第十二節 再起

「マルコ!」


 火曜の午後。〝演劇〟の授業が終わった後、レグルスはすぐマルコに駆け寄った。演劇練習室にいた同級生たちの注目がマルコに集まる。


「じゃあマルコ、ぼくは先に戻るよ」


 マルコのルームメイトは朗らかに笑って、レグルスに、


「面倒だけど単純だから。よろしくね」


 と、言い残して、演劇練習室を出て行った。ほかの生徒たちも続いて教室を出て行く。


「チッ、なんなんだよアイツ。で、何の用だ? 幻の」

「あ、あのさ……」


 レグルスは昨日ユアンと話し合った内容をマルコにも伝えた。班員の心を一つにするのも、試験の一環だと。


「仲間同士の意見が合わないとき、仲が悪いとき……ねえ。仲が悪いってのは、オレとお前のことかな」


 言葉に詰まった。確かに、マルコには何度舌打ちをされたかもわからないし、足を引っ張ったら殺すとも言われたし、散々な思いをさせられてはいる。


「……いや、悪い。オレ、お前のこと見くびってた。見下してたし、イラついてた。お前と同じ班だなんておしまいだと思ったよ。でもそれじゃ、あのクソ女と同じになっちまう」

「ク、クソ女って……」

「イレーナに決まってんだろ。シュルマ先輩には、今んとこクソ要素ねえし」


 マルコは舌打ちした。彼の癖なのだろうか。


「シュルマ先輩の言い分、頭をぶん殴られたみてえな衝撃だった。オレたちはオーディションを受けられるが、ルーナ以外のプリドルは……チャリティーで同じ演目が数年周期で繰り返されてる理由、身をもってわからされた」


 生徒全員に挑戦の機会を与えるには、各アステラの人物がまんべんなく登場するストーリアでなければならない。やはり〝月明げつめいつるぎ〟は、選ばれてはいけなかったのだ。


「なのによぉ、フランツとロイ先輩は初めから諦めてやがる。イラついてたまんねえ。オレとお前は永遠に、主役に挑戦できねえのに……それでも、オレもお前も、頑張ってんのに……」


 マルコは顔をくしゃっと歪ませた。その表情に、レグルスは覚えがあった――前期期末試験のときだ。マルコは〝地母神の加護〟を演じ終えた直後、自分のアステラが花形の資格であるルーナ、フィオーレでなかったことを嘆き、泣いていた。そんな彼の心に、シュルマの悲痛な叫びがどれだけ突き刺さったかは想像に難くない。


「……ところでよ」


 マルコがちらと目配せした先には、ユアンの姿があった。練習室に居残っているのは、レグルスとマルコとユアンの三人、そして業務日誌をつけている教科担任のバービッジだけだ。


「王子もこっち来いよ」

「……」


 ユアンは難しい顔でこちらを見ているが、微動だにしない。マルコはため息をつくと、


「なあ、幻の。なんでお前、学園に来るの半年も遅れたんだよ?」


 と、妙に大きな声で尋ねてきた。


「えっと、それは」


 言い淀むレグルスを横目に、マルコはチラチラとユアンを窺う。


「気になってるんだろ、王子も。こっち来いよ」

「……」


 ユアンは黙ったまま、ゆっくりとレグルスとマルコのほうに近づいてきた。


「で?」


 マルコは顎で、レグルスに答えを催促する。


「えっと、わからない」

「いや、わかんねえのかよ!?」

「おれのアステラ・ブレードが変で、そのせいらしいんだけど……」

「あのヘボい剣?」

「ぬ、ぬうぅ……!」


 自覚はしているが、面と向かって言われると歯噛みしてしまう。


「おい、あんたたち!」


 練習室に残っていたバービッジの声が響いた。


「もうこの教室は施錠するよ、出な! あと、お客さんだよ」


 扉のそばに立っているバービッジの陰から、シュルマが顔を出した。




「あんたたちに、謝ろうと思って……先生に聞いたら、ナイドル部の一年生ならここだろうって」


 練習室に入ってきたシュルマは至極申し訳なさげに、呟くように話す。


「……昨日、寮に戻ってからもふて腐れてたら、ルームメイトに説教されちゃってさ」


 シュルマのまぶたは、少し腫れていた。


「性別もアステラも、自分で選んで生まれてきたんじゃない。あたしの言い分は、あんたたちを追い詰めるだけだ、って……ホントに、そう。ぐうの音も出ない正論。だから、ごめん」


 レグルスとマルコは驚いて顔を見合わせた。今のシュルマからはすっかり激しさが消え失せ、凪の夜を思わせるような穏やかさすら感じられる。


「あんたたちは、今日は休んで。イレーナさんには、あたしから言っとく。そっちの巻き毛のあんたが過労で倒れたとかでっち上げとくから」

「……マルコです」

「大変だけど、明日から頑張ろ。それじゃ」


 シュルマは小走りで、逃げるように去っていった。


「あんたたちの班はずいぶん面倒なことになってるみたいだね。そら、鍵をかけるからもう出な」


 バービッジがしっしっと練習室から三人を追い出す。


「他人と関わってると面倒が起きる。けど、他人と関わんないと、生きていけないからね。人間ってそんなもんさ……これで、よし」


 練習室の扉に鍵をかけると、バービッジは三人の顔をそれぞれ見てから、ニッと笑った。


「そうだね、ひとつヒントをやろう。を考えてみな」

「へっ!?」

「悪いね。あんたたちの話、全部聞こえてたんだよ。まあ、よくある悩みさ。でも正念場だよ、頑張りな」


 バービッジは指先で鍵を弄びながら、管理人室のほうへと向かった。


 廊下に取り残された三人は、その場で話を続ける。


「……努力しても無駄」


 ユアンが呟く。


「どうせ自分は、チャリティーストーリアには出られない……」

「いや、何言ってんだよ。テメェは有力候補だろうが」

「は?」

「あっ、そうか!」


 レグルスが叫ぶと、マルコが得体の知れないものを見るような目を向けてきた。


「いや、今のこいつの発言の何が『そうか』なんだよ!」

「ユアンは口下手なんだ」

「いや、口下手とかいうレベルかよ!?」

「ロイ先輩もフランツ先輩も、本当はチャリティーに出たいんだ。でも、出られないって思ってるから、苦しいんだ」


 ユアンが無言で頷く。


「……なるほどな」


 マルコもどうやら納得したらしい。


「そう思ってるから出られねえんだよ、あいつらは」

「出られるなら、本気でやるのか」

「チッ……それじゃ、過程と結果が逆だろうがよ。でも、王子の言うとおりなんだろうな。一年もあれば、才能の差はわかっちまう。こいつには絶対勝てない、って……諦めたくなっちまう気持ちは、わからなくもねえ」


 マルコはユアンを見る。

 レグルスもユアンを見て、それからマルコを見た。


「でも、ストーリアは一人でやるものじゃない。脇役も、アンサンブルも大事だ。主役を引き立てる脇役がいなかったら、舞台は輝かない。アルテイルだって、ソールだし」


 アルテイル――レグルスが最も尊敬し目標ともしているナイドル。アステラこそソールだが、彼は特に優れたナイドルとして〝御三家〟のひとりに数えられ、五十歳を間近にした今も、その人気には一切の翳りがない。


「アルテイル・レゴラメント……」


 ユアンはぼそりと独りつと、急に歩き出し、振り返った。


「レグルス……それに、マルコ。職員塔へ行こう」

「へっ?」

「なんでだよ」

「グリーゼ先生に、話を聞きに行く」


 ユアンはすたすたと歩いて行ってしまう。


「ま、待ってよ、ユアン!」


 何が何だかわからないが、レグルスは急いでユアンを追った。


「いや、意味がわかんねえよ!」


 そう言いながらも、マルコも二人を追いかけてきた。

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