天皇、始めました。

「もう終わり?ええええっっ!?」

朝から叫び声がこだました。

声の正体は、朝陽天皇だ。

「うわっ、バカ!朝からそんな大声、出すものではありません!宮中を叩き起こすつもりですか?」

口調こそ丁寧ではあったが、真昼御前は毒づいた。


事の原因は、結月を巡っての退位。


朝陽天皇は、数えてまだ25歳ほど。この時代からすれば、もう40歳ほどと言っても過言ではない。もう世代交代の頃合いではないか、と真昼御前が話を持ちかけたところ、をこね始めた。

「出家するんだろ?院に籠るんだろ?

…それはつまらない!神に仕えて一生を終えるとは…」

「それは言ってはいけませんよ。…この罰当たりめ、神の生まれ変わりとも言われる天皇がそんなこと言って…民を敵に回すつもりですか?」

朝陽天皇は、罰当たりという言葉は聞き流し、を始めた。

「だってさぁ…。神に願ったら救われるっていうのはただの洗脳であって、結局周りの環境は変わらないだろ?

国分寺なり国分尼寺建てた天皇もいたけど、あれは信仰心が足りないからいろいろ問題が起こった、と言うよりかは、天気とかそういうののせいで問題が起こった、って言った方が理にかなっている気がするんだ。

だから、神様は神様で信仰したい人は信仰する。しない人は、神に頼らなくても大丈夫な世を作る。それを目標にちょっとずつ計画を進めてきたんだから、途中でやめるってのは、ねぇ…」

真昼御前はイライラして、朝陽天皇の前で手をパチンと叩いた。

「そういうのをひっくるめて結月に渡せば良いだけでしょうに!さらに、摂政には朝陽様がつけばそれでいいじゃないですか!」

「その発想は無かった!よし、天皇の座、結月に譲ろう」

切り替えの速さに驚きながらも、真昼御前はほっとした表情を見せた。


「と言うわけで、今日からあなたは天皇です!」

「天皇…。結月が?へぇ…」

天皇になるという説明を受け、結月は驚くだろうと考えていた真昼御前と朝陽天皇の考えを裏切るように、あっさりと結月は理解した。

「つまり、結月がとと様の代わりに天皇に即位。ただし、摂政としてとと様は結月の代わりに政をする。だから、私は民とのおしゃべりをしていればいい。こういうことですね?」

「民とのおしゃべりって…。あれは世間の反応を知る重要なものですよ?」

真昼御前が顔をしかめた。朝陽天皇は、ハッと何かに気づいたような仕草をした。真昼御前が目で促すと、朝陽天皇はニヤリとした。

「結月が即位するってことは、儀式があるよな?」

「そうね。それがどうした…、あっ」

真昼御前も何かに気づいたらしく、うわぁ…、と憤慨した表情を見せた。

「結月、儀式では十二単を着ることになるぞ。白塗りもな。取り敢えず、周りには平安美人と思わせないといけないからな…。美しさで人を動かすのはいたたまれないが…」

今度は、結月が顔をしかめた。

「あの重ったらしい十二単を?冗談ですよね?あんなに重いのを着ようものなら、次の日の結月の体はバラバラですよ!?」

「大げさな…。人々の前に出るときだけですよ?それ以外…あなた流に言えば、民とのおしゃべりですね。そういうときは、天皇と民の間には御簾があるから姿を見られることはないし、今みたいに軽装でも問題ないはずですよ。大臣たちが何と申すかは見ものですね。きっと顔を茹でたタコのようにするに違いないわ…」

真昼御前は手もみをしながら言った。

結月は唸っていたが。

「まぁ、仕方がないですね。天皇になる以上、どこか妥協せねばならないところもあるでしょうし。でも、結月が十二単を着たら、とと様は涙を流すでしょうねっ!『なんて美しさ!』ってね!」

結月は満足げに締めくくった。すると御簾の向こうから、

「月夜ノ姫様、いらっしゃいますか?」

と侍女の声がした。どうやら結月の元に客人が訪れたらしい。

「月夜ノ姫様、光です。約束通り遊びに参りましたよ」

1ヶ月前の事です、覚えていらっしゃいますか?花の宴の時の…、と彼は話しだす。

だが結月は、そんな話そっちのけで、ここに朝陽天皇の血が流れていることを少し憎んでいた。


というのも、1ヶ月前は愚か、3のとこも覚えていられないほど、記憶力が乏しいからだ。

そのため、

「でも、私は記憶力が乏しいので…、あなたのことを全くと言っていいほど覚えていませんわ…」

と言わざるを得なかった。彼は、豆鉄砲を食らったハトのような顔をした後、少し笑った。

「だろうとは思いました。私の父も記憶力が乏しいのです。だから、父と同じ血を継ぐ時ノ宮様の娘である月夜ノ姫様も記憶力はあまりよろしくないんじゃないかって…」

かなり失礼な事をさらりと言ってのけた。下手したら牢獄行きでもおかしくはない。ただ、結月は彼にユーモアセンスがあることは分かったため、共に笑った。

彼は、この時ノ宮に溶け込めるほど、充分変わり者だという事が分かった。

その後、光は花の宴で会った事を洗いざらい話した。結月はそれを聞いて思い出したらしく、よそよそしさを解いた。

「そうだ、ねぇ聞いて。結月、天皇になるみたいなのです!」

嬉しそうというか、楽しそうに彼女は言った。光が驚いた顔を見たくてたまらないという感じだ。

「ええ、もちろん聞きました。父上が話していましたよ。月夜ノ姫様が天皇に即位される、と」

「ほぅ…?」

結月は、楽しみを取られた、と朝陽天皇に鋭い眼差しを向けた。朝陽天皇は、今にも泣きそうな顔をして許しを請い始めた。当然のことながら、結月は許すはずもなく。

『あとで、覚悟していてくださいね…とと様?』

読唇術でそう告げた。


朝陽天皇は喉が詰まる思いで、結月を見つめた。

「結月、真昼そっくりになって…。俺の将来が暗くなってきた気が…」

「私に似てくると、何か困る事でも?朝陽様?」

朝陽天皇はすっかり忘れていた。

傍に、結月よりも恐ろしい存在を。



その夜、廊下を歩いた人は、誰かの許しを請い、泣く声が聞こえたらしい。


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