晧月ー3

 まばゆく白い光で目が醒める。朝の光を背に、寝台に腰かけていた柘榴帝が振り返る。逆光で見えづらいが笑っている。


「蓮」


 蓮は身を動かさずに顔を腕で覆い隠した。

 一夜明け、冷静に事態を考えられるようになってきた。理性が戻れば戻るほど心と矜持が傷つき刻まれていく。

 自分はなんと愚かだったのだろう。薫香の匂いに惑わされ、何もかもを放棄してしまった。敵に身をゆだねたのだ。


(なんて醜態を。目の前にいるのはもう紅呂じゃない、柘榴帝なのに)


「蓮……?」


 伸びてきた手をよけ首を振る。かすかな抵抗をそれでも相手は受け入れてくれた。衣擦れの音とともに気配が遠のき、そっと離れていく。


「また来る」


 完璧に身なりを整えた帝は振り返らずに去っていった。

 蓮はひとり寝台で茫然と壁を眺めていた。自分は一族を、血族を裏切ったのだ。柘榴帝を殺すどころか失敗し、逆に生かされこのざまだ。なぜ彼を受け入れてしまったのか。微睡みの中で思い出す時間が甘美であればあるほど、戻りつつある理性が鋭く蓮を苛んだ。


(なぜこんなことに)


 答えの出ない問いだけが延々と繰り返され息がつまる。柘榴帝の考えがわからない。そして彼が紅呂であったとしても、その考えもわからないのだ。涙が感覚のない頬を伝っていく。


(憐れみから生かされたのか。同情から、あるいは蔑み辱めるために?)


 もはや自分の生死すらどうでもいい。生きる目的を失くした蓮は、柘榴帝に矜持を奪われ自身の心にも裏切られた。薫香の匂いが消え理性が戻るほどになにもかもわからなくなる。この世のすべてが混沌として自死するだけの気力もない。


(死ぬ意味ですら見つからないのに)


 蓮は茫然とそのまま寝転がり天井の継ぎ目を眺めていた。朝も昼も夜も、時間がかってに流れ過ぎていった。

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