第3話:白銀と竜

 背部推進器メインブースタ脚部上昇器レッグスラスターを連動させるように噴かせて少し浮かび上がり、腰部噴射器サブバーニアで姿勢を保たせつつ、ほんの少しだけ浮かび上がりながら前進する。無論の事、障害物に衝突しないように、背部推進器メインブースタの出力はかなり繊細な操作を要される。このあたりの操作は、展開後のGFギアフレームの各部位それぞれに起動式が存在するので、それらに魔素を送り込めばよい―――要するに動いて欲しい部位に動けと命じればよい―――ので、あとは送り込む魔素の加減によってそれらの出力も加減する必要がある。

 4機のGFはそれぞれ、推力と重量が異なる。楓の展開しているブルー・ラピエレなどは機動射撃戦を想定している為に身軽で速い。対して相方である徒瀬あだせのレヴェルブレイザーは重装甲と大型武装の積載により、推力に劣る。織人の駆る黒金くろがねはその中間程度の速さ、といったところだ。

 ただし、レヴェルブレイザーが遅いといっても、最高速度で1000km/hを叩きだす事も出来る。これは理論上の数値である(使用者がその速度に耐えられないため実使用できない)が、生身の人間など歯牙にもかけない速度である。

 それは他の3機と比べると初速が遅いと感じる程度だが、初速の生じる、推力器を片側に偏らせて全力稼働させる―――急速回避クイックブーストと呼ばれる技術―――に大きな差を生み出す。それはたった1秒にも満たない一瞬だが、しかしその一瞬を見極める事を求められるのが、対GF戦であった。


 徒瀬は動きがあやしい。ただ前進しているだけでふらつきが見られる。これは恐らく脚部上昇器レッグスラスター腰部噴射器サブバーニアの出力が見合わないのだろう。浮力が勝っては妙な方向に身体が向いてしまうが、だからといって姿勢制御の腰部噴射器サブバーニアに出力が偏ってしまった場合は地面に足を付ける事になる。まさか足を引きって地面を削りながら移動するわけにもいかない。遅くなるし、なにより足底部にも上昇器スラスターがあるのだ。それをくだらない理由で損壊させてしまう事になる。

 先輩のハンデとして、織人は手にしている突撃用魔導銃アサルトライフルの銃口を天井に向けた。撃つ気なし、をジェスチャーする為である。

 その意を汲んだ楓とシルヴィー(そういえばシルヴィーの動きを一切見ていないがまあ大丈夫だろう、と織人は思った)は、速度を緩めて手近な障害物へと隠れて待機した。導信で言わないのは、徒瀬への気遣いだった。

 何度か障害物に盛大な体当たりをしながら、それでも徒瀬は速度を緩めない。無謀が形を成して前進するようだったが、しかし部屋に積まれた木材やコンテナが破損していく毎に、彼の動きも変わっていく。


 何が悪くて何が良いのか、五感と予測を織り交ぜて判断し、即座に試す。そして満足のいく結果を出す事。徒瀬の言う『自分の才能』とは、真の意味で言えばこの事だった。これ以外に、彼は自身に秘めたる『なにか』を何も見出せなかった。大雑把で無茶で無謀である事は承知してはいるが、それでもこうやって、周囲に体当たりしていかなければいけない。でなければ何も掴み取れない人物であると、自分自身で確信しているのだ。機動兵になるという夢も、そして第05小隊を選ぶという事も、その野性的な勘とどこまでも冷酷な思考のもと導き出された結論だった。そして、彼はそのたった一つ持ち得た自分の武器だけは信用していた。

 だから、自己の操るレヴェルブレイザーなるGFが思うがまま水平機動行う事が出来た現在でも、そこまで驚きは無い。驚けなかった。

 周囲に散乱した、障害物として設置されていた木材、砕けた石の残骸。全て自分の「試し」のせいだ。成功は偶然によって起こり得る。しかし失敗というものは必然なる帰結。

 であれば、と思い、失敗するであろう事を予想してし、過剰速度で突っ込んだ結果の哀れな犠牲。

 どうすれば失敗するかが分かって初めて意図通りの成功を成し得る。徒瀬攻志とはそう断じる人物であった。

 結局のところ、周囲の何もかもを滅茶苦茶にしない事には何も成し得ない。分かっていた。分かっていた事だ。

 だから俺はあの時、剣を取った。そうだろう、兄さん?



 それは驚くべき事だった。ほんの1分前までは前進もおぼつかないような初心者であった徒瀬が遮二無二しゃにむに周囲に衝突して室内機動戦の洗礼を浴びているかと思うと、いきなり動きが変わったのだ。

 前進は勿論だが、一瞬だけ背部推進器メインブースタを全力稼働させた後、各推進器の動力を全て落とすことで可能となる、放物線を描くように飛ぶ機動により、障害物を避けながら手近な石塊ブロックの陰に隠れてしまった。

 もはや障害物を避けて機動するどころか、遮蔽物として活用し、あろうことかこれからの野外演習で仕込まれるはずであった放物機動パラボラ・マニューバまでもを使用している。

 織人は正直、これをチームとするつもりはなかった。GFの動かし方というのは、各部位への指示イメージと出力加減―――つまり経験、あとは体力が全てのものだからだ。一朝一夕でどうにか出来るようなものでもないし、先立っての会話で動かせるかどうかを尋ねた事で、これを一種の緊張ほぐしレクリエーションとするかどうかを判断したのだった。シルヴィーが見た事も無いGFを持っている事、そして、恐らくはそのGFを「任される程の実力者」である事は予想外だったが、徒瀬は織人の期待通りに卵から孵ったばかりのひよこであり、スポーツのように汗をかきながら楽しい思いをさせて、徐々に操作を覚えさせればよい―――はずだった。

 シルヴィーの一件で衝撃を受けたはずの織人は、いま、より大きな衝撃を受けていた。彼の言を信じるならば、中等部の頃一度だけ動かした程度の経験。それこそ政治やっかいごと軍部の感じた必要性おとなのワガママによる、GFの良い部分しか見せない子供だましレクリエーション程度の内容であったはず。それなのに。

「悪い、時間取らせた。で、柳。こっからどうする?」

 導信で徒瀬の声が聞こえる。楓がやにわに徒瀬を黙らせ、導信は切れた。特定の人物にのみ導信を伝える方法を教えていなかったらしく、それをいま直接の会話によって伝えているのだろう。徒瀬が経験浅い学園生である事を雄弁に物語っている。

 それにしても、と思った。謎のGFを所持するシルヴィーと、孵化して間もなくドラゴンの子供を思わせる成長を見せる徒瀬。

 喜ぶべきなんだろうか。いや、喜ばしいはずだ。絶対にそうだ。少なくとも表面上の事を考えれば、彼らは自分などよりもずっと高い才覚を持っているのだから、小隊の戦力は段違いになる。問題はその裏面だが―――考えるだけ埒もない。

 織人はその場に茫然と立っていた。手にした武装を構えるでもなく、突撃用魔導銃アサルトライフルは右手でだらんと下げられるように持つに留まり、銃口は床を向いている。背後からわずかな推進音が響く。シルヴィーが寄ってきたのだった。

「凄い人ね」呆れと感嘆を混交させた声だった。徒瀬の行動を要約すればそうとしか言えない。君もな、とは言わなかった。

「そうだな」平凡な返答と共に、一つ思う事があった。

「あれだけの物を破壊して、あれだけの機動を見せて、それから普通に会話するとはな。どんな神経してるんだ。あいつの方がよほど隊長に向いてるんじゃないか」

「そうかしら?『切り込み隊長』としては最適だと思うけど」

 純粋に褒めているのか、皮肉なのか区別がつかない言葉だった。いや、ただの事実だろうか。

 もはや予定は変更するしかない。緊張をほぐす為の勉強会もどきレクリエーションなど、中級機動術の一つである放物機動をものとした徒瀬には失礼にあたる。

 それに、そうだ。元からそう言っていた。『実践』であると。お題目が実になっただけ。はは、なんともはや。

 少しの時間を置いて、織人は導信で尋ねた。

「準備はいいな?今度こそ、開始するぞ。なに、成績やら評価には影響しない。軽い気持ちでやろう」

 主に、徒瀬の面倒を見る役目である楓に向けた言葉だ。もはや徒瀬に『抑え』は必要ない。恐らくだが、彼女も既に徒瀬を後輩とは考えていないだろう。

 口調を出来る限り抑えてはいたが、やはり興奮を多少見え隠れさせていただろうかと織人は思った。楽しい。こんなに楽しそうな事は久しぶりだった。

 思考を切り替えて、シルヴィーにのみ導信を送る。ここからは本当の実演習だ。

「徒瀬とは俺がぶつかる。その間、柳の相手を頼むぞ」



 GFを動かす事とGFで戦う事の差は大きい。GFで戦うという大項目の中に、動かすという小項目があるようなもので、他にも心得ておく必要のある事は沢山ある。機動による姿勢制御を行いながら射撃をするという事がどれほど難しいか、魔導器学園生であれば嫌というほど味わう事になる。それは天才と称される柳楓であっても例外ではない。いや、彼女は常人よりもその難しさに直面しているに違いない。

 だが、徒瀬はどうなんだろうか。あの、発射された魔導弾のような男は、果たしてどれほどでにするのだろうか。また、数分だろうか。イノシシのように考えなしかと思えばドラゴンの如く変化を遂げた先のように。

 織人はレヴェルブレイザーの武装を思い出す。主武装は、弾数の限られた携行魔導砲エレメント・ランチャー。弾速が遅い為に接近しなければ当たらないものの、威力が高い。直撃すれば城壁すら穿つだろう。

 が、かなり重い。携行魔導砲エレメント・ランチャーは未だ発展途上の技術で、特にその軽量化を急がれている最中である。最も重い物で20㎏はあるのだから、携行という名を冠してはいるが、持ち歩く事は出来ない代物だった。

 しかしGFで持つとなれば話は変わってくる。さすがに小型魔導銃ハンドガンと同じように、というわけにはいかないが、姿勢に気を付ければ片手で扱う事も出来る。弾数が限られている、というのは、魔導砲は一般的な魔導銃とは違って物理的な弾丸を必要とするのだった。

 魔導砲に使用する魔素は多く、黒金の突撃用魔導銃アサルトライフルのように大気中の魔素だけを固めて発射するだけでは、弾丸を精製するのに数分間を要する。その為、魔素を凝縮した魔導砲弾を砲身に込めておく必要がある。装填数1発のそれは、携行可能数はたったの2発。なので、接近しながらさっさと鈍重な携行魔導砲エレメント・ランチャーを撃ち果たして捨て去る事で身軽となり、後は予備兵装である前腕部に装着された武装、大出力魔導剣ハイパワー・エレメンタルソードで斬りかかる戦法を取る事が多い。接近戦に際しては、左腕部にある腕輪のような形をした兵装、魔導盾エレメンタルシールドがある。必要に応じて盾を展開するGFのコアフレームのようなもので、嵩張らない。その為、先の『撃ち捨て』戦法が有用となった。撃つ前は邪魔にならず、撃った後はそのまま使えるのだから、理想的と言えるだろう。あるいはそれを見越しての一括内包パッケージかもしれない。

 要は、大砲を撃ちながら近づいて後は剣で斬る。そういう近距離での活躍を見込まれた機体だ。遠距離銃撃は盾で阻み、近距離は剣で対抗する。前衛を受け持ち、味方を守る為の役割を持っている。

 ただし、大出力魔導剣ハイパワー・エレメンタルソードにしろ、魔導盾エレメンタルシールドにしろ、かなりの魔素を消費する。学園外に赴いて魔素飽和環境での実地訓練において―――いわば、魔素を使用出来ない状況下において―――戦闘不能という状態を回避すべく、背中には重厚長大な剣がある。魔素によって展開されてはいるが、こちらは正真正銘の鉄鋼で作られた剣だ。

 コアフレームの成し得る奇跡、つまり、物質を魔素に変換し、格納し、再展開するという機能によってGFは成り立っている。持ち運びに苦労はしないが、それでも、大剣は不人気だった。

 使いづらい、どころではない。単純に重いのだ。

 背中に重量があるせいで、レヴェルブレイザーは重心も独特なので、姿勢制御には気遣わねばならない。魔素使用可状態―――平常の状態であれば無用の長物である大剣のせいでかなり扱いづらいのだ。なので、特別な事情が無い限り、レヴェルブレイザーを操るほぼ全ての学園生は、大剣を展開しない。扱い辛い難物の機体というのが、学園からの実使用を経ての評価である。

 それでも織人は、徒瀬にはレヴェルブレイザーしかないと思ったのだった。その予感が当たるか大外れかは―――今から分かる。


 これらの情報は、楓が教えてある事だろう。機体特性と役割さえ分かれば、後は経験するだけだ。しかし、徒瀬の思考は読めない。

 読めそうにない。放物機動によって描かれた鮮やかな魔導航跡コントレイルは未だに目に焼き付いている。忘れられない。忘れてやるものか。

 何か突飛な事をしでかすかもしれない。今は訓練なので実弾ではないものの、魔導砲を目くらましに使用する、とか。地面を撃てば、砂埃ぐらいは起こせる。相手の位置を正確に掴み、この障害物だらけの室内を自由に動き回れると仮定すれば、かなり厄介な手だ。そうすると分かっていたとしても、対応策が無い。まあ、その仮定を満たす事は楓の実力と徒瀬の底知れない才能を以てしても難しいだろうが、それすら考えた方がよい。

 対するこちらとしては―――わからない事が多い。

 シルヴィーの実力、GFの性能共に未知数だった。恐らくは戦況によって武装を変更する程の万能機なのだろうが、長剣ロングソードを持ち出した理由が分からない。

 随分と面白い状況じゃないか。

 知らず、織人は笑っていた。考える時間を割く事も惜しくなってきた。背部推進器メインブースタを中心に各推進器を動作させる。出力は絞りながらも、障害物の間を縫うように前進する。シルヴィーはその後方をつかず離れずの距離を保ちつつ前進しているようだった。

 何を企んでいるかは分からないが、真っ向から受けて立とうじゃないか。別に勝ったから何があるわけじゃないが、ここまで度肝を抜かれるとぜひとも勝ちたくなってくる。

 口元の歪みが強くなることを自覚する織人だが、そんなことまで導信で伝わるわけではない。

 しかし、その感情が通じたのか、徒瀬のレヴェルブレイザーが突如として織人の眼前に現れる。轟音と共に遮蔽物を斬り砕き、『それ』は現れた。


 織人達の前方に立ちはだかっていた木材を豪快に薙ぎ払い現れた真紅の装甲を誇る重武装のGF。遮蔽物は邪魔だとでも言いたげな行動は、突飛極まりない。

 更なる驚きを与えたのは、彼の武装にあった。

 携行魔導砲エレメント・ランチャーを持っていない。彼が両手で振るい、いま材木を吹き飛ばしたそれは、誰からも見向きもされなかった防御用副兵装・鋼鉄大剣グレートソードである。

 呆気にとられ、数瞬の時が流れる。徒瀬はただ、大剣を右手で肩で担ぐようにして所持し、左手を空けた。なんとも自然な動作だった。

 ここまで堂々とされると、知らない人間にはこの機体は大剣が主武装であると宣伝しても通じるな。それとも、それは『お前』の主武装か。

「往くぞ、突撃する!」

 その言葉は、徒瀬に向けた挑戦か、シルヴィーに向けた激励かは分からなかった。


 織人は突撃用魔導銃アサルトライフルを向け、頭部装甲視認器ヘッドセンサーデバイスで照準を合わせる。銃口の向きに合わせて着弾地点を表示するのだが、堂々と正面に、しかも遮蔽物が無いお蔭で、そこまで正確に狙いを定めなくともよくなった。

 引き金を引く。魔導銃は特殊なものでない限り、わざわざ起動式に魔素を送り込む必要はない。出力の加減や細かな指示がいらないものであれば、引き金やスイッチなどの操作によって起動させる事が出来る。

 突撃用魔導銃アサルトライフルの銃火が徒瀬に襲い掛かる。引き金を引き続ければ射出し続けるその武装は、中~近距離において突撃用の名に恥じない働きを見せる。

 大気中の魔素を銃身下部の吸素口から取り込み、射出するのは一瞬だ。仮に、徒瀬が今から隠れようとしても遅すぎる。回避も真っ当な手段では間に合わない。

 魔導弾が鋼鉄にぶつかり、霧散する。訓練用魔導弾だ、例え生身に当たったとしても風が吹く程度のものだ。しかし装甲に一定以上の被弾を認められると、訓練参加者全員の頭部装甲視認器ヘッドセンサーデバイスに『撃破』と表示され、その者は以後GFを強制解除される、という仕組みだ。

 だがそれは装甲に当たれば、の話。

 魔導弾が命中したのは、徒瀬の振りかざした大剣であった。それを盾として活用して弾を防ぎながらデタラメに動き回り、大剣を再度肩に担ぎ直した徒瀬は、短距離走者の姿勢で直線機動を行い、物陰に隠れる。

 徒瀬は期待通り、難を逃れた。荒々しく無駄の多い挙動だが、ともかくも銃弾から逃れた事が事実である以上は、認めざるを得ない。

 化け物の如き胆力。そして、神速の機動。

 だが少しわかった。徒瀬は直線なのだ。性格も、戦闘機動も、そして戦術も。

 遮蔽物を破壊した意味も、恐らくが理由か。まったく、急造コンビの割りにやってくれる。

「オリヒト!」

 シルヴィーが呼びかける。遮蔽物に隠れろ、という意図だと―――思っていたが、当のシルヴィーが前進している。遮蔽に隠れることなく、徒瀬の破壊した残骸を進んでいく。

「シルヴィー!?」

 彼らの行動、それらが意図するところがわかっていないのか。簡単にでも説明しなければ。

 しかし、もう遅かった。残骸の更に奥、石塊ブロックが幾重にも積み上がるその先から、僅かに蒼い点が見える。ブルー・ラピエレが狙撃用魔導銃スナイパーライフルの銃身を覗かせているのだ。徒瀬が引きつけ、ついでに遮蔽となるものを破壊し、狙撃を可能とする。後方からの狙撃は自分達に有利な地形を用意し、それが最大限活用できるように対応しながら前衛である徒瀬が派手な動きで敵を引き付ける。

 単純明快に過ぎるが、理は通っている。確かに徒瀬が防御を、楓が攻撃を受け持っている。無理矢理に無謀を足して混ぜ合わせたような戦術だが。


 ブルー・ラピエレの構える狙撃用魔導銃スナイパーライフルに連動し、頭部装甲視認器ヘッドセンサーデバイスが遠方を拡大視認ズームアップする。

 白銀に輝くGFから、確かな戦意を感じ取る。背部推進器メインブースタが殆ど全力稼働しており、肩部補助推進器ショルダーズ・サブバーニアまで稼働している。

 この狭い室内でそこまでの全速移動を行う度胸は大したものだが、速いというだけでは、残念ながらこの射撃を躱す事はできない。散乱する障害物を失念している。自由な回避機動が行えるのならともかく、左右は雑多な障害物が塞いでいる。

 あのような正体不明のGFを扱う事の出来る人間に、手加減は無用。徒瀬以上に底知れない。油断して食われるのはこっちだ。楓はそう判断した。

 それに―――許せない事もある。

 織人がシルヴィーを見る目が許せない。彼は恐らく自分でも気が付いていないだろう。シルヴィーが端正な顔で笑いかける時、少し寂しそうな笑みを返す事に。

 徒瀬もそうだ。ゆくゆくは機動兵になるという話の中で、織人が憧憬の念を込めた目を向けていた。あの目は、自分がどれほどまでに地味な訓練を重ねたか分からない程の年月で培った機動射撃術ですら、得られなかった眼差しだった。

 しかしなぜ、彼はあそこまで初対面の彼らにあそこまで表情を崩したのだろうか。なぜ自分はこれほどまでに苛立つのだろうか。

 分からない。何もかも分からなかった。それが苛立ちを倍増させてしまう。普段はまったく理知的な楓は自身の感情を理解しながらも制御できず、今この時でさえも困惑が増していく。

 この二人が第05小隊に来るのはうれしい事だ。織人の苦労も減る事だろう。それでも―――

 狙撃用魔導銃スナイパーライフルの一撃が命中確実である事を、頭部装甲視認器ヘッドセンサーデバイスの丸い照準が点滅することでせわしなく伝えてくる。

 ひと時の躊躇もなく引き金を絞った。狙撃用魔導銃スナイパーライフルが放つ一閃は、如何に実体を持たない魔導弾だとしても反動を無視できない。銃身のブレが多少あるものの、今は訓練用の魔導弾なので密度も高くない。あとは楓の頬にそよ風が吹く程度だ。

 しかしシルヴィーに放たれるのは、音よりも速く、空気をも切り裂き突き進んでいく魔光の一閃。知覚してから反射して回避する、などは到底間に合わない。訓練用魔導弾というものは威力は低いが、その弾速は戦場で使用される実弾に引けを取らないのだ。

 シルヴィーの取った行動はと言えば、長剣ロングソードを前方に突き出しながら、相も変らぬ全力疾走する事。

 それは、剣術においての構えに見えなくもない。刀身で狙撃を防御でもしようというのだろうか。しかし、楓は無情にも頭部への一撃必殺ワンショットキルを選択している。遮蔽物としては、剣の刀身というのはあまりにも細すぎる。徒瀬の使用した鋼鉄大剣グレートソードならともかく、シルヴィーが所持しているのは片手用の剣に過ぎない。

 そして、どれだけ速く動いていても、目に見える範囲であれば撃ち抜くというのが、楓の名声を確たるものとしている所以だった。

 勝利を確信すると共に、楓の胸中には一抹の不安がよぎる。

(何を考えているの、シルヴィー?まさか、本当に防ぐ手立てがあるの?)


 シルヴィーには分かっていた。蒼い装甲に身を包んだ射手が狙撃用魔導銃スナイパーライフルを構え、こちらを正確に狙いを定めている事を。更に言えば、数瞬のうち、放たれる魔光がこちらの急所となる箇所を撃ち貫くだろうという事も。

 シルヴィーは手にしている長剣ロングソードの刀身に視線を移した。彼女の纏う装甲と同じく銀に輝くその刀身は、頼もしいまでに眩しい。


 シルヴィーには知覚出来ない一瞬で、楓の放った狙撃魔導弾が迫る。その弾道は、シルヴィーの構えた剣の横を通り抜け、ぴたりと額に当たるものである。


 その時、魔導弾が剣を通り抜ける事は無く―――消失した。


 楓は、頭部装甲視認器ヘッドセンサーデバイスが伝えてくる情報を充分に認識しながらも、しかし理解出来ずにいた。

 何が起きた?なぜ『撃破』のメッセージが出ない?なぜ彼女は無事なの?

 知らず、腕が震える。氷漬けにされたかのように蒼白となった表情をさっと切り替え、再度狙撃用魔導銃スナイパーライフルを構える。

 白銀の装甲を煌めかせたGFが、神々しき白光を放つ剣を携えて楓に迫る。




 楓の頭部狙撃ヘッドショットスナイプと共に、真紅の外装を身に纏うGFが織人の前に立ちはだかった。シルヴィーの援護に向かうつもりで全速移動を行っていた織人は態勢を変えた。足を前方斜めに突き出し、肩は出来る限り下方向に向かせると共に、足底部の上昇器スラスターと肩部の補助推進器サブバーニアを稼働させる事で後背に飛ぶ。

 かなり強引に行った後ろ宙返りの最中、徒瀬のレヴェルブレイザーが大剣を振るい、自分が一瞬前まで存在したところを一閃しているのが見えた。

(ここまで読んでいたのか。本当にやってくれるよ)

 途方に暮れる胸中とは対極的に、その口元はつり上がり、笑っていた。

 さあ、初撃は躱されたぞ。次はどう出てくる?楽しみだ。本当に楽しい―――



 コンテナから現れた徒瀬は、渾身の斬撃を躱された事に少し安堵していた。

 先輩からの指示に従いはしたものの、伏撃で倒すというやり方で初戦を飾りたくなかったというのが正直なところだった。

 実は、この時点で彼らの作戦は崩壊している。本当なら、徒瀬が指定箇所の遮蔽物を取り除きながら派手に動き回って相手の目を集め、楓がここぞという所で一撃必殺ワンショットキルを決める。そして、狙撃のどさくさに紛れて遮蔽に隠れ、近づいた相手を直線機動で徒瀬が仕留める。

 だが、シルヴィーが先行して楓の元へ向かってしまった。それに未だ楓からの援護がない。一撃必殺ワンショットキルは失敗したのだろう。自分の伏撃も失敗した。もはや楓が授けてくれた『虎の巻』は無い。

 しかし同時に、『撃破』とも表示されていない。つまり、楓は負けていない。自分だって、随分と不利な状況だが、負けていない。

 となれば、退けない。後方支援が主体(のように思える機体構成だった)楓が意地を張っているのだ。自分だってやって見せないといけない。

 それに、少しばかりの憧れでもある。剣は銃に勝てないのか。それとも―――

「やはり、試してみない事にはな!」

 何度も呪った、自身の持つ唯一の武器。

 今日だけは―――ほんの少し感謝した。『楽しい』と思える事に。





「面白い逸材ですね」

 美形の青年はにこやかに言い放った。その光景を絵にすればなんとも様になるかもしれないが、その声に含まれる毒気に気付けぬほど、姫華は鈍い感性を持っていない。

「あの狙撃スナイプ、直線的とはいえ高速機動中のGFに正確な狙いを定めていました。柳さん、と言いましたか。さすがは創られし子供チルドレンの一人。それにあの大剣使い、度肝を抜かれましたよ。GFの初心者とは思えない―――いや、上級者顔負けかもしれません」

 白々しい。自身の運営している学園生を褒められて嬉しいはずの学園長、城ノ島姫華の感想はそれだけだった。


 学園の執務室―――その奥には『資料室』と銘打たれている小さな部屋がある。その中にあるのは資料ではなく、幾つもの研究中魔導器だった。軍事研究施設、あるいはそれに属する者が新発明した、試用を願ってやまない魔導器ガラクタが箱詰めされている。

 レイス・ロードアーツは姫華に「資料室を見せてほしい」と言ってきた。それが、秘密会議ごっこの続きをやろうという事に違いないと気づきはしたものの、黎理を呼べなかった。黎理が雑事で席を離れた時を見計らったように現れたのだ。何から何までが計算ずくなのだろう。

 そして、「軍で研究中の技術があるんです。ご一緒に成果を見てみませんか」と言って中空壁状投影器エア・ディスプレイ・デバイスと言うらしい魔導器を取り出した。手のひら大の真っ白な四角い箱にしか見えないが、起動式がうっすら見える。

 レイスが起動式を反応させる。

 中空に他の場所を映し出す。レイスからその魔導器に対して受けた説明は、たったそれだけだった。

 しかし、その光景が映し出したのは、狙撃用魔導銃スナイパーライフルを構えたGFをはっきりと捉えている『誰かの視界』。

 それは異質な光景だった。魔導器学園の長であるからこそ感じ取る異質さかもしれない。こんな精度で捕捉ロックオンする頭部装甲視認器ヘッドセンサーデバイスなど、自分は知らない。学園の物ではあり得ない。

 そして、レイスはとどめとばかりにもう一つの中空壁状投影器エア・ディスプレイ・デバイスを取り出し、またもや起動した。

 そこに現れたのは、眼前いっぱいに飛び散る木材やら石の残骸。視界の殆どを覆い隠すほどの大剣。

 そして―――目の前に飛び込んでくる、漆黒の外装に身を包んだGF。

 見間違えようもない。

 城ノ島織人。『大侵攻』の日に全てを失い、茫漠とした人生を送るようになってしまった弟。些細な事でもいいから何かを得てくれればと、密かに願ってやまない愛しの織人。


 GFの頭部装甲視認器ヘッドセンサーデバイス盗み見ジャックする。恐らく、今日入学してきた『05小隊に入るであろう人物』にあたりをつけ、なにがしかの魔導器を仕組んだのだろう。そんな―――平常であれば(現在は潜在的な戦時下にある)法に触れる事疑いなしの物を持ち出して、あまつさえ学園長である自分に見せつける。何より、最も見て欲しくなかったものを、誤解の余地を完全に打ち砕いて見せる。

 レイスが見せてきた魔導器には背筋が凍りそうなほど不気味を感じるが、それ以上に、レイスが何事もなかったかのように話を進める事ほど恐ろしい事は無い。

 もしも、何もかもを仕組み、それが彼の思惑通りに進んでいるとしたら、それはそうだろう。それは『何事もなかった』という事に他ならない。

「『彼』がどう出るか、楽しみですねぇ。本当に。殻の取れないひよこかと思いきや、牙を剥いてくるドラゴンが相手の時、『彼』はどうするのでしょう」

 レイスは、いよいよその声に宿る禍々しさを隠しきれなくなっていた。美しく整った顔立ちは歪み、悪魔の様相を呈している。

 化け物を横目にしている姫華は、不思議と落ち着いていた。分かり切った事がこれから起こるだけだから。


『彼』がどうするかって?知らないはずがない。

 彼は日常の如く、いつも通りの態度のまま、全てを始める。


 例え、これまでの全てを終わらせようとも。

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武装兵器 -Gear Frame- 早見一也 @kio_brando

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