stage 44 士为知己者死 -Jin side-

 カフェの窓際からマスゲームのような交差点を見ていると、約束の時間丁度にその女は現れた。


「ハーイ!ジンさん。初めまして。私がアルチャナよ」


「お会いできて光栄です。私はジン。隣は右腕のヨンファです」


「ボスからは、"血も涙もない悪党だから気をつけろ"って脅かされたの。こんなに英語が上手だなんて・・・。ウフフッ、予想外です」


「それは良かった。ナオキは自分を棚に上げて平気で人を貶める男です。信用しちゃいけません。アッハハハハハ」


 ウィットに富んだ挨拶を終えたところで、インド美人は唐突に口火を切った。


「これから向かう神奈川県厚木市の現場は、東名高速を使って1時間ほどの距離にあります。19時頃、研究所の職員たちが帰宅したタイミングを狙って一緒に館内へと進みましょう。常駐の守衛には研究設備のオーバーホールのため運搬業者が訪れる旨を伝えてあります。あとは●●教授から預かったこのICカードをかざすだけで、最もセキュリティが厳重なB5エリアまでスムーズに侵入できるはずです」


「よし。段取りはわかった。スポットで雇った5人は日本語が片言だが支障はないか?」


「週末とあって今日は遅くまで残る職員はいないと思います。声をかけられる可能性は低いでしょう」


「OK!ミッションスタートだ」


     ※     ※


22時30分。


 仕事を片付けた国際窃盗団は海老名サービスエリまで引き返すと、落ち合った別のトラックに荷を積みかえた。そして、日当の10万円を受け取った中国人たちは、下り方面の従業員通用口を抜けてどこかに行方をくらませたのだ。


「アルチャナ。俺とヨンファはこっちのトラックを横浜港で売っぱらってから貨物船で日本を出る。の起動を拝む前に帰国だなんてよ・・・。こんなむちゃくちゃな命令を下すバカをどう思う?」


「ウフフ。最高のボスね!」


「フッ・・・。面と向かっては口が裂けても言いたかねーがな・・・。アイツこそが俺たちのスーパーヒーローだ」


     ※     ※


 トラックの助手席では、相棒のヨンファが工業地帯の夜景に視線を奪われている。


「俺たちが日本に呼ばれる時は決まって厄介ごとの処理だ。次こそは、あのデッカイ観覧車に乗っけてやるよ」


「ジンさん、いつまでも子供扱いしないでください。あんなガキっぽい乗り物に興味ありません。それに、今回は手を汚さずに済んだぶん、精神的に楽でした」


「ケッ!生意気言いやがって。士为知己者死(士は己を知る者の為に死す)」


「はい?」


「ヨンファ。男はな、命をかけられるもんが見つかった瞬間に成仏してるんだ。つまりよ、俺たちが生まれてきた理由は、そいつのためなら死んでもいいと思える仲間と巡り合うためだったのかもな・・・」


「铭刻于心(肝に銘じます)。あっ、でも・・・、アニキが成仏なんて言葉を選ぶなんて・・・」


「アッハハハハ。血も涙もない悪党どもに使命をくれたのがヴァジラヤーナじゃねーか。だから俺は、たとえナオキにだまされて地獄に落ちたとしてもそれで本望だ」


「ジンさん・・・」

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