お世継ぎ講座、始めました。

「と言うわけで、結月にはお世継ぎ講座を受けてもらいます」

「オヨツギコウザ…?何それ、おいしいのですか?」

そう言うのも無理はない。まだ5歳になったばっかりだからだ。

ただ、「おいしいの?」という質問に、真昼御前はズッコケそうになった。

「た、食べものではありませんよ。お勉強です。

いずれは、結月も天皇の座を…摂政付きにしても継ぐことになります。

そこで、ある程度知るべきことを学ぶのです。所作や、気にかけることなど、色々なことを学ぶのですよ」

結月は、小さい手を頬に当て、考え込むような仕草をしたのち、ニッコリと笑った。

「よく分からないけど、かか様が言うなら、結月はやります!」

「それじゃあ、くれぐれもお願いしますよ?教育係に迷惑をかけないようにね…」

真昼御前の忠告など、もう宮中の"散歩"を始めようとしていた結月の耳には入っていなかった。


そのため、結月の教育係はひどく苦労する羽目になった。

「今日は、所作についてです。こう、膝立ちで歩くのですよ。…いえ、走るのではありません!姫様、お待ちください!」

「鬼ごっこなら負けません!」

それが毎日続いている。どうやら、結月の頭に「膝立ちで歩く」という言葉は存在していないらしい。

もっとも苦労したのは、細長という着物を着せることだった。

初めは、「きれーい…」としげしげと眺めてはしゃいでいたが、着るとなると話は別だ。

「何でこんなものを着なければならないのですか?重くて走れないじゃない!」

と抗議するも、教育係は首を振った。

「なりませぬ。もともと、姫様のような高い位に付く方は、走る、という行為を全くしません。おしとやかであることが第一であると言われていますからね。美しさの為にはなにかを犠牲にする必要があるのです。

姫様も、いずれは大衆の前に出る機会も多くなるでしょうし、美しさを保たなければ…、って姫様!走り回らないでくださいっ…」

手に負えないと気づいたのか、少し肩をすくめた。

すると、結月がぴたりと足を止めた。

「美しさ…ですか。可愛くあるためには重さを受け止めよ、と…」

5歳とは思えない思案げな表情を見せた後、獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべた。

その笑みは、母である真昼御前そっくりだった。

「これ以上美しくなったら、大人になった時どうなるのでしょう…。国中の男が、結月に向かって『結婚してください!』とでも言いにくるのですかね…。とと様の顔、見ものですね…」

と言うと、パチン、と手を叩いた。

「わかりました。細長、着てあげましょう。とと様の驚いた顔、見てみたいし」

教育係は、ほっとした表情を見せた。

今まで、結月が教育係に放って置かれなかったのは、まれに結月がいうことを聞くからだった。その確率は1割ほどだったが。

すると、朝陽天皇が着替え終わった結月を見て、腰を抜かした。

「結月…、真昼にそっくりだな。

あぁ、そうだ。もう少ししたら、結月が見頃を迎えるらしい。桜、見に行かないか?」

その問いに、結月は一瞬で察した。


すごく単純。とと様は言い違えた。


「結月が見頃って…、結月は花じゃあありませんよ!5歳になる娘の名前くらい覚えてくださいよぉ…。私の名前は、結月。ゆ、づ、き、です。桜じゃありません!」

と言うと、みるみるうちに顔が蒼白になり、真昼御前を前にした時のように、ひれ伏す勢いで許しを請い始めた。

「申し訳ありません!娘ともあろう結月の名を間違えてしまい…。許してくださいぃ…」

天皇の威厳があっという間に崩れ去り、"娘と妻の尻にひかれている夫"が現れた。

ここぞとばかりに、結月は最近覚えた技、真昼御前の真似を始めた。

「さぁ、どうしようかしら。好きなものを選んで良いわよ…。桜の木の枝に共に吊るすか…、それとも鉢にでも植えて花のように育てるか…。見頃はいつかしらね?」

選択肢をゆっくりと提案をして、怖がらせる。朝陽天皇にとって『脅し』をされる相手が、たとえ5歳の娘だろうと怖い事には変わりなかった。

「ふふふ、冗談ですよ!とと様のことだーい好きですから!そんな事はしませんよ?もしかして、本当にするとでも…?」

と聞くと、朝陽天皇は肩をすくめた。

「真昼ならやりかねないからね…。結月は、そういうところがそっくりだから、将来が怖いんだよ…」

「とと様は天皇ですよ?結月はまだオヨツギですから、結月に怯えているところを他の人に見られないようにしないとダメですよ?とと様の評価が下がってしまいますから!」

と母親のような説教をしたあと、勝ち誇ったように踵を返して去っていった。

取り残された朝陽天皇は、

「時々、母が2人いるような錯覚に陥ってしまう…。少し前まで『結月の将来が…』なんて言っていたのがバカらしい。今では、私の将来が心配だ…」

と、自分の将来…妻と娘に奴隷にされ、2人は高笑いを浮かべている所を想像して、身の毛がよだつ思いをしていた。


「とと様とおしゃべりしているかか様が、何で楽しそうなのか、謎が解けた気がする…、ああやって怖がらせるのは楽しいのでしょうね…」

どうやら、結月は真昼御前の影響でSに目覚めたらしい。

一連の出来事を思い出して、ふふふ、と年齢に似合わない、にやりとした笑みを浮かべて笑った。

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