捌滴:殺意 - Intentio Occidere -

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初見しょけんかたは、初めまして!常連の方々、お待たせいたしました!ご契約視聽者しちょうしゃの皆樣、誠に有難ありがと御座居ございます!

 本日の『サムライ殺戮士ドールTVティービー』は、テイ如意ジョイ蘇我そがからお届けします。

 此處ここからは熱戰ねっせん必至の電腦網ネット中繼ちゅうけい對象たいしょう死合しあいとなります。

 實況じっきょうわたくし古澤義朗ふるざわよしあき解說かいせつは、マサ虎徹こてつさんです。

 虎徹さん、本日も宜しくお願いします!」


「あい、よろしゅ~」


「いやぁ~、劇場、あったまって來ましたね~!」


「そうだね~、あっついねぇ~。今、劇場内の室温、ドレくらい?」


「25度、体感では30度、いや、35度を越えている、そう云っても過言ではないのではないでしょうか!」


「35度!?そりゃ凄いなっ!今の時期でこんなに暑いんじゃ、年末には80度越えちゃうだろ!ガハハ」


「…さて中繼死合ちゅうけいじあい1死合目、本劇場では4死合目となる次の死合は、お待ち兼ね!ミス・クローディアによる七番勝負セヴンタスクスへの挑戰になります。

 どうですか、虎徹さん!」


「うん!いいよね、凄いよねぇ~」


「虎徹さんの目から見ても、矢張やはり彼女は凄いですか?」


「そりゃあ、あんな小さい少女がさぁ~、七番勝負に挑むんだ、凄くない訳ないだろ~?とてもじゃぁないが~、少女うしょうじょう(想像)出來ない、なんつってな!ガハハ」


「…れでは、期待の新星“吸血人形ヴァンパイアドール”クローディアじょう、C級1組への昇級をけた試練しれん七番勝負セヴンタスクス第3戰、もなく開始のサイレンです」



―――――



 心謎解アガルマト色絲鬭ネクロバウトのクラス分には嚴格げんかくな取り決めが在る。

 より上位のクラスへの昇級には、殺戮士ドールとしての活動期閒や死合數しあいすう、勝ち星のかず他、一定の基準が存在している。

 C級2組からC級1組への昇級、すなわち、最初の昇級は、殺戮士經驗けいけん年數ねんすう1年以上、公式死合數12回以上、または8勝以上、あるいは、經驗年數2年以上、公式死合數16回以上、亦は12勝以上、しくは、經驗年數5年以上、公式死合數30回以上、亦は24勝以上の戰績をげた者に限られる。

 畢竟つまり、昇級は基本、年一囘いっかい


 しかなが當然とうぜんの規定には例外も存在する。

 帝國殺戮士ドール評議會ひょうぎかいの規定で定めた一定數の屠殺劇場ドールハウスごと王者チャンピオン獲得や公式勝拔戰トーナメント、公式大會の優勝者、上位クラスに在る殺戮士も參加する總當たりリーグ戰で勝ち越す他、幾つかの昇級機會きかいが設けられている。


 クローディアが現在挑戰中の“七番勝負セヴンタスクス”も昇級にける例外の一つ。

 半年以内に上位クラスに在る殺戮士達と七度ななたび戰い、勝ち越せばC級1組への昇級が決定。

 クローディアはすでに七番勝負で二勝をげていた。


 クローディアの此處迄ここまでの戰績は、船橋若松劇場での3勝を除き、四戰4勝。

 特にテイ如意ジョイ蘇我そが劇場では四戰全て、對戰たいせん相手をほふっている。

 赫映カグヤを除く6名の殺戮士を是迄これまでに屠った事になる。

 數字すうじのものは驚くには値しない。

 驚くきは、龍也たつやと出会ってから未だ三週閒とっていない事。

 丁・如意蘇我に舞臺ぶたいを移してからは連日、參戰さんせんしている。

 若松劇場では對戰予定ブッキングなんがある上、龍也たつやが止めていた事もあり、比較的緩やかなスケジュール、其れでも十分對戰數たいせんすうは多いのだが、こなしてた。

 しかしし、今は連日の對戰。

 是程これほどの過密スケジュールは、街頭決鬭ストリートファイト上がりの殺戮士ドール醫療いりょう支援サポートが充実した者、再生能力等の特異な異能や性質を有する者、命知らず、死に志願たがり、狂人のたぐいしくは、しん强者つわものくらいなもの。

 彼女がまるのか、は追々おいおい



――LIVE中継



「さあ、下手しもてコーナーから、テイ如意ジョイ蘇我そが舞臺ぶたい彗星すいせいようにデビューした銀髮ぎんぱつの少女、人呼んで“吸血人形ヴァンパイアドール”、ミス・クローディアの入場です!

 本日もメロディアスでハード、ドラスティックな入場テーマソングに乗せて颯爽さっそう華麗な登場です。

 いや~、れにしてもどうですか、虎徹こてつさん、彼女の姿は!

 まる御伽噺おとぎばなしに出てそうな北欧の妖精ようせいを思わせる樣な何ともえない幻想的で惡戲いたずら雰圍氣ふんいき。其れでいて背德はいとく的とも退廢たいはい的ともつかないよそおい。美しくもはかない、そんなニュアンスが心謎解アガルマト色絲鬭ネクロバウト舞臺ぶたいにジャストフィットしてませんか?

 まさにッ、心謎解色絲鬭のもう、そんな感じさえただよってまいります!」


否々いやいや古澤ふるざわさん。彼女はああ見えて、じつ苦勞人くろうにんなんですよ」


「えぇっ!?虎徹さん、クローディアじょう經歷けいれきをご存知なんですか?プロフィールのほとんどがシークレットなので、わたくしは全く存じ上げないのですが」


「いいえ、全然知りませんよ」


「えっ?」


「ほら、彼女の名前。苦勞くろうでは(クローディア)?なんつって!ガハハ」


「…おーっと、テーマソングが和ロックに変わりました!

 上手かみてコーナーからは本日の七番勝負セヴンタスクスの相手、クローディア孃の前に立ちふさがる大きな壁となる猛者もさの登場。

 B級2組からの刺客しかく新伍獸功夫ネオファイブアニマルクンフーの使い手にして支那しなニンジャの子孫、誰が呼んだか“燃えよニンジャ”、蕭文衡しょうぶんこうの入場です。

 本日もド派手な緋色ひいろのニンジャ裝束しょうぞくまとい、輕業師かるわざしさながらのアクロバティックな跳躍を伴いステージイン。

 虎徹さん、どうでしょう、蕭の調子は?」


「良く見えるね!彼、今日絕好調ぜっこうちょうじゃない?」


「ほ~、そんなに調子良く見えますか?」


「うん、いいね。こりゃ~の死合の主役は、彼女じゃなくて彼かも知れんね」


「ほほぅ、其處迄そこまでいいですか!具体的にはどのあたりでしょうか?」


「ほら、彼の忍裝束しのびしょうぞく。見事な緋色(ヒーロー)!なんつってな!ガハハ」


「…それでは七番勝負セヴンタスクス第3戰の幕が切って落とされます」



――テイ如意ジョイ蘇我そが劇場



 舞台上、二人の殺戮士ドールが互いに向き合い、舞台行司レフェリーが各々ルールを説明する。

 今回の七番勝負セヴンタスクスでは、火薬を用いた弾丸や類似する飛来物の射出を伴う銃器以外全ての武器の使用が認められ、死か戰鬭不能ノックアウトまたは、ギブアップのいずれかで勝敗が決する。

 セコンドによるタオル投入は投了ギブアップと見なすが、行司制止判斷レフェリーストップ醫師停止措置ドクターストップ等のTKOは存在しない。

 TKOが存在しない為、もし、一方が反則となる銃器を隠し持ち、の使用が認められた場合、劇場各處かくしょに配置された数名のスナイパーと設置されたオートスナイプ裝置からただちに威嚇射撃、或いは、射殺措置が実行される。

 所謂いわゆる、デスマッチ・スタイル。


 所持品検査レフェリーチェックの後、蕭文衡しょうぶんこうとクローディアは舞台中央に促され、互いに握手する様、行司に求められる。

 クローディアは渋々、蕭とを交わす。

 恐らく、舞台袖に龍也たつやにしか分からない程度、少女はかすかにいぶかしげな表情を見せつつ、死合開始線に迄下がる。

 程なくして死合開始の合図警音サイレンが劇場中に響く。


 開始線から半歩分足を引き、半身の体勢のまま、蕭は奇妙な構えを取り出す。

 左手を軽く開き前方にくの字に腕を緩やかに突き出し、右手は何かを掴むような形で頭上に掲げ、重心を半歩引いたほうの足に掛け、緩然ゆっくりと動く。

 ――虚歩きょほ

 支那しなの武術に見られる歩型ほけい

 馬歩、弓歩、仆歩ふほ歇歩けつほして、虚歩。五歩型と呼ばれる支那武術の基礎にて基本。

 新伍獸功夫ネオファイブアニマルクンフーだの、支那ニンジャだの、巫山戯ふざけ戰鬭せんとう流派スタイルで紹介されていたが、龍也には分かる。

 れが鍛錬を十分に積んだ武鬭家ぶとうかの動きだと。

 少なくとも、まがいもののとは違う。


 クローディアは不用心丸出しの儘、カクンカクンと糸繰り人形マリオネットマリオネットさながら、しょうに近付く。

 彼女に武術や格鬭技かくとうぎ戰鬭術せんとうじゅつ等の知識や心得こころえまるで無い。

 其の“”の潛在能力ポテンシャルのみで戰い、勝ちのこっている。

 赤児あかごの様に何にでも興味を示し、知らない事や疑問があれば貪欲に龍也に尋ね、自らウェブで検索をする彼女が、ことたたかかたいては全く知ろうとも、学ぼうともしない。


 以前、1度だけ龍也はクローディアに尋ねた事がある。

 何故、白兵戰や戰鬭法に就いて調べず、自分に聞かないのか。

 恐らく、龍也が自分の中で最も自信のある事柄ことがらが此の武術や戰い方に就いて。

 知らず知らず饒舌じょうぜつる、其れくらい龍也はの辺りの知識が豊富。

 にも関わらず、彼女は一切尋ね聞いて來ない。

 其の理由に彼女はこう答えた。


 ――人間の戰い方を学び、知ってしまうと、その知識や情報による先入観に惑わされ、遅れをとって仕舞しまおそれがある。

 かん。血のす生存本能、吸血鬼特有の生きながらえる個体性としての血潮ちしおが感じるが儘、其の“勘性かんせい”に生きる事こそが滅びの運命からまぬがれる唯一の生存術すべ

 ――、と。


 龍也はこれを聞いた時、反論の句が無数に頭をぎったものの、言葉にはせず呑み込み、押し黙って静かにうなずいた。

 そう、記憶している。

 彼女は、人が、人間が縛れるような、容易たやすい存在では無い。

 はず、なんだ。

 触れてはいけない存在、たとえるのであれば、神仏にまつわる恐れ多いような、そんな禁忌タブーなる存在。

 其れが神々しいものなのか、禍々しいものなのか、そんな事はどうでもいい。

 只、想うのは、

 ――無事に勝って欲しい。

 其れだけ。


 そんな龍也の期待とは裏腹に、クローディアの体は自由を奪われ、急に浮き上がり、両手を拡げられ、宙吊ちゅうづりにされる。

 舞台床から2mくらいの高さ、何も無い中空に、どう云う原理なのか、釘付けとなり、制されている。


「ウ・カ・ツ!迂闊うかつ過ぎるぞ、小娘ッ!コレぞっ、新伍獸功夫ネオファイブアニマルクンフーが一つ、毒蜘蛛拳スパイダークンフー奥義おうぎ觸絲俘虜捕縛釣しょくしふりょほばくちょう”!」


 ――はっ!?

 舞台照明に照らされ、わずかにきらめく線状の存在に龍也は気付く。

 観客席からでは視認不可能なのではなかろうか、と云う程に細い糸の存在。

 天蠶絲てぐすいと――

 ピアノ線ではない。

 恐らくは、釣り糸のたぐい

 其の糸が、クローディアの両手首に巻き付けられ、舞台のはりや床にくくり付けられ、宙吊りにされたんだ。

 何時いつの間に?

 あっ――

 死合前の

 クロの僅かばかりの怪訝な表情の正体は“”に気付いての事だったのか。


 クタンと首を斜めに倒し、無表情にしょうを見詰めるクローディアは口を開く。

「…ナに、コレ?」


「そのいとは、グラフェン水溶液にけた大因樹皮ダーウィンズバーク蜘蛛スパイダーの吐いた絲に強化硝子繊維スーパーグラスファイバーを編み込んだ超強化道絲ライン

 仮に人工筋肉を埋め込んでいたとしても、其の絲を力尽ちからづくで断ち切る事は出來やしない。

 下手へたに動けば、皮と肉を切り裂き、骨に食い込み、最悪、切斷せつだんに至る!」


「ヘー…dE、コレからドーすンの?」


「ふふふっ、是を見よ!」


 蕭は右手でピースサインを裏向きに出し、甲をクローディアに向ける。

 あおり目的ではない。

 示指ひとさしゆび丈高指なかゆびの間にはカラフルな小型のボールが1つ挟まれている。

 其のボールを器用に指の間を転がし、行ったり來たりを繰り返し移動させると、何時いつの間にかボールは3つに増えている。


超反發護謨死球スーパーボール!ポリブタジエンに水和シリカ、ケイ酸、酸化亜鉛、ステアリン酸を用い、硫黄で加圧形成、中心部には鉛の空洞球を仕込み、其の中を水銀が満たす。

 強い彈性に加え、予測不能な彈道を描く上、衝撃際には内容物たる水銀の慣性にり、其の破壊力は数倍に増す!」


 首をかしげたまま、左右色違いのカラコン入りの瞳をまばたきもせず見開き、

「ふーン…dE?」


「堪えられるか此の技をッ!新伍獸功夫ネオファイブアニマルクンフーが一つ、鐵砲魚拳アーチャーフィッシュクンフー奥義おうぎ無限跳彈煉獄打むげんちょうだんれんごくだ”!」


 蕭はクローディア目掛け、勢い良くボールを放つ。

 宙吊りにされ身動きの取れないクローディアの体にボールが打ち込まれ、跳ね返っては舞台の壁や床で跳弾を繰り返し、再び彼女の体を打つ。

 出鱈目な軌道を取りながらも跳弾は的確にクローディアを襲い、ゴスロリ衣装の一部は裂け、レースや飾りは破れ、露出した肌に痣を作る。

 唇を切ったのか、波爾多ボルドー色のリップから不于的バーガンディ色の鮮血がしたたる。

 やがて、3つのボールは蕭の手許てもとに戻り、指の間で其れをもてあぶ。


「さあ、お孃さん。早く投了ギブアップした方が身のためせ我慢をていると取り返しがつかなくなる」


 唇からの鮮血を其の小さな舌でぺろりとすくい舐めつつ、

「死合ヲ投げル程のダめージは負ッてナイよ?」


「――仕方あるまい…」


 蕭はニンジャ裝束のふところから苦無くないと呼ばれる諸刄もろはの短刀を二本取り出し、両手に握る。

 続いて、腰から下げた合成樹脂で作られた竹筒風の容器をつかみ、口許くちもとに近付け、クローディアに視線を送る。


「小娘相手に出すような技ではないが仕方あるまい。

 新伍獸功夫ネオファイブアニマルクンフーが一つ、赤龍霸王拳レッドドラゴンクンフー秘奥義ひおうぎ赤龍霸王咆吼拳せきりゅうはおうほうこうけん”を使わざるを得ない!」


 竹筒の飲み口から黒っぽい顆粒かりゅうをサラサラと口に含み、頰をふくらませる。

 狙いましたかのようすぼめた口から其の顆粒を、捕らわれのクローディア目掛け、一気に吹き出す。

 瞬刻しゅんこく、両の手に握られた苦無くないを噴出した黒煙のなか燧石ひうちいしごと擦過さっか、散った火花が連鎖し、火焔を巻き起こし、クローディアを包む。


さながら魔女裁判の火炙ひあぶりが如し!さあ、投了ギブアップせよ、小娘っ!」


 其れ程激しくはない火力故、身を焦がす程、火焔は大きくはない。

 併し、其れでも衣装を焦がし、肌に軽度の熱傷を与える程度には熱い。

 焼け焦げ落ちる服の装飾を見て、微かに表情を曇らせるも、クローディアは落ち着いた様子で語る。


「オジSAN、殺意ヲはっしナいネ?」


 意外ひょんな問い掛けに眉をほそめるも、しょうは答える。


「…私は殺戮士ドールである前に武鬭家ぶとうか年端としはも行かぬ小娘をつかまえ殺意さついを抱こうはずもない。精々、らしめる、がところ


「ソっか――天道ソールから貰ッたオ洋服、ボろボロにサレたかラ、ちョっとムッとたケど…だッタら、赦爲ユるシ


「ん?なに??」


 クローディアの指先の爪がみるみると伸びる。

 鋭い細劍レイピア宛ら、五指から伸ばした爪を手首をひねようにして振るうと、いとも容易く道絲ラインを切り裂き、自由を得て地に降り立つ。

 伸ばした爪を再び短く収納し、手首を握り、その感触を確かめながら、カクンカクンと首を左右に振りつつ、一歩一歩、蕭に歩み寄る少女。


「なんだとッ!?伸縮性の單一分子人工爪ナノクローでも仕込んでおったか!

 しかし、其れなら其れでたおまで。見せてくれよう、新伍獸功夫ネオファイブアニマルクンフーが一つ、尾太蠍拳スコーピオンクンフー


 蕭は両手共、鷹爪ようそうと云う鷲摑わしづかみでもるかの様な手型をとり、上体を低く半身に構える。

 左足を引き、膝を曲げ、右足を伸ばして重心を落とし、近付くクローディアに身構え、シーッ、と息を吐き出す。


 そんな蕭の構えなどお構い無しに、クローディアは無防備に、カタカタと進み寄る。

 互いの距離が四尺よんしゃくに差し掛かった処で蕭は左足で強く床を踏み込み、上体を起こし、両手の鷹爪を少女の頭上から振り下ろす。

 クローディアはスローモーに両腕を上げ、蕭の鷹爪を防ごうと動く。

 其の彼女の動きに合わせるかのように蕭は鷹爪を内側に捻り、クローディアの掲げた両手首の内側をつかみ、左右に開く様に腕を押し下げ、自らの上体を沈める。


「かかったな!奥義“蠍鋏抑尾節頭碎踵かっきょうよくびせつずさいしょう”」


 蕭は床すれすれに迄頭を下げ後背こうはいしならせ、左足を大きく後ろに振り上げ弧を描き、其の勢いで左足かかとを少女の頭部に打ち据える。

 驚く程の柔軟性に意外な攻撃手段、死角からの打撃の巧妙さに舞台袖で見守る龍也は目を見張り、慌てる。


 クローディアは蕭の前転やバレエの動きにも似た縦回転の後ろ蹴りからの踵落としをもろに頭頂部に受け、両膝から崩れ落ち、其の儘、あひる座り。

 続けざま、背後に高々と掲げた左足を引き下げ、サッカーボールでも蹴るかの様に少女を蹴り上げる。

 クローディアは投げ捨てられたぐるみの様に舞台を転がり、下手しもて舞台袖近くに迄吹き飛ばされる。


 舞台袖から龍也は声を張る。

「クロっ!大丈夫かい?し無理なら…」

 タオルをぎゅっと握り締める。


 クローディアはふらふらと立ち上がり、舞台袖を振り返り、無表情の儘目配せウインクついでにVサイン。

「ダイじょーぶ、問題なイ。些少ちっといてナいから、仕舞しマいなヨ」


「気丈な小娘だ。良かろう、投了せぬというのであれば、意識を断つ迄。新伍獸功夫ネオファイブアニマルクンフーが一つ、羣狼拳ウルヴスクンフーにてついよう」


 しょう下手しもて側に歩み寄る。

 透骨拳とうこつけんと呼ばれる手型は、丈高指なかゆび擘指おやゆびで押し出す様に握った拳、龍也たつやは一目見て其れと気付く。

 確実に、仕留しとめに來た、そう思わせる。


 なおも無防備極まりないクローディアは、丸で夢遊病者の様に無気力に立ち尽くす。

 龍也は先程の蕭の動きから、すでに彼の一足一刀の閒合いを見切っている。

 クロは恐らく気付いていない。

 抑々そもそも、気にも掛けていない。

 蕭は大道藝だいどうげいの如き奇を衒う樣トリッキーな技を使ってはいるものの、體捌たいさばきはまぎれもなく本物。


 であればこそ――

 龍也は、蕭の一足一刀の閒合いに入る一歩手前の遠閒とおまに差し掛かった時、峻烈な眼光を投げ掛け、“殺氣さっき”を放つ。

 蕭は咄嗟とっさに歩みを止め、閒髮かんはつれず、龍也を凝視、身構える。

 クロもチラリとに視線を向けた、ような。


 蕭が目をらした其のわずかの間隙かんげき、クローディアはカクンと一歩踏み出し、其の小さな左拳でジャブを繰り出し、モーションブラーでもかけたかの様なブレとボケ足の軌道を残し、顎先を軽く小突こづく。

 ピンポイントで顎先を打ち抜かれた蕭の脳は首を支点に激しく揺すぶられ、間もなく白目をぐるんと剥いて垂直に腰を落とし、膝を床に付け、其の儘前踣まえのめりに倒れ込む。

 慌てた素振りで行司レフェリーが走り寄り、クローディアに離れるよううながし、うつぶせに倒れた蕭を気道確保の為に回復体位の姿勢を取らせ、まぶたを指先で開き、瞳孔を観察。

 やがて、頭上で大きく両手を振り上げ、蕭の氣絕ノックアウトとクローディアの勝利を告げる。



――舞台裏楽屋



 暴我乃境セクスタシー記錄會レコード所屬しょぞく殺戮士ドール用に用意された楽屋。

 複合屠ドールハウス殺劇場コンプレックスであるテイ如意ジョイ蘇我そがは数多くの殺戮士や関係者が集まる為、個室タイプの楽屋は一部の花形スター王者チャンピオン招待殺戮士ゲスト上位者ランカーに限られる。

 通常であればB級2組の殺戮士は大部屋となるが、所屬叢社レーベルの暴我乃境記錄會向けに中部屋が楽屋と用意されていた。


天道ソール何故なゼ真似まネをシた?」


 不機嫌そうにクロは語る。

 、と云うのは俺がタオルを投げ入れようとした事だろうか。

 クロの勝利を信じていなかった訳ではないが、酷い目に遭うさまを見続けるのはこくだ。

 敢えて、気付かない振りをする。


「何の事だい、クロ?」


先刻サっきノ死合、相手のオジSANニ殺意を向けタでしョ?」


 タオルの話ではなく、對戰者たいせんしゃ殺氣さっきを放った事を云っているのか?


「――当然だよ。クロを苦しめる相手に、敵意を向けるのはごく自然の事だよ」


「違ウ。アれハ故意に仕向ケた殺意。其レに気付イたオジSANハ氣がガれ、一瞬ボクかラ目を離しタ」


 矢張やはり、クロも気付いていた。

 兎角とかく、クロは感覚が鋭い。

 其れが生存本能から齎されるものなのか、防衛本能からなのか迄は分からないものの、武人や兵士の危機意識にも似た感覚を、ナチュラルに身に着けている。


「…うん、ごめん。彼程武藝ぶげいに精通している者ならば、殺氣を放てば此方こちらに反応する、反応せざるを得ない、そう思ったからなんだ。

 あれ以上、クロが痛い目に合う姿を見たくなかったから…」


 クロは少しうつむき、考え、間もなく口を開く。

「――…謝っタかラ赦爲ユるシてアゲル。素直ニ云ったカら赦爲てアゲル。

 其レにボクも天道ソールカら貰ッたお洋服、ぼろボロにしチゃッタし、おアいコ」


 気の所爲せい

 いつも無表情な彼女が、僅かに微笑む、そんな気がした。

 良かった。

 機嫌を直してくれて。

 俺の近くに居る者が苦しむ姿を、もう是以上見たくない。

 妹も、勿論、クロも。


「…でモね、天道ソール


「!?えっ、なに?」


「コれだケはおぼえテおいて欲シい。

 ボクに危険ガ迫っテも、天道ソール天道ソールだケの身ヲ按じ、其レを一番ニ考エるンだ」


いやしかし…」


こレハ提案じゃ無イよ。主人トてノ、だヨ」


「…分かったよ。でも、俺も何かクロの為に出来れば、と……」


天道ソールが出來ル事、天道ソールしか出來無イ事はて貰ッてル。其レは――」


「それは?」


「――“血”ノ一滴」


 そうだった――

 彼女は、主人。

 俺は、しもべ

 忠誠を誓う絕對ぜったいの對象。

 其處そこは、不変。

 ――して、

 俺はただの、、だった。

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妄想帝國断罪乙女 - Sadistic Gothic Lolita's Virgin of the Vendetta - 武論斗 @marianoel

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