第四節 風曜日の秘密レッスン 後

 デネボラとの練習を経て、レグルスは少しずつ授業についていけるようになった。教員たちの指摘が飲み込めるようになり、上手な生徒の良いところを取り入れたりもできるようになった。

 毎日が目まぐるしく過ぎ、再びデネボラと会うふう曜日がやってきた。




「試験はもう明後日か。一緒に練習できるのは今日で最後だね」


 夜空の下、デネボラは自らのアステラ・ブレードを抜きながら言う。


「まずは二人で通しでやって、それからキミ一人でやってもらおうかな」

「は、はい!」


 ブレードの発現は以前より早くなり、ステップでつまずくこともなくなった。目の前にデネボラがいなくても、相対するブランヴァの姿が鮮明にイメージできる。上達の実感が自信に繋がった。


「……やった!」


 ついに一度のミスもなく、一人で最後まで演じ切れた。

 心地よい疲労に包まれたレグルスはその場に座りこんだ。最初から最後までを二回も演じたので、結構体力を使ってしまったようだ。仰いだ夜空は晴れ晴れとしている。


「うん、うん! よかったよ! これなら絶対合格できるよ」


 デネボラは笑顔で盛大な拍手をくれた。


「特に演技がよかった。キミは確固たるエルトファル像を持っているんだね」

「はい! おれ、アルテイルの大ファンで。アルテイル演じるエルトファルを何回も見直して参考にしたんです!」

「……そうなんだ」


 ひゅう、と、冷たい夜風が吹き抜けた。


「先達の演技はお手本になるよね。特に御三家の人物解釈は大いに参考になる。ボクもデネブが演じるカノープスを研究したものさ。……ボクの名前はデネブにあやかって付けたそうだから、フィオーレ・アステラでよかったよ。この名前でフィオーレじゃなかったら格好つかないだろう?」


 妙に饒舌に語るデネボラの表情がどうしてか曇って見えるのは、気のせいだろうか。


「レグルス、本番も頑張って。応援しているよ」

「は、はい」


 デネボラはいつもと同じように、王子然とした微笑みを浮かべていた。やはり、先ほどの曇り顔はレグルスの見間違いだろう。




 翌日の金曜日。試験を明日に控え、今日のストーリア実習は自習となった。


「フィーロ」


 武踊館で生徒たちがそれぞれに練習している中、マーネンがレグルスを呼んだ。


「ちゃんと眠っているか?」


 いかめしい顔が、レグルスの目の前に迫る。どうにもマーネンはパーソナルスペースが狭く、レグルスはいつも気圧されてしまう。


「は、はい。寝てます」

「その割には目の下の隈がひどい。アステラ・ブレードも短くなっているぞ」

「うぇっ?」


 レグルスは思わず己の剣を見た。言われてみれば、確かに普段より刀身が短い気がする。


「ナイドルは体が資本。休むのも義務だ」

「大丈夫です」

「……試験は明日だからな。練習に熱が入るのはわかる。だが、無理はするな。ほどほどにするように」


 去り際のマーネンが呟いた言葉に、レグルスは反発を覚えた。気遣ってくれているのはわかる。だが――


(無理するくらい頑張らないと、みんなに追いつけない……)


 レグルスは、自分以外の三十九人の動きを眺めた。

 誰もが試験に向けての最終調整に余念がない。誰もがレグルスよりうまくステップを踏む。誰もが自分のものより美しいアステラ・ブレードを携えている。

 その中でもユアンの輝きは格別で、彼を見ていると、どうしても自信が失われていく。

 セリフは覚えた。振り付けも体に染み込ませた。デネボラも大丈夫だと言ってくれた。なのに、不安は拭えない。


(……ちゃんと、できるかな)


 明日の試験を前に、レグルスの心は痛いほどに張り詰めていった。




 そして、試験当日の朝がきた。

 制服の上にマントを――〝地母神の加護〟で黄色と白の花模様が浮かび上がった漆黒のマントを羽織り、レグルスはユアンと共に武踊館へ向かう。

 緊張のせいか、足元がおぼつかない。通い慣れた庭園の通路が知らない道に見え、花々の香りも失われたようだった。朝の空が晴れていたのか曇っていたのかもわからないまま、気がつくとレグルスは目的地である武踊館にいた。

 今日の武踊館は劇場モードだ。観客席の先頭列には、すでに数名の同級生が座っている。レグルスとユアンもてきとうな席に隣り合って座り、試験開始を待つ。

 数分もすると、四〇人の一年生全員が揃った。

 観客席後方に座っているのは試験監督を務める教員だけ。〝地母神の加護〟のときとは異なり、上級生たちはいない。

 試験の手順は前回と同じ。くじを引いて順番を決め、番号順に舞台に上がり、演技を披露する。ただし、今回は一人ずつだ。

 名前を呼ばれた生徒たちが次々にくじを引いていく。レグルスも、舞台の目の前に置かれた箱に手を差し入れてくじを引き、紙を開いた。そこに書かれていた番号は――


「レグルス・フィーロ……四〇番です」


 よりにもよって、最後だった。

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