天皇の首は、価値高し。

「月夜ノ姫様、お久しゅうございます。天皇への御即位、心よりお喜び申し上げます。もっとも、今はそうも言っていられませんが…」

結月は最後の言葉に耳を疑った。


お喜び申し上げます、って言った後に『そうも言っていられない』?心の声がダダ漏れじゃないの…。


「それはどうも。で、如何なるご用件で?お祝いの言葉だけ言いに来たわけじゃないようだし…何か面倒ごとにでも巻き込まれたのですか?」

結月はつっけんどんに答えた。いや、仕返しの意味だけでもないだろう。民の来訪は、今御簾の向こうにいる彼で50人目だ。

いまの時刻は日の傾きから見て、正午まではあと3時間はあると言ってもいい。つまり、この先も延々と民の声を聞かなければならない。

ただの地獄だ。

だと思っていた"日々の民の声を聞く"というつとめは、とてもつまらなかった。

御簾の向こうにいる彼もきっと例外ではない。彼も、途方も無くつまらない愚痴や世間話をしに来たのだろう。結月はふぅ、と溜息をついた。

「はい。実は、東国で『天皇を討て』という令がの間に広まっているようなのです。月夜ノ姫様はもうご存知かもしれませんが…」

結月は話半分でほぼ瞑想にふけっていた。だから、「それは興味深いわ…」といったノリで生返事をした。

「へぇ…。東国で天皇を討つという令が出ていると。それは素晴らし……」

結月は、そこまで言いかけてようやく何かがおかしい事に気づき、彼の言葉を反芻し始めた。


東国…、ブシ…、討つ…、天皇…。












ちょっと待って。ブシって、何…?


「ブシとは、どのようなものですか?食べ物?」

緊迫した様子もなく、むしろ"新しい食物ならば是非とも食べて見たい"とでも言いたげな声音だった。更に、自身が討たれるかもしれないなんて事は気にしていない、いや、分かっていないような様子だった。

結月に負担をかけないように最新の注意まで払って告げたつもりだったが、驚く様子もなく、更に「ブシとは何か」と聞いてくる。

彼は面喰らい、結論に至った。


あの天皇、鉄の心臓持ってやがる。


「武士です。月夜ノ姫様にも、刀を持つ護衛がいると思いますが…。それらは最近、武士と呼ばれるようになっています。東国には、貴族層があまりいない為、武士は武士で固まって生活を始めたようで。そのため、東国では武士同士の戦もしばしば」

「へぇ…、心強いですね」

話を半分聞いて理解できた為、今度は本格的な生返事だ。

彼はまた面喰らい、もう一度言った。

「よろしいのですか?天皇を討つという令のことは…」

結月は、考え込むふりをした。

「いいのではないですか?それで世が安定するならば。摂政にも掛け合ってどうにかします」

「えっ…」

冷静な判断を結月は下した。

だが、それはあくまでも結月の脳内で行われていた『民のつまらない会話』の中での判断だった。

「え、わたくし、何か変なこと言いましたか?」

少し心配になって聞くと、心配は恐れへと変わった。

「武士に魂を捧げるという解釈が取れる発言をしておりました。それ以外には何も…」

「え…。嘘。そんな高貴な身柄でも無い者に、わたくしの首は渡しません!それに、東国とはほとんど関わってこなかったわ!そんなの、ただの言いがかりよ!」

まくし立てたあと、ある考えが頭に浮かび、少し声を立てて笑った。

もちろん、可愛らしいとはような、冷ややかな笑いだ。

「東国を燃やすか…、武士を皆殺しにするか…、西国のわたくしたちが仲良く東国を拷問か…。ふふふ、選択肢は色々あるわね。あなたなら、どれを選ぶ?」

御簾の向こうにいる彼は、とっくに怖じ気付いただろう。声が震えていた。

「そ、そ、そうですね…。私のようなものには、選ぶことなど、できません…」

「あら、そう。残念」

結月の狙いは見事的中した。

"怖気付かせて従わせる"というのは、母である真昼御前の得意技だ。


ちょっと手荒いけれど、殺すよりマシね。これなら東国も味方におけるでしょう。


そうして、時ノ宮を含めた西国は、東国との戦()の準備が始まった。

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