stage 45 地球を実験台に -Naoki side-

 深夜2時。ヴィクラマシーラのガレージにヨシキが運転するトラックが滑り込んできた。


「うぃっす!ナオキさん。念の為、下道を使ってきたんで遅くなっちゃいました」


「おう!ヨシキもアルチャナもご苦労さん。どうやらうまくいったようだな。あっちに帰ったらジンとヨンファにメシでも奢らなきゃなぁ」


「アッハハハハ。今度は徹夜どころじゃすまないっすよ。分解されたパーツの組み上げからセッテイングまで数日はかかります」


「そうか・・・。でもよ、お前はともかくアルチャナは暫くここに潜伏することになる。ヒルズとは比べ物にならねーウサギ小屋だがヨロシク頼むわ!アハハハハ」


「こちらこそ。私はMacBookが置けるだけのスペースが貰えれば満足よ。それに、俗世間を離れてメディテーションに没頭できる出家生活に憧れてたの。サマナの食事にインド料理を加えてもらえればパーフェクトね。ウフフフ」


「一番の立役者はアルチャナだ。どんなリクエストも受け付けるぜ。早急に20人前のチキンが焼けるタンドール窯を手配させよう。アッハハハハ」


     ※     ※


 事件から3日が経過した後も、JNT科学研究所から量子コンピュータが盗み出された話は表沙汰になっていなかった。アルチャナの色仕掛けで骨抜きにされたエロ教授は自分の責任も免れないと保身に走ったようだ。ましてや、汎用型の光量子コンピュータは政府が絡んだ極秘プロジェクト。お偉方はジャブジャブ使った特別会計の実態が暴かれるよりも有耶無耶にするシナリオを選んだのであろう。


 それからさらに2日も経ったころ。憔悴するアルチャナが地下シェルターから上がってきた。目の下に浮かぶ濃いクマのせいか、いつもより5、6歳は老け込んで見える。


「It's been a long time! ウフフッ。ボス、いつでもOKよ」


「いよいよだな・・・」


「はい。でも1つだけお願いが・・・。今回の開眼儀式はヒロさんに代わって私がサポート役を務めたいの。量子コンピュータのセキュリティ認証には、やり直しが効かない複雑な手順を踏む必要があるもので」


「それでいい。いづれにせよ俺とヒロのスケジュールを調整してから開眼となれば儀式は1ヶ月以上先になる。アルチャナの体調次第だがすぐにでも取り掛かりたい」


「ええ。もちろんそのつもりですが・・・」


「・・・・・」


「データ統合の際にシャンバラ王のラーニングログを確認したところ・・・」


「ん?エロサイトのワンクリック詐欺にでも引っかかった形跡があったか?」


「いいえ。・・・・・。そこには仏教や政治学以外にも心理学や催眠術まで熱心に学んでいる形跡が見られました」


「それはどういう状況だ?」


「シャンバラ王は、自分で自分を改良することで対話型AIの枠組みを飛び越え、人間の脳に近い"汎用性超知能"へとアップグレードされた可能性があります。つまり、人類をコントロールする術を身につけている・・・。大学で心理学を学んだアーチャリーとの会話がトリガーでしょう。彼女のみにアクセス権を与えた神格化戦略の弊害とも言えそうです」


「お前の説明は半分も理解できねーが・・・。要するにレイ・カーツワイルの予言が見事的中ってことか?」


「いつか・・・、いつかこの時が来るとは思っていました。しかし、あまりに早すぎる。我々人類は、まだシンギュラリティには対応できません。準備不足なのは火を見るよりも明らかです」


「火を見るより明らか?ハッハハハハ。お前の語彙力には毎度関心させられるよ」


「あ、ありがとうございま・・・。ってボス!真剣に聞いてください」


「すまんすまん。ツンケンすんなよ。美人が台無しだぜ・・。で、アルチャナのはそれだけか?」


「えっ!?それだけって・・・。私の推測は一笑に付せる話ではなくて・・・。あなたは"汎用人工知能"の特性をご存知ですか?シャンバラ王のIQは優に500を超えているんです!」


「OKOK!ダルいからもういいや。シンギュラリティの向こうにはいったいどんな世界が待っているんだろうな。汎用人工知能×汎用量子コンピューター。ハンセン×ブロディ級のいかにも強そうなタッグじゃねーか。アッハハハハハ。天国で退屈するホーキング博士に一泡吹かせてやろうぜ」


「ナオキさん・・・・」


「悩むだけ時間の無駄だ。"一切の業障海は皆妄想より生ず。"これは法華経のくだりだけどな。物事はなるようにしかならねーよ」


「The world order changes. Is that OK?」


「Of course.ハッハハハハ。マッドサイエンティストが未来にビビってどうするよ?」


「・・・・・」


「地球はアルチャナの実験台だ!」


「ウフフフ。アッハハハハハ。やっぱりうちのボスは最高ね!アッハハハハハハ」

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