閑話、04

私の精神は、繋がれなかったあの温室の人々を繋ぎ合わせて、できている。

目の前の男は、これまでの話を聞いてそう、結論付けた。


閑話


「きっと、きっかけは<蓮池>で降った赤い花弁だ。君の語る記憶は、それが降るまでの記憶。それ以降の記憶はないのだろうし、きっとそれをきっかけに溶け合ったか、混ざり合ったか、召し上げられたか……」

粘度の高い黒い液体で、紙の隅にその染みをとん、とん、と規則的な動きで作りながら。男が難し気なことばを並べるのを、私は、ただ見ていた。

繋ぎ合わされているのは精神ではなく、きっと記憶だけだ、と、言いたかったけれど、私の脳だか筋肉だかが勝手に涙を流すものだから、否定するにしきれないな、と、考えて口をつぐんだ。

口を開けば何か、嗚咽、といったか。それのような声ですらない音、または、憐れみを誘う歌、が、溢れてくるような気がした。


「――今のは、君の核に近い方の記憶だったのかもしれない。君がほんとうは誰なのか、」

「そんなものは、調べるだけ無駄なこと、ではないでしょうか。」

その言葉は、ほとんど反射的に出たものだった。あれほど開くまいと思っていた唇はすっかり開いてその言葉を舌に載せていたし、もう、男の顔も見ていられないほどに目の前はゆがんでいた。

「そうだろうとも、怖いだろう。君はきっと自分が何者かを忘れることで、ようやく今を生きている。それがどういった理由でかは、きっと君にも分からない。」


男は、私の手の甲にまた、唇を寄せる。

話の続きを促すことはなく、ぱたぱたと落ちる涙がインクをぼかしてしまわないように紙を脇へ寄せながら。

私の脳裏には、誰のものだかも分からないすっかり混ざり切った何人もの声が響く。


ただ、一緒に生きていたかった。ただ、そばにいたかった。それだけなのに、なんで死ななくてはならなかったんだろう。誰が、あの温室を殺したのだろう。


「……わたしは、殺されたんです。」

いつの間にか包まれていた、男の匂い。髪を撫でる手の感覚に抱きしめてられているのだと気づいて、私は深く息を吸い、もう一つの記憶で喉を震わせた。

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蓮池にて 魚倉 温 @wokura

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