第2話 旅をする兄妹

古びたレストランの片隅。ゼンは目をしかめながらその新聞記事を読みふけった。向かいの席に座るのは、ゼンの妹カチュア。少女のあどけなさが残るそのまなざしは、ちょうどウェイトレスがもってきた飲み物と食事に向けられ、無垢な輝きに満ちていた。ゼンも近づいてくるコーヒーの香りを迎えるように、新聞をたたんで脇に置いた。


「はい。紅茶とコーヒー。それからドーナツ。おまたせしました。」


ウェイトレスが紅茶をカチュアの前にカチャリとおいた。カチュアは、良い香りのするお茶と、揚げたてのドーナツの匂いに、目をキラキラさせて喜んだ。


「わぁーおいしそうなドーナツ。ねぇ!お兄ちゃん」


ゼンは、ウェイトレスの置いたコーヒーをじっと眺めると、左手を少しだけあげウェイトレスをテーブルに留めた。コーヒーを口元に近づけ、匂いをゆっくりと嗅いでから、口にふくんだ。カールがかったブロンドの髪を肩まで伸ばした美しいウェイトレスは、何かコーヒーについて口出しをされるのかと思い、笑顔の端に少しだけ緊張を浮かべた。テーブルの向かいのカチュアはそんなこともおかまいなく、どのドーナツから食べようかと品定めに夢中だった。


「このコーヒーだけど・・・」


「このコーヒーがなにか・・・?」


ウェイトレスをじっと見つめたゼンは、少しだけ間をおいてからコーヒーの感想をつたえる。


「すっげぇうまいね!ここらへんで飲んだコーヒーの中で一番うまい!」


ゼンの褒め言葉を聞いて、ウェイトレスの顔にパッと笑顔が咲く。まるで自分のことを褒められたような喜び方だ。


「まぁ。ありがとう!近くのコーヒー農園でとれる豆なのよ。おかわりはいくらでも!」


コーヒー好きのゼンが、満足の行にひたっている間、向かいのカチュアはドーナツをたいらげようとしていた。


「このドーナツもおいしいー!外がサクサクなのに、中がしっとりふわふわなの!」


いつのまにか数の減っているドーナツを目にして、ゼンは思わず目を剥いた。


「おい!カチュア!4つもあったドーナツがなんで残り1つなんだ!」


「あわわ、ごめーん。だって、お兄ちゃん、早く食べないんだもん」


ウェイトレスは、そんな兄妹のやりとりを微笑みを浮かべながら眺め、勘定表をそっとテーブルに置いてカウンターの奥に消えていった。店の従業員は彼女しかおらず、カウンターは別として、テーブルも4席しかない小さな店だ。


「ねぇねぇお兄ちゃん。新聞に吸血鬼のこと書いてあったんでしょ?特集なんて珍しいよね。」


口にしたドーナツを、おいしそうにコーヒーで飲み流したあと、ゼンは妹の問いに答える。


「社会派の帝都新聞がずいぶん突っ込んで書いてたな。他にもネタをつかんでるかもしれないな。」


「大きい新聞がとりあげるなんて珍しいよね。」


カチュアは物憂げに、ゼンがたたんだ新聞を眺めた。そうして少しうつむき、夕陽が窓から少しさすテーブルを見つめた。飲みかけの紅茶が、夕陽に照らされ金色に輝いている。ゼンは、落ち行く夕陽から夜の気配を感じ、店を出るため妹に声をかける。


「さて!カチュア。そろそろ行くか!」


「うん!そうね!いこうか!」


カチュアのはつらつとした声がかえってくる。ドーナツを食べたので機嫌もよい。ゼンは立ち上がり、細身の刀剣を腰につけなおし、服装を少し整えた。


サーベルやブレイドとは違う、細身で刀身の長い刀剣が、コートに隠された。左の腰にはその刀剣の他に、もう一振り刀剣がさげられていた。こちらは刀剣というには短く、よく使い込まれた柄が見えるが、刀身は黒い革でできた鞘におさまっていた。


カチュアも手には長い柄の杖を手にしている。杖の先には銀でしつらえた十字架が装着されていて、聖職に関わる女性であることが伺えた。


ゼンは、ウェイトレスに代金に上乗せしたチップを払うと、もう一度コーヒーを褒めた。


「おいしいコーヒーだったよ。ありがとう。ところで君、名前は?」


「ダイアンよ。ありがとう。うれしいわ。」


ウェイトレスは眩しい笑顔で答える。窓からさした金色の夕陽を受けて、金髪をたたえたダイアンという名のウェイトレスは、その美しさをいっそう輝かせていた。


「お店は一人でやってるのか?」


「いえ、父と一緒に経営してるの。父はいまちょっと病気で奥に引っ込んでるんだけど・・・」


ダイアンは少し困った顔を浮かべる。しかし心配なさそうにまた笑顔にもどると


「でも、何人かいい子が手伝いで来てくれて。だからお店の方はなんとか」


「そうか。いい店だな。また来るよ」


「まぁ、ありがとう。」


カチュアもドーナツのお礼をする。ウェイトレスは旅人と思われる兄妹を気持よく見送る。


兄妹が勘定を済ませて店を出ようとした時。突然、店のドアがガランガランと大きな鐘の音を鳴らせながら開いた。


小奇麗な格好をしているがあきらかに人相の悪い、獰猛な狼のような背の高い男が入ってきた。


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