第10話 浄化の技術


闇が重たく空を覆い、黒い雲に遮られた月は弱々しく光を照らす。


うっそうと茂る森の中で、少し幼さの残るカチュアの声が聞こえてくる。魔術の詠唱だ。


「import bright, fillerpha, ishtar.」


カチュアは、十字をあつらえた長い杖を手にしている。赤いタイトなスカートからスラリと伸びた手足、褐色の髪が肩でゆらゆらとゆれる。少しづつカチュアの足元に薄い光が集まってきた。


「Class Punishment. method enforce. args ... soil, blood, ashes, dust」


服装と武器からして教会に所属する聖職者に見えるが、武器もスカートも正規の装備ではない。


(お兄ちゃん、宣言完了したよ。安定するのに時間がかかるからあと1分ちょうだい。)


カチュアは10メートル先で戦闘に入っているゼンに魔術を使った思念を送った。特定の相手に短いメッセージを一方的に送るのみの技術で、伝達範囲もわずか10メートル程度。しかし魔術の詠唱中に、仲間への伝達メッセージ程度であればそれで十分だった。


「define mysoul. bright.pray.start into mysoul. 」


詠唱が続き、カチュアの足元に白熱の球体が浮かび上がり宙に上がっていく。手にした杖の先端、十字架上の打突部に白熱球体がボウっと留まる。光の玉は少しだけ揺れたかと思うと、すぐに強い光を放つ。やがて光の球体を中心に風がまきおこる。


(お兄ちゃん!こっちはOK!いつでも大丈夫)


そして次の瞬間、茂みの中からゼンが飛び出してきた。激しい戦闘を思わせるように肩で息をしている。


「カチュア!手負いが一匹、思ったより速い!」


ゼンが叫んだ直後、追いかけるように黒い影が立ち現れた。


そこには、ただならぬ気配をたたえた生き物があらわれた。夜の中に赤く光る目。隆起した筋肉。今にも獲物に飛びかかろうとする姿は、既に人の何かを捨て去った禍々しさをたたえていた。


吸血鬼だ。


「タイミングぴったりよ!お兄ちゃん!!」


「気をつけろ!素早いぞ!」


「Target himself. mysoul.until.disappear args himself」


カチュアが詠唱を続けると、光の球体は勢いよく吸血鬼の懐に飛んでいき、一気に発光した。光はたちまち吸血鬼を覆い尽くす。


「うが、ああぁっぁぁあ」


発光がやむ。吸血鬼は両膝を地につき力なく身体を支えていた。そして先ほどまで狂気の光を放っていた、目の赤さが消えていた。


カチュアの得意とする神聖魔法の中でも最高難易度を誇る「浄化イクソシズム」だ。邪悪に囚われた闇の住人の精神を浄化することで、肉体を消滅させることなく正常化させる魔術。古来よりエクソシズムとも呼ばれる技術。罪のみを浄化させる概念は、他の宗教の概念などをとりいれる必要があり、教会からは禁呪と認定されていた。


「やった!うまくいった!」


カチュアが喜びの声をあげた。光の球体につつまれた吸血鬼はがっくりと膝から崩れた。狂気に満ちた赤い目は、少し濁った白い目に戻りつつあった。



しかしその直後、吸血鬼の目に一瞬で赤みが戻り、地面を大きく蹴るとともに、カチュアめがけて狂ったように突進してきた。


「ぐがあああああ」


成功したと思い油断していたカチュアは、あわてて詠唱の準備をするが、吸血鬼の突進力にはとうてい追いつかない。


「失敗した!?なんで!!!」


吸血鬼の猛烈な一撃がカチュアに迫り来るその時。まるでボールが壁に跳ね返るかのように、吸血鬼の体は突進してきたスピードと同じ速さで真横に吹き飛んでいった。


「カチュア!怪我はないか?」


「お兄ちゃん!」


ゼンはスティレットと呼ばれる短剣で、吸血鬼の心臓を一気に片手突きしていた。スティレットは刺突用の短剣で、その用途は鎧の接合部や関節部を狙うためにあり、刀身は長めにとってあり刃はない。貫通力を高めるために固く研ぎ澄まされた先端が特徴だ。


ゼンは持ち前の身軽さとスピードで敵の懐に潜り込むと、強烈な片手突きでスティレットを相手の体に突き立てるのだ。心臓を撃ち抜かれた吸血鬼は、その場で絶命した。ちょうど心臓に杭を打ち込まれたかのように。


「ありがとう、お兄ちゃん。ごめん、わたし、また失敗しちゃった。」」


「いや、もう少しだったな。それにカチュアに注意がむいてたから、オレも懐に潜り込めたんだ。こっちも助かった。」


「ありがとう兄さん。あともう少しなの。肉体の浄化ではなく、魂の浄化をするには。。。あとちょっと経験が必要みたい」


「そうか。とはいえ今日も上出来だ!カチュアの魔法も上達したしな!きょうはひきあげて町に戻るか」


ゼンは機嫌よく愛剣スティレットを鞘にもどすと、よしよしとカチュアの頭を手のひらで荒っぽく撫でた。


「ちょっとやめてよ兄さん。もう子どもじゃないんだから!」



禁呪を使った吸血鬼への生体実験。そこまで手を出して成功させようとしているのは解呪の薬品精製だった。


ノーライフパウダーが錬金術で精製された粉であれば、精製の過程で必ず魔術をこめる。ならば錬金精製の過程で浄化魔法をこめることで、人工的なクリーチャーにかけられた状態異常を解除できると考えているのだ。つまり人工的に産み出されたのなら、人工的に元に戻せば良い。


ノーライフパウダーの精製過程を知るためにも、父に会わなければならない。



ゼンとカチュアは滞在する町まで戻った。




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