第11話 インスタントクリーチャー

その頃、兄妹が拠り所にしていたレストランでは、ダイアンが店を閉めて一息ついていた。エプロンをはずしカウンターに軽く腰掛けるとビールに口をつけて深呼吸をしてみた。よく冷えたビールが疲れた身体にすっと入ってくる。


(あのふたり、どうしたかしら。お兄ちゃんのほう。好みだったかも。ふふふ。)


ダイアンが出会ったばかりの兄妹を思い出し少し笑った。



その時、冷たい空気が背中をなでた。悪寒がして振り返ると、鍵をかけたはずの店のドアがいつの間にか開いている。ダイアンは反射的にカウンターに飛び入ってナイフを手にとった。


「こんばんわ。ダイアン」


いつの間にか、店の中央にラウルが立っていた。


狼のように獰猛な男。吸血鬼から村人を守ると称してショバ代をまきあげるチンピラの元締め。冷徹な性格で平気で人を殺す恐ろしい男。ダイアンは恐怖を紛らわすためにもナイフの柄をグッと握りしめた。


「ラウル!あんたどっから!」


ダイアンの震える声を聞くと、ラウルは満足げにニタリと笑った。


「あの兄妹はどうした。チャラけた剣士と血の気の多いビショップのハンターふたりだ」


「知らないわ。あんたたちと揉めた後に店を出たっきり会ってないわ!」


「そうかそうか。それならここで待つとしようか」


ラウルは不気味な笑みを讃えて店の奥のボックス席に腰を落ち着けた。


「もうお店は閉店したの!出ていって!」


「・・・なに気にするなよ。ちょっとした余興でもやりながら気長に待つさ。」


ラウルが指をパチンと鳴らすと、手下の男たちがドヤドヤと店に入ってきた。


「ひゃっはは。昼間の姉ちゃんだ!ケケケケ」


「へっへへへ。会いたかったぜぇ!」


ラウルの手下が3名、ギラついた目を血走らせながらダイアンに近寄ってきた。


「ちょっと!ラウル!!あたしはあの人達とは無関係よ。今月と来月のショバ代も払うから!出ていってよ!!」


ラウルはダイアンの悲痛な叫びなど聞こえないかのように、鼻歌を交えながら店の奥からビールをとりだし勝手に飲み始めた。


手下の一人がダイアンの手をとり、頬ずりをしながら不快な猫なで声で言い寄ってきた。


「なぁつれないことすんなよ。俺らと楽しいことしようぜえ。き、きれいな肌だなぁー。血を吸わせてくれー。」


「なにこの変態!まさか!あなたたち吸血鬼に。でもお昼は普通にお日様の下を歩いていたじゃない!」


下卑た男たちが、ダイアンを取り囲む。目は赤く、狂気に満ち満ちていた。


「ひゃはー!おれは新種なんだぜー。なぁなぁラウルさんのクスリをキメれば、おまえも仲間になれるぜ。」


「やめてよ変態!おねがい!!離れて!!ゆるして!」


ラウルは、手下たちの狼藉を気分良く眺めつつ、ビールを片手にホールを軽くステップをする。彼女の悲鳴と手下の怒号をアンサンブルとして踊りを楽しむかのように。


「どいて!!あたしの店よ!!出ていって!!!」


ダイアンが男のひとりを力いっぱい突き飛ばした。無様に突き飛ばされた男を見て、他の男達がゲラゲラ笑う。


「ま、お仲間になるまえに、ちょっと楽しむことは楽しんどこうぜ。おまえも人間辞める前にへへへ。」


「あのクスリはイイぜぇ?おまえもブッ飛べるからよぉ。泣きわめく女をキメながらキメるのはそりゃもう・・・げげげ」


手下たちが淀んだ目でにじり寄ってくる。ダイアンは遅いくる暴虐に耐えられずに目を固く閉じた。ラウルはその様子をさかなに、上機嫌に酒を煽り奇怪なダンスを踊り続ける。



その時。レストランの扉が勢い良く開け放たれた。


「あー。くせぇ!」


ゼンだった。その後ろにはカチュアがついていた。


「くせぇ!くせぇなカチュア!」


「そうね。洗ってない犬の匂いがするわ。」


「またてめぇらか!」


ダイアンを取り囲んでいた男たちが睨みつけてくる。ゼンはゆっくりと男たちを見回して、見下したような眼差しを向ける。


「おれはな、おめぇらみてぇなクリーチャーが反吐が出るほど嫌いだ。ちょっと力を手に入れたくらいで、粋がってもとの仲間だった人間をいたぶり始める。くせぇんだよ。カスみたいな人間だったやつらはいつもそうだ。全員ぶち殺してやるから覚悟しやがれ。」


ゼンがスティレットをスラリと抜いて構える。一般的に、スティレットは補助武器程度の位置づけだが、ゼンの場合は近接戦闘用に強化したメイン武器として扱っている。そのため、相手の急所を一撃で撃ちぬけるように芯を強くしている。特にゼンの使う、マイトモータル社の刻印のあるスティレットは、ドラゴンの鋼鉄の鱗に突き立てても歯がとおるほどの貫通力と、折れない強度をもっている。超一級品の短剣だが、製造元のマイトモータル社は既に会社を解散しており、現在では生産していない。品質の高さと在庫が存在しないことから、マイトモータル社のスティレット自体がいまや希少な工芸品となっているほどだ。


「気をつけろ。心臓をぶちぬかれた吸血鬼の死体が見つかっている。たぶんあいつの仕業だ。」


ラウルが冷たい声で激をとばす。ラウルの声に一瞬気を取られたとりまきの男のひとりに、ゼンは疾風のように走りより、一瞬で間合いを詰め、身体を後方にグッと反らし、全身をバネのようにしスティレット突き立てた。


鋼鉄の槍を凌駕する一撃は、吸血鬼の心臓をぶち抜き飛散させた。


スティレットを突き立てられた男が後方に吹き飛ぶ。男はピクリとも言わずに壁に埋め込まれ絶命した。


そうしてゼンが怒鳴りつける。


「吸血鬼ってのはな、誇り高き眷属じゃねーのか?美女の生き血を魅了して吸うんだ。かっこいいな!オレもそうしてーくらいだ。」


「ちょっと!!お兄ちゃん!!何言ってるの!!」


「でもな、てめーらがやってんのはなんだこのクズどもが。美女を魅了するどころか無理やり襲ってるだけじゃねーか?吸血鬼になってまで、やってることは人間の時と一緒かクズが!!眷属の誇りはどうした?」


「なんだとこのやろう!!」


「こんだけ罵倒されて返す言葉はそれか!おまえは犬か?畜生か?なら泣け!わめけ!!そして死ね!」


「うるせーんだよ!俺らは選ばれたなあ」


ゼンがまたもや相手が反応する間もなく一瞬で距離を詰めたかと思うと、男のふところに入っていた。何か言葉を発する前に、強烈な一撃を撃ち放つ。男は奇妙な姿勢に上半身からへし折れた。ゼンの一撃が吸血鬼を背骨もろとも粉砕したのだ。


「カチュア。こいつを見せしめに消滅させろ。跡形も残すな。」


「まかせて!!さっきの詠唱でとりこんだ教典ライブラリはキャッシュが効いてるからねー!ノータイムで撃てるよ!これが気持ちいいんだよねー!!」


カチュアは詠唱することもせず、杖を小さく一回りさせる。背骨がへし折れてもなお、強靭な生命力で生きながらえる男にとどめをさそうとする。芋虫のように這いずる男のまわりに光の円陣が出現する。光が円の中心に集約されると、青白い炎が勢い良く立ち上がり、男は断末魔の叫びをあげながら焼かれていった。


「はは!!いい感じに焼きあがった!!クズを更生する浄化イクソシズムは難しいけど、消滅させるのは簡単ね!」


不浄な生き物を存在ごと消滅させる光の処刑パニッシュメント。夜中に訓練している禁呪の浄化イクソシズムと違い、化物相手にビショップが使う正式な魔術だ。


「テメーら、クスリで吸血鬼化した半端モンだっつーのはわかってんだよ。ほらかかってこいよ?選ばれた存在なんだろ?人間のときはクソみたいなもんだったくせに、吸血鬼になったらエリートづらか?このインスタントクリーチャーが!」


ゼンが情け容赦なく挑発する。様子を伺っていた手下の一人が、腰から下げた剣を抜き、ゼンのほうに向かって叫ぶ。


「おまえに、おれたちの苦しみがわかるか!利き腕を怪我した運の悪い傭兵はなぁ、戦争が終わればお払い箱になり物乞いになるしかなかったんだよ!戦争がおれたちを食い物にしたのなら、おれは戦争を食い物にして生きてやる!たとえ化物になろうともな!わかるか!」


「フン!敗残兵か。おまえが絶望するのは勝手だがな、境遇がおまえをそうさせたんじゃない。本質がクズなんだよ。クズだから魂を売り渡すし、中途半端な吸血鬼になれば、女をいたぶって陵辱しようとする!」


挑発にのって斬りこんできた吸血鬼は、怒りに任せてゼンに斬りかかるが、詠唱を省略したカチュアの光の処刑パニッシュメントであっけなく消滅した。


ゼンは残ったラウルに切っ先を向ける。


様子見を決め込んでいたラウルが、満足げに睨みつけてきた。


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