第十一節 舞台に立つ資格 後

 結局、その日は誰ともなく解散し、レグルスは寮へ戻った。


「何か、あったのか?」


 開口一番、ユアンはそう言った。


「……おれ、もう、どうしたらいいかわからない」


 フランツはユアンを、月姫神げっきしんに愛された天才と称した。


「ユアンのこと何にも知らないのに。どれだけ苦労してるかも、努力してるのかも知らないのに、あんなふうに、ただ妬んで……!」


 確かに、二人をくらべた。フランツは、ユアンの足元にも及ばないと思った。

 だがユアンが上手いのは、決して才能だけによるものではない。彼が毎日体を鍛え、わからないところをレグルスに尋ね、健康に留意して、自分の境遇に誠実に向き合っているから。できる努力をすべてしているからだ。


「レグルス、どうしたんだ」

「……」


 ユアンに話していいのだろうか。彼が、彼のあずかり知らぬところで妬まれていると知ったら、ショックを受けないだろうか。


「レグルス」


 ユアンは、呆然と立ち尽くすレグルスの肩を揺さぶった。


「つらい気持ちも、分け合った方がいい」

「……!」

「君の言葉だ」


 レグルスは、顔を上げた。

 まっすぐにこちらを見つめるすみれ色の右目と、目が合った。




 レグルスは自分のベッドの端に腰掛けて、これまでにあったことをユアンに話した。ユアンは勉強机の上にノートを広げ、レグルスの話を聞きながら、レグルス含む第十班のメンバーの行動や特徴を記していく。


「俺は、運がよかった」


 ユアンのいる第二班は、班長の三年生を差し置いて、二年のオズワルドがリーダーシップをとっているらしい。その采配は見事で文句のつけようがなく、班長も安心してオズワルドに任せているという。


「俺の班はこのまま波乱なく試験を迎えられる、と思う」


 第二班はまず初日にお茶会を開き、話しやすい雰囲気を作った。体調を最優先にし、水曜日、曜日、よう曜日を休みと定め、体力の回復に努める。代わりに、練習日は集中して念入りに。


「ロイには、休息が必要だ。誰よりも早く来て椅子を並べていたのも、武踊合わせはつらいというアピール……だと思う。連日練習するなら、せめて、読み合わせだけにしてほしいと」

「その椅子を、イレーナさんが全部片付けちゃったんだ」


 ロイがあの時イレーナの背中を睨みつけていた理由も、ユアンの話を聞けば合点がいく。


「マルコの疲れにも気がついていて、班長に意見するつもりもあった。ロイは、悪くはない。一分の遅刻は……人によるだろうが、俺は、許容範囲だ」

「うん……」

「フランツの行動は、よくないと思う。それ以上に、班長のイレーナが、よくない」

 ユアンは表現を使い分けた。フランツには「よくないと思う」、イレーナには「よくない」と。

「ユアンは、イレーナさんが悪いと思うのか?」

「そう思う」

「なんで?」

「ほかの班員が意見できない空気を作るからだ。まず、初日の、シュルマの反応……シュルマは、イレーナがヴィルジェーニアス役を自分に譲ってくれるはずがない、と考えている」


 プリドルの役は月姫神ヴィルジェーニアスと、その巫女リュヌの二つだが、役の格には差がある。ヴィルジェーニアスは神。プリドルが演じる役の中では、真昼の姫君エステーリャと並んで人気がある。神とくらべれば、巫女のリュヌは脇役だ。


「フランツは、本当は自分の演技プランを持っていると思う。だが、そのプランがイレーナの意に沿わなければ、すべて修正されると考えている。だから、演技プランを考えろとイレーナに迫った」

「そういえばフランツさん、最初に言ってた……イレーナさんの望む舞台に、自分の演技プランは邪魔だろうって」

「シュルマとフランツは、顔合わせの前から、イレーナがどんな人物なのか知っていたんだろう。彼女への態度に表れている。イレーナは、自分が役を勝ち取ることが第一で、班員の事情や心情をまったく考えていない。プリドルとしての実力はあっても、リーダーの資質は、今のところ、ない。イレーナが高い志を持っていることは、いいことだと思う。だが、その志を仲間と共有せず、ただ押しつけているのは、悪い」

「ユアン、すっげぇ。言われてみると、本当にそうかも」

「父様が……支局で局員たちをまとめるのに大切なことは、誰でも自分の意見を言える雰囲気を作ることと、同じ志をみんなで持てるようにすることだと、言っていたんだ。シャムロックとメアリィも、うちの使用人たちとそうなれるように心がけていると」


 目から鱗が落ちた。イレーナのやっていることは、ユアンの父ウーゴの考えとはまったく逆。結果、第十班は瓦解する寸前だ。


「ユアンの父さん、すっげぇ。さすがアステラヴィジョンの支局長だなあ」

「たった六人でも、同じ気持ちを共有するのは、難しい」

「……あっ!」


 急に、雷に撃たれたように閃いた。


「もしかして、それも試験の一部なんじゃないか? 同じ舞台に立つメンバーが心をひとつにできるかどうか。だってそれができなかったら、いいストーリアになるわけがない。成績表に項目はなくても、成績に影響するのは間違いないだろ」


 ユアンは考え込む姿勢をとった。


「穿った考えかもしれないが……それは、イレーナへの課題なのかもしれない」

「へっ?」

「君は、イレーナと一緒にストーリアを演じたいと思うか」

「……思わない」

「いくら実力があっても、仲間を蔑ろにするような人間では、一緒にやりたくないと思われてしまう。このままでは、イレーナに先はない」

「……」

「今回の班は、成績、素行を考慮して、先生方が決めたもの……アステラパシーの俺は、波風の立たない班に入れられ、君は、問題を抱える生徒がいる班に……」


 ユアンは、椅子ごとレグルスのほうを向いた。


「第十班には、君が必要なんだ」

「……どういうこと?」

「君は、俺のような人間とでも、まっすぐ向き合える。それが、君の抜きん出た資質なんだ。君なら彼らの心も、変えられる。俺が、そうだったように」

「……」


 レグルスは答えに迷った。イレーナやフランツに、自分の言葉が届くとは思えない。俯くレグルスに、ユアンは食い下がる。


「レグルス。君の夢は、人の心を明るく照らせるようなナイドルになることだろう」

「そう、だけど……」

「なら、先輩たちの曇った心も、照らせばいい。君ならできる」


 ユアンは、そのすみれ色の右目に強い光を宿して、レグルスを見つめた。


「いつも通りやれば、できる」

「……っ!」


 それは、いつかとは――〝地母神の加護〟の開演直前とは違い、明らかにレグルスに向けられた言葉。

 ユアンの凛とした声は、強く、強く、レグルスの胸を打った。


「……ユアン、ありがとう」


 レグルスは、立ち上がった。


「おれ、明日の授業が終わったらまず、マルコと話してみる!」


 ユアンは、笑顔で頷いてくれた。

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