第9話 追憶の夢 ノーライフパウダー


父を捕縛するとそれ以外には何の興味もないかのように、吸血鬼たちは立ち去っていった。彼らの目的を達成するために犠牲になった村や、冷たくなってしまったサイファーのことを考えると、ゼンは耐え難い憎悪にとらわれた。


それからカチュアのことを思い出し、妹の名を叫びながら焼け落ちた村を探して回った。


幸い、カチュアは無事だった。村の老人たちが命をかけてかくまってくれたのだ。ゼンと再会した時、カチュアは大声で泣いた。父が連れ去られたことを告げると、呆然として更に泣いた。しかし、カチュアは父が別れ際に手紙を託していたことをゼンに伝えた。


「これ、お父さんが。お兄ちゃんと一緒に読みなさいって」


「父さんが・・・」


父が愛用している筆と藍色のインクで書かれた手紙は、急いで筆をしたためたような筆跡で書かれていた。村の異変を感じとって、最後に書いたのだろう。


手紙にはこう書かれていた。


「ゼン、カチュア。父さんはやっかいな連中に追われている。この村に来る前、私が錬金術で偶然生み出してしまった薬が原因だ。


ノーライフパウダーと名付けたその薬は、人間を生きたまま吸血鬼に変えてしまう効果がある。連中は薬の精製方法を知るために父さんを追いかけている。やつらが国なのか組織なのかすらわからない。


その逃避行の途中で母さんに会った。そしておまえたちが生まれた。母さんもおまえたちも父さんは宝に思っている。生み出してはいけない薬をつくった償いに、父さんはこの村で怪我人の治療をしていたのだが、母さんには耐えられなかったんだろうな。今ではすまないと思っている。


ゼン、カチュア。伝えたいことはたくさんあるが、もう時間がない。この村を出ていった母さんを探せ。家の地下に蓄えを用意してある。


おそらく父さんはもう会えないだろう。母さんはテトという国の」



手紙はそこで終わっていた。


父の最後の言葉が綴られた手紙は、ひどく断片的で一方的だった。家族より仕事に没頭した父らしい手紙だった。





父と村を失ないとりまく全てが一変した兄妹は、母を探してテトという国へ旅立った。すぐに母は見つかったが、既に墓の中に入っていた。 また一つ、大事な家族が失われた。


父が残した蓄えを糧に、兄妹はしばらくテトに住んだ。そうして肉体的にも精神的にも少しづつ成長した。自分たちの歩ける距離が伸びていくにつれ、国から国へとまたぐようになり、失われた父の行方を辿れるような生活力が備わった。


ゼンは20歳になると傭兵になった。腕を磨くことが目的だった。それに、いろんな国の戦争に参加することで、父とノーライフパウダーの行方が見つかると思ったのだ。その傭兵生活で知ったのは、正規軍による民間人の虐殺と略奪、ノーライフパウダーに似通ったような生物化学兵器の存在だった。


ゼンは4年間、戦場を転々とした。その間、体を欠損することもなく、ましてや死ぬこともなかった。彼の戦闘技術がそうさせたのか、生き残るための嗅覚がそうさせたのか。


傭兵として見てきた正義や邪悪のすべてをひっくるめると、あの時の村での虐殺は時にちっぽけな事件にしか見えないこともあった。それでもなお、ゼンは問いを繰り返し追い続けた。


父は生きているのか?ノーライフパウダーは世界に存在しているのか?


どんな戦場でも生き残れるだけの技量を身につけた頃、ゼンは成長したカチュアと再会した。


カチュアのほうは、父の残した蓄えとゼンが傭兵で稼いだ金の支援もあり、ある魔術学院に入学した。カチュアは村人の虐殺を目の当たりにしながら、性格が破滅することなく、前向きに歩むことを選んでいた。学院では神聖魔術を専攻した。兄妹の目の前に広がった現実を切り開くための希望が、彼女に神聖魔術を選択させたのかもしれない。


魔術学院を卒業すると、カチュアは正式にビショップの修行を積んだ。ゼンと再会した時、彼女は神聖魔術の使い手になっていた。子供の頃からの屈託のない明るい性格のままに。


カチュアがビショップの修行を納めた頃、ゼンは傭兵をやめ、兄妹は再会した。ふたりは、世界各地を転々としながら、父の手がかりを探る旅を続けた。


そして、キルトリアという国に行き着いた。その国は、騎士団が派遣されて吸血鬼の駆除が大々的に行われているとか、吸血鬼たちが手先を増やすために何か薬を使っているという噂が蔓延していた。


人間を生きたまま吸血鬼に変える薬「ノーライフパウダー」。


父が生きてその薬を作らされているのか。ゼンたちの追跡は薬が使われた痕跡をつかみはじめた。


キルトリアでは吸血鬼の増加が深刻になっている。ノーライフパウダーが使われているのかどうかはわからない。しかしどちらにせよ、真相はこのキルトリアの地にあり、事件の中心に父がいる。





そうしてゼンは長い悪夢から覚めた。


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