第十五節 かけがえのない時間 後
レッスンルームは舞台上での動きを練習できるように作られていて、
これから練習するのは、
★ ☆ ★
『待っていましたよ、風華の騎士。あなたが来ることはわかっていた』
『我が名は
『四大神の
『風華の騎士よ』
ヴィルジェーニアスはアステラを唸らせて奔流となすと、カノープスに容赦なく浴びせかけた。突然のことに、カノープスは膝をつく。
『望みを述べてごらんなさい、と言ったの。神の言葉が聞けなくって?』
ヴィルジェーニアスの横暴にブランヴァが何事か口を挟もうとするが、カノープスが制止する。
『……どうかこのカノープスに、月の民の至宝たる〝
ヴィルジェーニアスは不敵に口角を上げる。
『では、あなたが剣にふさわしい強者かどうか、見極めさせてもらいましょう』
部屋に満ちていた輝きがヴィルジェーニアスの手のひらに収束し一点に集まると、そこから無数に拡散して、矢のごとくカノープスに迫った。カノープスとブランヴァは瞬時にアステラ・ブレードを発現させて振るい、神が放つ魔法の矢を次々と打ち払っていく。
このシーンでは出番のないレグルスとシュルマは、観客に徹するフランツと共に、壁際で騎士二人と神の攻防の場面を見つめている。
イレーナのアステラの扱いは、完璧だった。彼女が力を振るうたびに、頭上のアステラ・ティアラがその輝きを増していく。対するロイとマルコは必死に矢を捌く。彼らの武踊が必死なものに見えるのは、イレーナが絶妙な位置にアステラを飛ばしているからだ。その技巧にレグルスは舌を巻き、シュルマは悔しげに歯噛みした。
やがて、矢の一本がカノープスの足に刺さる。
『ぐっ!』
ロイが呻く。だが、実際には痛くもないし、刺さってもいない。イレーナが放っている矢はあくまでアステラの光の集合体に過ぎず、アステラ・ブレードやティアラのような実体はないのだ。
『どうやら、預言の騎士は、あなたではなかったようね』
舞台が暗くなっていく。イレーナが藍色のアステラを広げ、暗闇を演出したのだ。観客であるレグルスたちからは、演者の姿がおぼろげにしか見えなくなった。
『神に要求した己の傲慢さを悔いるがいい』
冷酷な言葉と共に、ヴィルジェーニアスは幾百もの矢をカノープスに向けて放つ。負傷したカノープスは動けない。闇に視界を奪われたブランヴァも動けない。
絶体絶命。
カノープスが死を覚悟したその瞬間――青いアステラが、守るようにカノープスを覆った。殺到した魔法の矢は、すべて青いアステラによって阻まれた。
カノープスが思わず振り返ると、そこには、
『サジェ!』
『あとで必ず追いつく。そう言っただろう?』
自らのルーナ・アステラで暗闇をほの明るく照らしながら舞台に現れて、力強くそう告げたサジェを演じているのは――
◆ ◆ ◆
「……レグルス。やはりこの演出は、俺には合わない。俺の青いアステラでは、イレーナの作った夜の闇に埋没してしまう」
サジェを演じていたはずのユアンが、急に素に戻った。
「なっ、君!」
すると、フランツがユアンを怒鳴りつけた。
「ストーリアでは、台本にない言葉を口にしてはならない。意見を言うなら、場面が終わってからにしないか!」
「……」
ユアンは答えない。
「レグルス、君の差し金か?」
フランツは怒りをレグルスに向ける。
「僕のような凡愚に、彼みたいな天才との差を見せつけて、いったい何がしたいんだ!?」
震える声に怒りを滲ませて言い募るフランツに、レグルスは尋ね返す。
「……フランツ先輩は、どうしてティターニア学園に入学したのか、忘れてしまったんですか?」
「なんだって?」
「おれはナイドルになりたくてこの学園に入りました。先輩は、違うんですか」
フランツは一瞬身を固くし、唇を震わせた。
「……そうさ。当たり前だろう。誰だってナイドルになりたいからこの学園の門をくぐる。でも、わかってしまったんだよ。僕は輝けない。輝く才能を持っていない。諦めるしかないんだよ。今だって、君の王子様の演技を見て、痛感したところさ。才能の差をね」
レグルスはちらとユアンを見る。ユアンはフランツの言葉に表情を変えすらしない――と、レグルス以外は思っているだろう。だがユアンは必死に無表情を貫こうとしているのだと、レグルスにはわかってしまう。
ナイドルになりたいフランツの夢を、ナイドルになりたくないユアンが挫いている。挫いてしまっている。ユアンはそのことに傷つくだろう。ユアンだって自分の人生のために努力しているのだから気後れなどしなくていいと言っても、それを飲み込めるような性格ではないと、レグルスはもう知ってしまっている。彼のことだから、アステラパシーが悪い方に作用する可能性も考えたに決まっている。
それでも――傷つくとわかっていても、ユアンはレグルスのために、手を貸してくれたのだ。
友人の決死の思いに報いるため、レグルスは語気を強めてフランツに迫る。
「諦めたんなら、どうして怒るんですか。どうして落ち込んでるんですか?」
「……どういうことかな?」
「本当に諦めてるんなら、ユアンと自分をくらべて悔しがるなんて、おかしい。すっげぇナイドルを見たら、感動したり、褒めたりする……見ているだけのお客さんなら、そうなるはずだ」
「……っ」
「悔しいのは、フランツさんが、舞台の上にいるからだ。観客じゃなくてナイドルだからだ」
イレーナが発現させた夜の暗さはまだそこにあり、闇の中で、ユアン以外の三人が対峙し続けている。
ユアンはフランツの目の前に立つと、彼の手首を握った。
「……なんの真似だい?」
「あの演出は、俺には合わない。藍色の夜闇の中で、俺の青いアステラは、あまり目立たない」
「だったら変えればいいだろう? 原典にも台本にも書かれていないことは、自由にして構わないんだから。君に合った演出にさ」
「俺は第二班です」
フランツの顔が、カッと真っ赤になった。
「君は僕を馬鹿にしているのか!? なら、どうしてわざわざ僕らの練習に割り込んで僕の席を奪う!?」
激昂するフランツを前にしても、ユアンは態度を変えない。
「わからないふりはしないでほしい。それとも、本当にわからないのか」
「……っ!」
「第十班の仲間は、サジェの助けを待っている」
フランツは投げやりにユアンの腕を振りほどき、白くまばゆいアステラ・ブレードを顕現させ、舞台に向かって振り抜いた。純白のアステラが、闇の中にいるロイを守るように広がる――闇の中では青くぼやけてしまうユアンのアステラとは違い、フランツの白いアステラは鮮やかで眩しく見えた。
イレーナが作った夜が消えていく。
イレーナは大きく深呼吸をし、ロイとマルコはブレードを消す。舞台上に残っていた白いアステラは、自然と霧散していった。
「あなたが演技プランを人任せにしたのは、ある意味では正しかった。アステラのコントラストを活かすという演出は、それぞれが別々に考えては思い浮かばなかったでしょう。全員の演技プランを、全員で考えるべきだった。私が考えた私のプランより、レグルスくんが考えたプランのほうが、よかった。彼は人の長所や強みを発見する力に優れている。私にはない能力だわ」
「へっ……」
急にイレーナがレグルスを褒めたが、異論を挟む者はいないらしい。驚いているのはレグルス本人だけだった。
「ユアンくんが演じるサジェを見て、何か感じたでしょう? 『あとで必ず追いつく。そう言っただろう』……ユアンくんのセリフに詰まった煌めきがわからないような者なら、入試で門前払いされているわ」
イレーナの問いに、フランツは力なく俯く。
「……でも、僕、には」
「才能がない、やめたいって……そう思ってたんですよね?」
レグルスの言葉にフランツが顔を上げて振り向く。驚愕に、その碧眼が見開かれていた。
フランツの白いルーナ・アステラに、レグルスは見覚えがあった。だが、いつ、どこで見たのかは、なかなか思い出せずにいた。ようやく思い出したのは、寮の自室でユアンと今日の計画を練っていたときだった。
後期中間試験、〝エルトファルの修行〟についてマーネンが講評を終えた後、ユアンのアステラが青黒い闇となって学園中に広がったあの時。粘つくような闇の中で、ふと目に留まった、白いルーナ・アステラ。濃緑のネクタイの生徒が、闇から己を守る鎧のごとく、アステラを纏っていた。「やめたい」と、苦しげに呟きながら。
ほかでもない、ユアンと向き合ったから思い出せたのだ。
「アステラは、嘘偽りない心の反映。フランツさんの心が本当に折れてしまっているなら、アステラは輝かないはずだ」
光は闇の中でこそ、まばゆく輝く。
ユアンを追ったあの日一番輝いていたのは、彼が道しるべに残した青白い炎だった。
「フランツさん……学園で過ごした時間を無駄なものにしてしまっていいんですか? 夢のために努力した、かけがえのない時間を」
「……はは」
フランツは俯いたまま、乾いた笑いを漏らす。
板張りの床に、ぽたりと雫が落ちた。
ユアンがレグルスに目配せをしたので、そっと頷くと、ユアンは静かにレッスンルームを出ていった。
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