして、雲も厚く垂れこめるようになっていた。島は存外近く泳いで行けそうな距離だが、流石に危ないだろうと言う事で交渉に一番向いている――一般人と言い換えられる、俺が担当した。近い島だから良いよ、と言ってくれた漁船のおっちゃんに礼を言って、三人を呼び寄せる。うっと一瞬唸ったのは多分百目鬼先輩の格好だろう。ミイラ現代の服を着る。まさにそんな感じだったから、足元には注意してね、といくらか怯えた声に注意された。怯え。本当の所その下には何も書いてない――はずだ――が、やはり異常に見える。いつかの君主論の講義が頭に蘇った。そう、書いてあると思わせるのが大切。何でもかんでも。実際書いてたこともあるらしいが、面倒になってすぐPCのクラウドにデータ化して入れるようになったらしい。まあ弱みを握られているのには変わりないのだが。乙茂内のアイプチとか。

 船で二分ほどの音無島は本当に近かった。だが屋敷と呼ばれていた場所はちょっとかなり襤褸で、雨でも降りそうなので屋根の補修は俺が買って出た。幸い材料と思われる瓦は、山ほど転がっていたので、それで危なそうな場所を接いでいく。ふと、森の方に――森もあるのだ、資源豊富の小島である――少年じみた影が見えた。きょとんとしてしまう。ここは乙茂内家の所有じゃなかったか?

「おーい」

 声を掛けると影は逃げて行く。

 なんなんだ、一体。

 子供は子供、俺達より下の中学生ぐらいに見えたが、なんだってこんな所に子供がいるんだろう。

「――てな訳ですよ」

 電線も揺れる台風並みの温帯低気圧の中、乙茂内の従兄が用意してくれていたのだろうレトルト食品を食べながらそんなことを話すと、やれやれ、といった様子で百目鬼先輩に肩を叩かれる。

「幽霊だとしても怖いし実在されてもさらに怖い話をしないでくれないかな、哮太君……」

 レトルトシチューのキツネさん(稲荷ずし以外も食えたのか)、スティックメロンパンの百目鬼先輩、ゼリー飲料の乙茂内にカロリーメイトの俺は、どうやらどっかで地雷を拾ったらしい。そう言えばみんなの私服見たの初めてだなーなんて吞気に思いながら、少し震えている乙茂内の手に気付いた。

「ここ、来ようと思えば誰でもこれる場所なんだよ。玄関以外でも裏木戸とかガラス割って侵入とか古典的なのまで。どうしよう、誰かいるなら怖いな。そんなつもりでみんなを連れて来たんじゃないのに」

「まー屋根は接いだから大丈夫だろう。みんなで部屋を回って異常がないかも見て、裏木戸もちゃんとしまってるか見て。大丈夫だ乙茂内、俺達が何者にされたのか思い出せ」

「……探偵」

「そ。謎を解くのは探偵の仕事だ。逃げてったって事は後ろ暗い所があったって事だろう。表立って俺達の前に出られないような事情持ち。となると、思い当たるのは?」

「……山一つ越えた所にある少年院」

「そんなのあるのか。こんなのどかな港町の山向こうに」

「森林が多い方が良いんだって。フィトンチッド――植物が自分の周りにある草や木の成長を抑制させる天然の除草剤なんだけれど、人間にはパワースポットになるから心穏やかに暮らせるんじゃないかって、実検してるって聞いた」

「あたしも兄貴から聞いたことあるな、実検少年院。ま、そこから逃げた奴がいるんじゃ効果なんて怪しいもんだけど」

 兄がいるのか。初めて知った。やっぱりミイラになるの手伝ってくれてるんだろうか。そんな妹は全力で止めて頂きたいのがこちらの本望なのだが。

「一人か複数か――それが問題ね」

 シチューをぺろりと綺麗に食べ終えたキツネさんが言う。

「こちらはか弱い女子ばかりなのだし。いざという時は哮太君に頑張って貰わなくちゃ」

「いざという時を断定的に言うのやめて下さい。四面楚歌ですか」

「み、美女も頑張るよっ!」

「お前は守られてろ下さい。身体全体商品なんだから」

「その言い方なんかやらしい……」

「とにかく、俺が頑張りますよ。毒皿だ」

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